四話 手順と準備

友人になりたいわけではないし、自身は家族でもない。けれど、話し合える間柄になっておきたいと思い立った昨夜。

そして、次の日の午後。イナミはキッチンに立っていた。


今日は騎士団らしく騎士の仕事がある、レオンハルトは夕方まで帰って来ない。朝に散々、一緒に来ないかと誘われたが騎士団に睨まれながら城に入る気にはなれないし、知り合いばかりの城に行くのは危険すぎる。だから、今日は大人しく屋敷に留まっていた。レオンハルトがいないからとはいえ、当然屋敷の周りには新人騎士のフィルやレオンハルトの隊が交互に見張っているので、どこに行くにも行動を把握される。色々考えて、ここは大人しくしているのが吉だ。


「さて、紅茶を作るか」


キッチン台上には精霊が持ってきた茶葉の缶が一つ置かれていた。

 

『えっ、本当に大丈夫?』


そんな心配の声が腕から聞こえてきたが、イナミは気にする事なく袖を捲り上げ紅茶を作る準備をする。


「まずは湯からだな」

『そうそう、まずは、水を沸騰させて……』

「鍋だな」


棚から鍋を取り出し、蛇口を捻り鍋に水を入れる。そして、鍋を火にかけた。


『やかん……色々言いたい事があるけど、客に出すわけでも無いし細かい事はいいや。じゃあ100℃まで沸騰させて』


水が沸くまで待つ間に、ティーポットやティーカップ。ティーセットを台に用意する。


『その間に、ポットに茶葉を入れて。分量はスプーン二杯くらいで』


イナミは四角缶の蓋を開けて、そのまま目分量でサラサラと茶葉をまだ湧き立っていない鍋に入れる。


『待って、まって、何をしてるの。直接鍋に入れないでよ。あと茶葉を入れすぎだから』

「いや、面倒だなって思って、後でこせばいいだろ……なんでも多めの方が美味しいだろ」

『どういう、言い訳……もしかしていつも、こんな事をして飲んでいるの?』

「いつも時間がないからな」

『今は時間あるし、こんなの茶葉に対しての冒涜だよ!』


リリィに怒らながらも順調に煮立っていく茶葉。透明だった水がオレンジ色に変わっていく。

泡が立つほど沸騰し、色が濃くなってきたところで火を止めてティーポットに注ぐ。


「いつもなら、ザルでこしながらコップに入れんだが、今日は丁寧だな」

『僕はその事について、もう何も言わないよ』


ティーポットからティーカップに移して、冷蔵庫から瓶の牛乳を持ってきてはそのまま注ぐ。


「よし、完成だ」


イナミ特製、ミルクティーの完成である。イナミは味見する為に一口飲んでみる。

そして味の感想はーーー


「うん、人に出す物じゃないな」

『でしょうね。やっぱり、不味いんでしょ』

「不味くはないな、飲めない事は無いからな。まぁ、レオンハルトの紅茶を飲んでからだと、到底人には出せないな」

『ダメじゃん』

「作戦はまた今度だ。どうせ、無理な時は無理だ。時間はまだあるんだ、次に持ち越した方がいい」

『このままだと来年になりそうだね』


カップを傾けて紅茶を一気に飲み干した。


「うるさい、俺には丁度いいくらいで……」

「一人で何をしているんですか」


自分の影を重なるように二回り大きな影が出来てイナミは声を失った。いきなり、後ろからここに居ないはずの人物に話しかけられたからだ。


「帰ってきていたか、レオンハルト」

「さっきですけど。キッチンで一人喋りながら何を、また杖と会話しているのですか」


レオンハルトがイナミの後ろ側を覗くよう顔出せば、キッチンには紅茶の缶と牛乳にティーポットとカップが置かれていて、理解した。


「紅茶を作っていたのですか」

「ああ、そうだ。少し喉が渇いてな。久しぶりに作ってみたんだが」

「……飲んでもいいですか」


レオンハルトが手を伸ばそうとした、その時にイナミは紅茶を背中で隠すように立ちはだかる。


「駄目だ、人にあげるような物じゃ無い」

「飲める物ではないんでしょ」

「そうだが、お前には不味いからやめとけ」


親切に言っているのにレオンハルトは「帰ってきて喉が渇いているので」と言ってティーポットを手に取ってカップに入れる。

そして、紅茶に口をつけ飲み始めた。


「……こっ」


飲んだ瞬間、少しだけ咽る。


「おい、無理するな。不味いなら吐き出せ、気持ち悪くなるだけだから」


止めているのに飲み続けるレオンハルトに戸惑うしか無いイナミ。

そして全てを飲んだレオンハルトは空のティーポットとカップを何も言わずにキッチン台に置く。


「大丈夫か、口直し何か持ってくるから待っていろ」

「いいです……美味しかったですよ」

「嘘のつき方下手か。水飲め」


自分が飲んでいたカップに水を入れレオンハルトに手渡した。


「あっ……ありがとうございます。これ……」

「なにか言ったか」

「いやなんでもないです……10年前と味が変わんなくて懐かしくて、つい」


レオンハルトの頬が緩む。正体を告げてから、初めての普通の笑顔だった。


「それで不味くても飲んだのか、すごいな」

「美味しいとか不味いとかそういう物じゃないですから」


少しは嬉しい事を言ってくれる。レオンハルトは生意気だったが良い部下でもあったと再認識する。


「んっーーーあぁ? というか。お前に紅茶を振る舞った事あったか」

「あの、単刀直入ですが話したい事があります」


突然、話を切り出したと思えばレオンハルトは神妙な面持ちに変わった。


「無茶を言いますが城に紛れ込んでくれませんか。数日後、帝国の建国記念日がある事はご存知ですよね」

「知っているも何も毎年騎士団は参加、ーーーなるほど、そういうことか」


その日は帝都がいつもより増して厳重な警備が引かれるのだが、騎士団も把握できないほどの老若男女問わず不特定多数を一気に入れるという事だ。だから、城の中で俺が一人紛れていても、早々に怪しまれる事は無いだろう。

木を隠すなら森なら、人を隠すには人の群れの中。

リリィが城の者に睨まれず入れる、またと無いチャンスでもある。


「まぁ、行くしか無いよな」

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