十一話 終わり
今日も晴天、青空が見える。
「という訳で、一応は落ち着いています」
「それは良かった」
イナミは、ベランダの柵に足をかけては膝を折るシロにそう伝えた。シロは相変わらず、顔が見えないほどフードを深く被りサエグサの衣装を着ていた。
「173は特に生活で困った事がなさそうだな」
「今のところレオンハルトに援助してもらっていますからね、生活で困る事が一つもないです」
帝都に戻って来たイナミはまだレオンハルトの屋敷に世話になっていた。いい加減、自身も働かないといけないと思いつつ、情けない事に中々仕事が見つからず甘い蜜を吸っている状態である。
「シロさん、いい仕事ないですか」
「ないよ。非合法なのはいっぱいあるけど」
「やっぱり、何もないです。シロさんの方はどうですか」
「サエグサはイーナ……812も、まとめ役がいなくなったから問題が山積みだよ。できるだけ内々に処理するけど、そちらに迷惑がかかるかもね」
「そちらはまだまだ大変そうですね。何かあれば手伝いますから」
国の中を暗躍していたサエグサ。主格を失った今、何をすればいいのか分からなくなった者たちが暴走気味だと聞かされた。
「手伝いは……君の家主に怒られそうだから誘うのは、やめておくよ」
「あー」
この姿になってからというもの、レオンハルトは少々しつこいくらいにどこに行くもの何をするのも訊いてくるほど過保護になっている。
自身が、複雑に事情が絡んいるからこそ、そこら辺をウロウロされるのは困るのは分かるが少しは自由が欲しいと思ってしまうのは性。
「レオンハルトは気にせず、本当に危ない時は言ってくださいね。俺はリリィと約束しましたから」
「……善処するよ」
シロは苦く笑う。
「その体になって不便はない。体の崩壊とかは、起きていないか」
「今のところはないですけど」
「ですけど?」
「気分が落ち込みやすいと言った方がいいですか。何かあるたびに高揚したり、落ち込んだりするので結構それに体力が持っていかれるので、不便ですね」
「それは大変だね」
「もう一度、人形の体に戻りたいくらいです。リリィに人形に戻すようにお願いしようかな」
「それは無茶な話だね」
「ですね」
すると、ベランダの下から「イナミー!」呼ぶ声がする。イナミは柵を掴み、下を覗いてみるとレオンハルトと白髪の少年がおり、少年はこちらに手を振る。
「なんだ、何かあったか」
「見てよ、これ!」
手に持っていたのは少年の体の半分くらいの大きなクマのぬいぐるみ。大事そうの抱えては、可愛いでしょと自慢してくる。
しかし良かったねとは言わずイナミは渋い顔をしてどこか満足げに隣にいるレオンハルトを見た。
「おいレオンハルト、この前も買っていたよな」
「……貰い物です」
「目を合わせてから言えよ」
顔を背けるレオンハルト。「あー、虐めはダメだよ。パワハラだよ、パワハラ」と少年はわざと大袈裟に言ってはぬいぐるみを持つ事を肯定する。
「甘えるな、甘やかすな。分かったか?」
「この、けちんぼ!」
下瞼を指で下げ舌を出す少年は抗議したが、そんな事では意見を曲げないイナミには全く効いていなかった。
「すまないな」
一連を見ていたシロが後頭部を撫で謝る。
「シロさんのせいじゃないですから」
「元々はいい子だったんだ。俺が関わったからにあーなってしまった。迷惑をかけてすまない」
「いや、元々があの素質だと思いますけど」
「あー! 黒い人来てるじゃん!」突然大きな声を出してはこちらを指してくる少年は、花が咲いたように明るくなっては「そっちに行くから、待ってて」と屋敷の中に急いで入る。
「そろそろ、俺は行くよ」
「会って行かないんですか」
「……俺に関われば、ろくな事にしかならないからね。あの子が幸せならそれでいい」
シロは柵の上で立ち上がりベランダから身軽に飛び降り、地上に降り立つ前に煙ように姿を消した。
「今日こそは!」
ベランダの扉を勢いよく開けた少年は、急いで上がってきたのか息を切らしていた。
「って、いない。……あの人絶対わざとだ」
残念ながら2階には少年のお目当ての黒い人はおらず、がっくりと肩を落とす。
「また、会おうだって」
「絶対、嘘じゃん。イナミもどうにかして捕まえてよ」
「一番無茶な頼みだな」
少年は可愛いと言っていたぬいぐるみの首を腕で締めては、「次は罠でも仕掛けるか」と恐ろしい事を呟いていたが聞こえないふりしておいた。
「記憶は戻ってきたのか」
「いや、全然。前にも言ったけど、忘れたんじゃ無くて消費したからね。まず、戻る事はないよ」
先ほどのわんぱくな子供はどこにいったのか、少年らしくなく冷静に話す子供。
あまりの変わりように大人は驚くだろうが、イナミはいつも通りの事なので驚きもしなかった。
「俺の事は覚えているのに、シロさんの事は全くか」
「流石に無くす記憶の指定まではできないからね。シロっていう人が自身にとって大事な事という、概念的には分かっているよ」
「ところどころ記憶がないのも不便だな」
「逆にそれだけで済んで良かったよ。人の形を保っていない可能性もあったからね」
「……そう聞くとまだいい方だな、リリィ」
白髪の少年の名前はリリィ。そして、もちろんイナミを生き返らせたリリィ本人である。
リリィである少年が発見されたのは魔術師を倒して一ヶ月後、帝都にある森の中で見つけられた。
見つけたのは偶然か、必然か、レオンハルトの隊だった。リリィはそこら辺を放浪するように歩いていたらしい。
魔物が住む森で子供が一人。隊長であるレオンハルトが恐る恐る話しかけると目の前でぶっ倒れた。
その時点では謎の少年をとりあえず病院に送り、様子を見ることにした。そして、少年が目を覚ますなり、自身の名前はリリィだと言い、他に覚えている事はと訊くと『イナミ』と言ったものだから、中身がリリィだと発覚した。
イナミも最初に少年と出会った時は半信半疑だったが、言動と本人しか知り得ない情報を持っていたから信じる事が出来た。
そして、何よりも。
「うるさいな、説教は後にしてよ。ほら、カナリヤだって同じ事を言ってるだろ」
少年の周りを漂う二匹の精霊と普通に会話しているのが本人であるという何よりの証拠だ。
ではなぜ、外見ともに精神もそれなりに少年になってしまったのは、本人の予想では死ぬ前に周りにいたあの人形達が、目的を達成したから魂を勝手に人形に移し替えのだろうと。
気付いた時には森だったから真相は分からないがと話すリリィの推測は合っていると思う。なぜなら、人形たちは必ず約束を守ると知っているからだ。
「分かったって、もう。精霊がうるさいから外に行ってくる」
頬を膨らましたリリィは屋敷の中へと戻る。
「日が暮れるまでには帰ってこいよ」
「親みたいな事言わないでよ。じゃあ、行ってくるね」
悪態をつくも、手を振りながらに玄関に向かうリリィ。
「あの人、来ていたんですね」
リリィと入れ替わるように、後ろからゆっくりと近づいて来たのはレオンハルトだった。
「情報交換に来ていた」
「……変な事に巻き込まれてないですよね」
「なんの心配だ。最近、過保護すぎじゃないか。彷徨くのが迷惑なのは分かっているが、少しは信じてほしい」
「イナミさん」
レオンハルトは押し寄せるように近づいてくるから思わず、柵に身を寄せた。
「なに……」
端に追い詰められて、お互いを見合わせ蒼い瞳がこちらをしっかりと写す。さらに近づいては来ては柵を掴み、俺を両腕の中に閉じ込めた。
「貴方のことが好きです」
「……」
「次はこの意味ちゃんと理解できますよね」
「……分からない」
心臓は跳ねて、体の奥から熱いものがどんどんと上がるのを感じる。落ち着きたいはずなのに落ち着かなくて、レオンハルトが近くにいる時だけ戸惑い、胸を締め付けられる。だから、この感情の意味を知っている。
元部下だし、色々と知りたくはなかったけど。
すると、目を細めゆったりと口角を上げたレオンハルトは柔らかく笑い。
「隠すの、下手になりましたね」
レオンハルトは甘いキスをするのだった。
終わり
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