番人の力

夢を見ていると「ああ、これは夢なんだな」と分かることがある。それは例えば体から離れた自分の意思だけが宙に浮かんで、ベッドで眠る自分を見ていたりだとか、シルクハットを被ったウサギが喋りだし「おしゃべりでもしましょうよ」と言ってお茶会に誘われたりだとか。


そんな場面に遭遇したらまずは自分は夢でも見ているのだろうか?と疑うだろう。あるいは自分の頭がおかしくなったかのどちらかだ。


バッシュはまず、ヴァルに「ここは夢の中だ」と言われて最初に自分の頬をつねった。頬をつねって痛みがないか確かめるのはよくある手段であろう。痛みがあれば現実。痛みがなけれ夢を見ているのだが、バッシュはつねる自分の頬にはっきりと痛みを感じた。


「正確には霧の中で眠ると、彼が統治する国に行くことができるのではないかな。ここはそういう、力の場に支配されているんだ」

「エドワルドはただの人間だろ?そんなことが可能なのか?」

「…普通の人間には出来ない。番人の力の場を使うには大勢の生き物の支えが必要だ。

でも実際にここにそういう力の場が出現している」


それが全てだと言うようにヴァルは話した。

たしかにエドワルド三世が人間なのかどうかをここで議論しても仕方のないことだった。あの狩猟帽子は聞けば何でも答えそうな雰囲気だった。


「…いや、そもそも番人の力の場ってなんなのさ?」 


バッシュが口を挟む。

するとそ〜れ〜は〜ね〜と、聞き覚えるある声が聞こえた。ヴァルの胸元からリヒトが現れた。相変わらず強い主張をする光源は私が説明しようと言って準備体操のようにくるりと回転した。


『バッシュくん。番人はその土地で信じられている信仰や思想を糧にして力にしているのよ』

「信仰や思想?」

『そっ。梟の森の番人は周辺の村々から信仰の対象にされていたし、森に住む動物たちに一種の崇拝をされていた。それが力になって蓄えられて、あの一帯を支配していたのよん。その力は番人によって様々な使い方をされるワケ』


あの梟の番人は体を大きくさせたのよ。リヒトはどう?今の説明分かりやすいでしょうと言わんばかりだった。


「なるほど…?」


バッシュは分かったふりをした。信仰心や崇拝・思想までもが力になるというのが、バッシュにはイマイチ想像できなかった。

バッシュの頭の上にハテナが浮かんでいるのを悟ったヴァルが説明を付け足す。


「私がリヒトから取り出す剣も仕組みは同じなんだよ。あれはリヒトを媒介して私の精神を具現化してくれているんだ」


葬送儀礼は故人の信じていた信仰や思想をリヒトのような神明の梯子が依代になって現してくれている。そう付け足すとリヒトはへへんと胸を張ったよう輝いた。


「オレのもそうだ」


そう言ってシュヴァイツァー医師は胸元から淡く輝く光球がふわりと浮いた。しかし、こちらの光の球はリヒトと違ってうんともすんとも喋らなかった。大人しくしている分には霧の中を浮かぶ光の玉は空気中の水分を通して光の粒を四方に拡散し、美しいとさえ思えた。


「ジィさんのは喋らないんだな」

「はっは。ヴァルやリヒトが特別なんだ。話すやつなどそうそういない。神明の梯子たちは付き従う葬儀屋の精神に作用されている」


それにワシらはとうに旬を過ぎているのだ、とシュヴァイツァー医師は寂しそうに言ってコンッと咳をした。隣でキランが心配そうな顔をして老医師の背中を摩っているのを横目に、バッシュは頭の中を整理しようと膝を抱えた。


番人たちは周辺の信仰や思想を力に変える。

その力は体を大きくしたり、番人の都合の良いように使える。


ではこの霧や人喰い池もまた、ここを統治する番人の力によるものなのだろうか。

ーーー何のためだろう。バッシュはふっと疑問に思ったがヴァルが話を元に戻すとと言って話題を切り替えた。


「炎の手紙には“葬儀屋に来て欲しい”と書かれていた。宛名はなく、その代わりにマケドニア帝国の末弟が使える封蝋が押されていた」

「ワシのところに来たのも同じ内容だ」

「なにかの理由でここを通る葬儀屋全てに届くようにされていたんだろう。手紙の差出人に会うためには、もう一度霧の中で眠らないといけない…」


ヴァルはチラリとバッシュを見た。その視線が申し訳ないと言っているようだった。

あのエルフは次に来たら殺すと言っていた。あのエルフがエドワルド三世を守っているのは明らかだった。今度会った時に対峙して、果たして自分は無事でいられるだろうか?


「仕方ない!これも仕事だろ!」


こわいけど…と小さく口の中で呟いてからバッシュは腕を高く上げて気合いを入れた。


オレ達はコヨウカンケイだからな!と、バッシュは再び覚えたての言葉を使った。


「雇用関係、とは?」

「森で出会った時に、まあ色々あって…」


この先の街で知り合いの契約士にバッシュを音楽士として雇用契約しようと思っているんだと、ヴァルは付け加えた。


「音楽士!?驚いたなぁ…いにしえの葬儀屋を地で行くつもりか」


まぁ将来有望だな、とシュヴァイツァー医師はバッシュを誉めそやした。


「そうなるとここは将来の有望株に任せるとするか。キラン、ワシらはここで待っていよう。

全員がエドワルド三世の夢の国へ行く必要もなかろう」


そう言われると、確かに全員がエドワルド三世の元へ行くのは危険な気がした。眠っているということは、その間は自分の体はどうなってしまうんだろう?

バッシュは考えたが、答えはでなかったので考えるのをやめた。ここは不思議の国なのだ。きっと夢の中ではウサギがラッパを持って走るし、帽子屋は帽子の中から紅茶ポットを出す。

答えの出ないことをずっと考えても仕方がない。


ーーー


「今度はちゃんと同じ夢の国に行けるんだろうな」


バッシュは念を押す。またあの狩猟帽子とエルフに1人で会うのだけは何としても避けたかった。次に来たら殺すとまで言い放つエルフが、バッシュはことさら恐ろしかった。


ヴァルは今度はうまくいくよ、と言った。本当だろうか。訝しるバッシュをよそに、ヴァルは地面へと横になった。


「そういえば、ヴァルはさっきどんな夢を見たんだ?」


バッシュが尋ねる。

ヴァルは一呼吸おいてから答えた。


「昔の…すごく昔の夢を見た」


そう言って静かに瞼を閉じた。

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