第621話 メラメラと

「う~ん……」


 ちょっと、悩む。

 いやさ、作ろうとしてる料理が絶対に美味しいのが確定していて。

 でもそれが鍋って時、夏に突入したこの時期だとそりゃあ悩むよね。


「でも美味そうなんだよなぁ、鱧鍋」


 夏の暑さと戦いながら、果たして食べるほどの価値はあるのか?

 ……あるな、うん。

 じゃあ今日は鱧鍋にしよう。


「一応ダメもとで聞いてみるか……」


 で、鱧鍋には鱧のお出汁が欠かせないって事で、どうせなら骨からも出汁を取りたい。

 という事で……、


「ゴー君、骨、ペッて出来る?」

「ンゴ」


 出来ないか。しょうがない。

 またイセカイカワブタ節で出汁を取って、煮ている間にイセカイハモからの出汁を出すか……。

 待てよ? 最初はしゃぶしゃぶをして楽しみ、後から具材を入れて鍋に変形させればいいのでは?

 天才か? よし、そうと決まれば買い物して帰るぞー!!



 ただいま、という事でね。

 お鍋の具材とかを買って来ましたよっと。

 折角この間お蕎麦を振る舞ったし、今日の〆はしゃぶ蕎麦で。

 固めに茹でたお蕎麦を、残った鍋の汁にしゃぶしゃぶしてすする。

 絶対に美味しいでしょ、これ。


「デザートは涼を感じられるものを買って来たし」


 流石に鍋で汗かくだろうからね。

 せめてデザートくらいは涼しさを感じられるものを……。

 思えばアイスで良かったな、まぁいいか。


「こいつはうんと冷しとかないと」


 冷蔵庫に入れ、しゃぶしゃぶ経由お鍋行きの準備をば。

 と言っても具材切って出汁を取るくらいなもんなんだけど。


「玉ねぎもすり下ろさないと」


 鱧と玉ねぎの相性がいいって調べたら出てきて、鍋にもしゃぶしゃぶにも必須みたいな書き方をされてた。

 鍋用にスライスするのはもちろん、もう出汁にすりおろして入れちゃえ! という俺の発想である。

 ……そういった記事は出てこなかったから、多分やらない理由があるんだと思う。

 でも、思いついたらやりたくなるよね。

 失敗してもちょっと物足りない位で済むでしょ。

 誤差だよ、誤差。


「んじゃ、みんなが来る前に準備を終わらせちゃいますか!!」



「見た目はいいがそれまでじゃな。味は期待を越えん」

「向こうのカクテルを飲んだか? クラッと来る酒感の強さと鼻に抜ける香りがたまらんかったぞ!」

「果実感がどっしり感じられるものが良かったぞ。ほれ、あっちのオレンジ色の酒じゃ」


 カクテル大会決勝in王都。

 わしらの祭典とばかりに、文字通りメインストリートを練り歩くドワーフの群れ。

 もちろん、他の種族も屋台を回っているし、ドワーフ達もただ酒を飲むだけではなく。

 思い出したように脇に出て、そちらで売られているツマミ達にも手を伸ばす。


「これ以上ない位に薄くスライスされたチップスが一番酒に合う」

「分かる。固い歯ごたえが癖になるわい」

「シンプルな塩のみの味付けだが、それが酒を加速させるんじゃよな」


 中でも一番人気は、極限まで薄くスライスされたじゃがいもを揚げた、異世界版堅あげポテトと呼べる代物であり。

 これはドワーフのみならず、他の参加者たちにも大変好評。

 中にはとある貴族すら食べ続けていると話が聞こえるほどである。

 ……なお、


「パーツの組み換えでスライスする厚さは調整できます。この場でのご予約に限り、本体価格から割引をさせていただきますので、どうか皆さまご購入のほどを!!」


 屋台の主は、調理士でもなければ自分の店も持たないただの個人の魔道具開発者。

 ただ物を薄くスライスできる。それだけの機能の魔道具なのだが……。


「これまでのどの魔道具よりも! 何なら人力よりも薄く! 均一の厚さで! どれだけでもスライスすることが可能です!!」


 それだけの機能を突き詰めた結果、他の追随を許さぬ性能に仕上がっている事は、同業者にしか伝わらない。

 ちなみに現在はその魔道具が五台体制でじゃがいもにあたるマンドラゴラをスライスし続け、助手であろう少年がせっせと揚げて塩を振り、並ぶお客へと対応をしている。

 つまるところ、自分の魔道具の実演販売の絶好の機会としてこのカクテル大会を選んだわけであるが……。


「先生! そろそろ休憩したい!」

「もうちょっと我慢して! お昼が過ぎるまでは!!」


 次々と契約が決まり、ホクホク笑顔の開発者とは裏腹に。

 調理から担当までを一人で回させられている少年は、既に弱音を吐き出している。

 なお後日、この少年にこの日の売り上げから算出した給金を支払ったところ、そのあまりの額に研究者ではなく調理士の道を目指されることになるが、まだ先の話である。


「ほう、チップスか」

「周りがナッツやドライフルーツばかりなのを考えると、そりゃあ人気出ますわよね」


 そんな屋台に見知った人影。

 当然『夢幻泡影』の三人である。

 ……一人足りない? ガブロなら遥か後方でドワーフを引き連れてフィーバーしてるよ。


「一つ貰おう」

「ありがとうございます」

「……塩味が丁度いいな」

「発泡系のカクテルと合いますわね」

「味が強くなく、酒の味を消さんな。この場に丁度いいツマミかもしれん」


 『夢幻泡影』にも褒められ、けれども三人がこの世界に影響を与えまくっている存在とは知らない少年は、明らかに疲れた顔でも微笑んで見せて。

 せっせと次の客への対応に移る。


「……ふむ」

「ラベンドラ?」


 と、現在も絶賛スライス中の魔道具を見つめ、何やら考えていたラベンドラは。


「私の方が早い」


 何故か対抗心をむき出しにし。


「そう言う事ではないと思うのですけれど……」


 そんなラベンドラに僅かに呆れながら、


「私の魔法の方がもっと早いですわ」


 何故かさらに対抗心を燃やすリリウムなのであった。

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