八話 強欲
あれから時間が過ぎていくだけの攻防戦。レオンハルトの瞳は虚のままで、まともな意識が返ってくる気配がない。
「いい加減、目覚ませ! お前は自分で何しているのか分かっているのか」
「ねぇ、だからさ。お願い、少しだけでいいから触らせて」
本能のまま欲が詰まった手が近づいてきては、イナミの術式が刻まれたお腹に触れた。
触っても人の温かみを感じるだけで、厚みのない平たい体に、皮膚から少し浮き出た骨の曲線だけで、触っても心地良くはないだろう。
目の前にいる人物はそれでも欲情するほどに、飢えては欲しっている。
その両手を掴んで静止させようとするが、圧倒的な力の差はスルリと手を引き抜かれて、再び体を押さえつけられた。
「そういう店に行けっ、触っても何も出来ないからな」
「何を言っても触って良かった事ないです。そうやって、いつも誤魔化して逃げていく」
「分かった……お前の目の前にいるのは誰だ」
「伝えたい事が沢山あったのに、俺、なんで。もう少し時間をくれたって良いじゃないですか」
会話も不可能になって来た。ただ、自分の欲を満たすために突き進む魔物だな。
押し倒されているこの状態で抵抗を止めれば、俺は魔物の口の中。殴ってでもここから出ていきたいが、こちらが拒絶する度に彼の情緒もどんどん不安定になっていく。
最終的に強引に致す事になれば、次の日にその事実に直面したレオンハルトは最悪自分で首を絞める可能性がある。
部下が罪悪感に蝕まれて死ぬ、そうならないためにも、どうにか阻止しないといけない。
と脳内で考えていると、頬に雫がぽたりと降ってきた。
熱の影響で汗でも飛んできたかと、目線をレオンハルトの方に向けた。その瞬間、俺は言葉を失った。
「ーーーっ何で泣いて」
青い瞳からは涙の粒が作られては、イナミの頬に涙の雨を降らす。
驚きのあまりにイナミはレオンハルトの頬を両手で力なく挟み、親指で涙を拭う。
「何で泣くんだよ。泣く事なんか一つもないだろ」
声も出さずに静かに泣くレオンハルトに流石に戸惑った。一度も見た事がない表情にどう対応したらいいか分からず、流れてくる涙を拭き続けた。
すると、少し落ち着いたのか涙が止まり、頬に添えていた手が同じように重ねては、手を握る。
「……ここに……ずっと、ここにいてください。もう、あんなのはいやだ……あんなふうに貴方を目の前で無くすのはもう嫌だ」
「うん、そうだな。ごめんな」
「今でも無理矢理にでもついていっていればって……死ぬ事なかったはずなのに、っ俺のせいで」
「それは、お前のせいじゃないからな。どうせ終わった事だから、もう忘れろ」
「イナミ隊長……」
頬からイナミの手を剥がしてレオンハルトは顔を近づけては、再び唇に口づけた。小鳥が啄む様な優しいキスを繰り返す。
くすぐったい。やはり、拒絶が彼の情緒を不安定させている。このまま、やりたい事を自由にやらせた方がいいのかもしれない。
「レオンハルト。お前、明日後悔するなよ」
「?」
どう言う意味だと頭を傾けたレオンハルトに、イナミは一度だけ吹き出す様に笑ってから、レオンハルトの手首を持って自身の身体に誘導する。
そして、黄色い瞳が怪しく光り。
「いい子だから、明日になったら教えてあげる」
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