雨と渡ろう

下横カルミア

第1話その1「200年に1度の神童  レイン・パーカー」

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 陸場 西北 ルミピア共和国

 リスター州 ガベラ街 5丁目 2番地

 2階 西の角部屋


 ローキダンセク魔術学園 入学通知書

 学園長 チド・ノーム



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 29998年1月1日(土)


 レイン・パーカー殿



 ローキダンセク魔術学園 入学通知書



 新年明けましておめでとうございます。

 リューム時計塔から聞こえております鐘の音に、新たな目標をお立てになっていることと存じます。


 さて、貴殿はこのたび、ローキダンセク魔術学園の第1学年生として入学されることが決定いたしました。

 心よりお祝い申し上げます。


 入学式の日時は、29998年9月1日(日)深夜2:00になります。


 学園生活に必要な書類や道具等は、入学式当日に貴殿の教室にて配布されます。

 当校は5年制の全寮制であるため、私服や通学バッグ等持ち物らご自分でご用意くださいますようおねがい申し上げます。


 箒や杖は学園から支給されますが、ご自分のものをお使いいただいても構いません。


 制服は入学式の前日である8月31日(土)17:00に、貴殿のお部屋に搬送されます。

 お召しになってから学園へお越しください。


 学園への道のりは、8月31日(土)21:00に貴殿のご自宅前から、当校の馬車がお迎えに参ります。


 馬車は星雲鉄道に到着いたしますと停車いたします。

 列車から当校へお越しください。

 なお、列車に乗る際切符は不要ですので、ご心配には及びません。



1.学籍番号       29998042

2.所属クラス・番号   A組・42番

3.所属寮        マネッチアシュガ寮

            C101号室




 なお、貴殿は此度の第1学年生の代表である監督生として任命されました。

 入学式の際に行われる新入生代表の挨拶文をご思案くださいますようおねがい申し上げます。


 また、入学式の後には監督生の集会もありますため、ご出席いただきますことをお忘れなきようご留意ください。


 貴殿が我が校の制服をお召しになり、学び舎の道を歩まれることを心よりお待ち申し上げております。



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 スクールの9年生の冬休み中に、このような手紙が届いた。

 祖父以外の人からぼく宛てに手紙が届いたのは初めてのことだった。


 その日から半年経った、8月31日の午後6時。

 太陽はもう西へ傾き、空も雲も日の光に照らされてオレンジ色に染まりつつある真っ只中。


 ぼくは自分の部屋の真ん中で、32cmのオークダークの杖に魔力を流しながら、1匹の動物を召喚する直径121cmの魔法陣を描いていた。


 正しい文字、正しい図形、正しい角度、正しい手順で魔法陣を描ききらなければ、召喚術という魔法は成功しない。


 馬車が来るまであと3時間。

 新しい使い魔を召喚して手懐けさせる時間は十分すぎるほどある。


 どんな子が来てくれるかな。

 無事に仲良くなれたらいいな。


 部屋の隅に畳まれた青いラグマットは、ぼくの使い魔である黒猫のウラにごろごろと遊ばれている。


 まったく、これからウラの友達を召喚するというのに、暢気なものだな。

 まあウラの友達というより、ぼくの召し使いといったほうがずっと近いんだけど。



 あの手紙が来なかったら、ぼくは新しい使い魔を召喚しようだなんて思わなかった。


 ぼくが、あのローキダンセク魔術学園に入学だなんて⋯⋯しかもぼくが、監督生だなんて。

 いまでも信じられない。


 監督生ってことは、模範的な学生の証ということだよね。

 監督生という立場自体はスクールでもやったからそれはいいんだけど、でも陸も海も空も含めた全新入生の代表になったという事実は、流石に⋯⋯嬉しいなんてもんじゃないな。


 ぼくが監督生。

 ぼくが新入生の代表。

 ほんと、信じられない。


 制服自体は入学通知書のとおりに今日の17時に届いて、現にいまだって21時に来る馬車が待ちきれずに着替えてしまっているというのに。

 さっきだって、鏡の前で柄にもなくマントを翻していたしな。


 信じられる信じられない云々じゃなくて、入学はもう決まっているんだから破棄なんてことは絶対にありえないし、こうしている間にも馬車が来る時間は刻一刻と迫ってきているんだよね。


 そういえば、手紙が届いた新年も、スクールを卒業してからもずっと、どこか上の空だった。


 だって、だってあのローキダンセク魔術学園だよ。

 浮かれないほうがおかしいだろ。


 世界最古の魔法学校で、神話の時代から生きている土の勇者が学園長を務めている学校 ── しかもそこに勤務している教職員の先生方も、1度は名前が載ったことがある魔導士たちばかりだ。


 スクールにはぼくより強い魔法が使える人なんて教職員含めても居なくて居心地悪かったからな。

 この学園なら、ぼくもきっと楽しめるだろう。


 しかもスクールの同級生たちは、ぼく以外あのカレッジには行かない。

 スクールのぼくのことを知っている人は居ない。

 気まずい思いをすることはないな。



 ああでも、1つ予想外だったのは、ぼくがマネッチアシュガ寮に所属するということだけだったな。


 ローキダンセク魔術学園は5年制の全寮制で、その寮は3つに構成されている。

 だれがどの寮に所属されるかということも決まっている。


 ぼくが所属することになっているマネッチアシュガ寮は、友達作りに特化した寮で、人生の最高の友人を見つけられることができる特性を持っている。


 オールマローズキ寮は学問に特化した寮で、授業以上の幅広い知識を得ることを望む生徒に学びの機会を与える特性を持っている。


 ノースガーリック寮はその人の個性に特化した寮で、主にものづくりの才能を開花させる特性を持っている。特性上この寮だけ自分の部屋が2つあり、私生活する部屋とアトリエに分けられている。


 ぼくにアートの才能はないからノースガーリック寮でないことだけは解っていたけれど、まさかマネッチアシュガ寮だなんてことは思ってもみなかったな。

 勉強が好きだからオールマローズキ寮が良かったんだけど。


 ぼくに最高の友人なあ⋯⋯⋯⋯。

 ぼくはウラ1人さえ居てくれたら、それで充分なんだけどな。



 だけども学園長のチド様はあの土の勇者の御方だし、勇者様は皆先見の明を持っておられるしな。

 凡そぼくには考えつかない、なにか素晴らしい未来でもご覧になったのだろう。



 ああそういえば、監督生ってことは学年の代表ってことなんだから、授業や部活以外にもやらないといけない仕事があるのか。


 スクールのときは動きがテンプレどおりだったし、教師たちも一緒になって、なんなら教師主体で動いていた。

 だからウラの助けがなくてもまったく平気だった。


 カレッジでは学生が主体となって動くらしいから、先生たちは本当になにも動かないと思うし。


 学生が主体となって動く分、学生たちに全責任がかかる。

 その責任を負うのは、主導権を握っている生徒会や監督生。


 体育祭や文化祭の他にも終業式や卒業式の式典準備だってあるし、それ以外にも放課後になにかしらの活動もするだろうし、スクールよりもずうっと忙しい毎日が、明日から始まるんだろう。


 カレッジだから冬休みも夏休みも春休みもあるんだろうけど、だけど監督生だから休みの日も毎日学校に行くことになるんだろうな。

 それじゃあ、長期休暇でも家には帰ってこれなくなるのか。


 ⋯⋯⋯⋯。




 魔法陣を描き終えた途端、陣がぼんやりと青く鈍く光った。

 魔法陣はこれで完成だ。


 あとは呪文を唱えて召──ああそうだ、制服が届いたんだから早くメイクしなきゃ。

 神聖なカレッジの式典を前に、すっぴんだなんて非常識にも程があるよ。


 ⋯⋯けどまあ、それは別に馬車でも列車の中でもいいか。

 これから晩ごはんを食べるんだし。


 ぼくは杖を置き、顔を上げて部屋全体を見回した。


 机上も本棚もものがすべて一掃され、北東の角に必要なものが1ヶ所に置かれている。

 ぼくの箒もウラのキャットタワーも、全部そこにある。


 それ以外だとこの部屋には、なにもない。

 お気に入りのベッドカバーも枕もクッションもない。


 あるのはアイボリー色の壁紙と桐のフローリング、それと、買った当時の状態である形ばかりな家具だけ。

 その家具もベッド、机、椅子、本棚、クローゼットのみ。


 ものにはあまり執着しないほうだと思っていたけど、こうもがらんとした部屋を見せつけられたら、ぼくって意外とものを大事にするヤツだったんだなと思ってしまう。


 寂しい気持ちがいまになってふつふつと湧いてきている。


 腹を括ろう、もう後戻りできないところまできてしまっているからね。

 カレッジが楽しみなこと自体は本当のことなんだから、前向きに考えなきゃ。


 荷物はもう全部まとめているし、あとは寮の自分の部屋に来たら全部転移させるだけだ。

 こんな多い荷物を馬車まで運ぼうだなんて馬鹿げているしな。



 ぼくはラグマットの上に寝そべっているウラに手を伸ばした。




「おいで、ウラ。この部屋も見納めになるよ」




 ウラは顔を上げると、すぐさまぼくのほうへトトトと駆け寄り、腕を伝っていつもどおり右肩に乗った。

 新しい使い魔も、このくらい従順にかわいくなってくれたら助かるよ。


 ぼくはふうと息を吐き、心を落ち着かせた。

 ゆっくり瞼を閉じる。

 片膝を上げ、両手を組む。

 すうと、息を吸った。




「聖なる海の女神様よ。どうかお力をお貸しください。我が使者をこの場に召し出す術を、私めにお授けくださいませ」




 鈍くぼんやりと光っていた魔法陣が、部屋中にナイフのような青白い光を放った。

 目を閉じていても解るその光量の強さに、思わず眉間にシワが寄る。


 呪文は合っているみたいだ、よかった。

 あとは理想どおりの16000年代の人型家事代行ロボットが出てきてくれたら完璧だ。


 組む手に力を籠め、より一層心を落ち着かせる。

 ふう── とゆっくり息を吐いた。




「出でよ」




 自分でも思っていた以上の低い声が出たことに驚いたのと同時に、目も開けられないほど部屋が青白く輝いた。

 ナイフという譬えはこちらのほうが正しかったかもしれない。


 10秒も経たないうちに光は段々落ち着いて、緊張感もふっと弱まった。

 組んでいた両手に入れていた力も抜く。


 何者かがこの部屋に、ぼくの前に居る気配を感じ取った。



 召喚魔法は、成功した。



 ぼくはゆっくり目を開ける。

 ちょうど視界の中に、人間の足が見えた。


 凡そロボットとは思えないその生々しく血流の良い肌色に違和感を覚えて、顔を上げた。


 そこに居たのは、ぺたりと座り込んで呆然とこちらを見ている、ぼくと同い年くらいの男の子だった。


 それは、どこからどう見ても人間そっくりのロボットなんかではなかった。


 五体満足の、健康的な人間だった。

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