三話 城での出来事
部屋を案内されたイナミはベッドの淵に腰掛けて、レオンハルトの動きがあるまで休んでいた。
精霊も人がいない事に解放されたのか、頭の上で羽を休めいている。
『今のご気分は?』
「最悪だ」
そもそもレオンハルトと会った事が間違いだったのか、順調であったはずの人生を台無しにさせてしまった。俺はそういう事をさせたくて帝都に帰ってきた訳じゃない。
『ベッド、一緒で良かったんじゃないの』
「言い訳あるか。誰が部下と同じベッドで寝るんだよ、親兄弟でもないんだからな」
『いいじゃん、あの人なら横で寝ようが、股がっても許してくれそうだよ』
「黙れよ」
余計な事ばかり言う腕輪は指で弾いた。
『いたいー暴力だーぁ、オッサンが子供を虐めているよー』
「で、お前は一体何なんだーーーリリィ」
含ませた笑い声が脳内に響く。ずっと耳に直接語りかけてくる杖は、体の持ち主であるリリィである事が手に取るように分かる。
自分がリリィでもあるからなのか。
『ふふっ、よく分かったね。流石、騎士団の隊長を務めただけはあるね。まぁ、そこも見込んで君にしたのだけど……』
「お前はその状態で生きているのか」
『いや、死んでいるよ。この術が発動している時点で、肉体から魂が離れてる。
この術は、術者の思考パターンを魔法石に術で記録する事によって、死後術者がやりたい事や言いたい事を勝手に組み立てやってくれるものだから。痛みもなければ、知覚も嗅覚もない、イナミを通して記録を呼び起こしているだけ』
「……そうか」
『あからさまに落ち込むのは、やめてくれるかな。君が動く前から、僕は死んでいるんだから助けるも何もないからね』
「分かっているけど、ハッキリと事実を聞かされるのは流石にキツイな」
『誰かも分からない人間に同情するの、笑っちゃうね。命を狙われているなら、他人の心配より自身の心配をした方が身のためだよ』
リリィに溜息を吐かれた。まるで本物の人間と話しているようだが、生きた記録だけのようだ。
「自分が死ぬ前の事は覚えているのか」
『記録としては死ぬ直前はないね。リリィ本人が杖を落とした時点で記録は書き込まれないから』
「それでいい。魔術師が杖を落とす事があったんだろ」
『君も知っていると思うけど、僕はある魔術師から仕事を紹介されて城に行く事になったんだ。忍び込んで、慎重に一週間くらいは動向を探ったよ』
だから、一週間も屋敷に帰らなかったのか。
「仕事の内容はどうだった」
『簡単だったよ。ただ城の部屋や配置を伝えるだけの仕事だった。運悪く襲撃事件と鉢合わせたけど。
混乱の中、入れない所が行けるのではと、それをチャンスだと思ったのが運の尽き。騎士団に見つかって同じ襲撃した集団だと勘違いされたんだ。そこから、逃げる為の戦いの連続だった』
「で、逃げられたのか」
『丁度、仕事で地図は把握していたからどこに向かえば良いかくらいは知っていたんだ。そのお陰で騎士からは逃げる事は出来た。でもそれって、並大抵の騎士に通用する事であって、並大抵のない奴に当たればそこからが地獄さ』
「誰と戦ったんだよ」
『アルバンとかいうゴリラみたいな騎士だよ。アイツ一人のせいで僕の魔力を半分以上は持ってかれたんだから」
「アルバンか……よく生きていたな。俺でさえ戦ってどうかだぞ」
『まぁその後、死ぬんだけどね。とにかく、魔術で応戦しつつ転移魔術を唱えてた。どうにか転移魔術は完成したけど、杖を持っていく余裕はなかったんだよ。で、ここで記録は終わりになる訳』
なぜ魂が入れ替えたのか、そういう記録はなし。
聞いていると、現騎士団長のアルバンと対峙しながらその傍らで転移魔術を唱えていたのなら、リリィは相当な力量を持った魔術師だ。
人を生き返られせる魔術を完成させている時点で、並大抵の魔術師ではないと分かっていたが。
『少しは糧になったかな、イナミ隊長』
「その呼び方やめろ」
『かっこよくていいじゃん』
「なんかムカつくだよな。それに俺はもう一般人……」
「なぜですかっ! こんなにもお慕いしているのに、お断りするなんて、最低ですっ」突然、玄関の方から啜り泣くような甲高い声が聞こえてきた。
言葉を止めるほど気になったイナミは精霊を起こさないように二階の窓を静かに開け、下を覗くと、黄色いワンピースを着た若い女性とレオンハルトが玄関前で話している。
あの甲高い声だけで、二人の会話内容はあまり聞こえないてこない。
レオンハルトの手振りを見る限りは困りますと言っていて、彼女は肩を釣り上げては「どうして」と責めているようだ。
「だから、早く身を固めろと言っているのに」
窓枠に腕をかけ、イナミが男女のもつれをみて一つの感想である。
『今更、無理じゃない。それに結婚にありつけても奥さんが周りのせいで病みそう』
「それもそうだな。周りを跳ね除けるくらいの逸材か……アン嬢とか」
『笑わせないでよっ、あれは騎士の奥方っていう名前が欲しいだけの小物だよ。もっと芯がある人間じゃないと無理だね』
「そう聞くと難しいな」
『そう? 難儀だね。もっと簡単に考えれば良いのに』
リリィはケラケラと笑う、笑いどころが全く分からないが楽しそうなので放っておいた。
「そういや、アン嬢とは仲良かったのか」
『仲が良い? あそこで働いていてどうしたらそう思えるのかな。どう見たってアイツは、使用人は替えがきく物としか見てないよ。あそこに住んでも、散々な目しかあってないし』
「いや、なんと無く。性格が似ているから」
『その発言は、失礼すぎてどうかと思うよ。 まぁ、一度ものすごーく腹が立って、精霊使ってダンスパーティで転がしてやったけど』
出会う前から何となく勘づいていたが、リリィも神経が太い性格していると思う。アン嬢の下で数年間働き暮らしていくにはこれぐらいの性格ではないとやっていけないのかもしれない。
『その後、シロにそんな事で術を使うなって無茶苦茶怒られたけど』
「だろうな」
シロの胃に穴が開くのが先か、リリィが追い出されるのが先か。
あの屋敷でのただ一人、リリィを精霊魔術師だと知っているシロの気苦労が相当ものだったと想像できる。
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