十二話 駅のある街

襲撃はあの一度だけで、あれから森を抜け一人として欠ける事なく町に着いた。

町は国境近くもあって分厚い壁がそびえ立ち、物資を運ぶための商人達が外でも中でも多く待っていた。そして、入ってすぐ目に入るのは、町の顔とも言える大きな駅だった。

予定とはまったく違う形だが、イナミは目的の駅に来ることができたのだ。やっと帝都に行けるという感動と、ここからどうやって安全に行けるかどうかを考えた。


「ロードリックさんとレオンハルトさん、良かったーーーご無事なようで安心しました」


騎士団が町の宿に着いた時に、駆けつけてきたのは白衣を着た白髪混じりの中年の男。白衣には、帝都の城で働く者だと証明するマークが胸の辺りにある。帝都の治癒師であるとイナミは分かる。


見た顔だな、幼馴染のミオンと同じ研究室にいたような。


中年の男はロードリックに話しかけた。


「いやー、連絡が取れなくなった時は胸がざわつきましたよ」

「すまない、ベアリンさん。連絡するのが遅くなってしまった」

「聞きました、サエグサと戦ったと。全く厄介な者に巻き込まれましたね。皆さんは平気ですか」

「命の方に別状はないが、傷が深い者も多いので診てくれませんか」

「はいはい、もちろん。そのために私達がいますからね」


「怪我をした者はこちらに」ベアリンと呼ばれた中年の男は手を挙げては怪我した騎士達を集めては先導して宿に入っていく。

やる事がない、残された者は宿に戻ったり、酒場に行ったりと各々の休憩を取る事となった。


この街は安全だとしても、道中は戦闘がまだまだ続くはずだ。気を張って警戒するのもいいが、休める時は休まないと集中力が切れそうである。

できるだけ体力の温存が最優先だと、レオンハルトとの袖を引っ張ってから、


「レオンハルトさん、俺も休んでもいいですか」

「うん、いいよ。その前に私の話を聞いてくれるか」

「もちろん、約束でしたから」


「私の部屋で話そうか」とレオンハルトに腕を握られて隊員達が入っていた宿ではなく別の宿に連れて行かれた。

もう一つの宿は、先程と大差はないが明らかに一部屋が広いことだけは外から見ていても分かる。

今から話す内容は騎士団に聞かれては不味いのだろう。







部屋に入れば案の定、広くて綺麗な部屋。外と中で印象は変わらなかった。

会話が出来るスペースは部屋の真ん中になるよう区切られ、隣の号室とは分厚い壁で遮られていて、密会には充分な所であった。


「話したいのは山々なんだけど、シャワー浴びてきていい? この服すっごく暑くて汗が張り付いて気色悪いんだ」

「どうぞ、座って待ってます」

「ありがとう」


シャワー室に直行するレオンハルト。

騎士団の制服は、物理耐性に術耐性と様々な用途が備わっている。重い鎧と違って身軽に動け、外からの攻撃をできるだけ最小限の抑えられる戦闘には最適な服装。

難点としては、汗が滝のように出るくらいには暑い。戦闘に夢中の時は気にならないが、日差しが照る日は脱ぎ捨てたくなるほどである。

レオンハルトがシャワーに直行するのは仕方ない。


文句は言わずに大人しく椅子で待つイナミ。


「てか、アンお嬢様の家でもあったな」


シロがいるところに帰りたいな。

命の狙われる事がない屋敷にほんの少し戻りたい気持ちになったイナミは、自分の着ていた制服を改めて見ると裾は汚れ、継ぎ目のところは糸がほつれ出てきていた。


それなりに動きやすくて着ていたけど、いい加減に新しい服に変えないと。


クッションがある椅子に埋もれるイナミはあの時とまた同じように瞼が重くなってくるのを感じ、意識が遠のいていく。

こういう時のリリィの体は、イナミの意識をリリィががっしりと掴んで、夢の中に連れ込まれるような感覚がある。眠りたくないと思っていても、寝るんだと勝手に意識がそちらに引きずられる。


リリィはイナミであって、イナミは故に眠たい。


『リリィ、平気か』


あっ、シロだ。今まで見た事がないくらいに随分と優しい顔している。


『シローーー僕、疲れったぁ。こんなの精霊にやらせればチョチョイのチョイなんだよ。自力でやる意味ないよ』


僕は今、洗濯物がたくさん入った重い洗濯籠を庭まで運んでいた。けれど、魔術師で精霊使いなら洗濯などせずに新品のように変えられるのに、今まさに無駄な行動をしている。


『駄目だ』

『なんでぇ、精霊って使うためにあるんだよ』

『絶対駄目、その精霊仕舞え。それがバレたら……精霊使いってのは、色々こう面倒なんだよ。絶対に帝都行きになるぞ』

『うーん、確かに面倒。帝都に行くのも、もちろんだけど、シロと一緒にいられなくなるのはもっと嫌だな』

『……そうだな』


シロは何故か言葉を詰まらせた。


『さっさとこんな所は辞めて、他の所行きたいよ。もっと静かで、自然があってそんなに人もいない場所が良いな』

『いつかは、出れるさ』

『うん、その時はシロ一緒だよ。ほら、精霊も言ってるよ。ずっと一緒だって』


『ずっと一緒』と精霊達はそう言っては僕の頭の上を楽しそうに踊る。


『いつかな』


目を細めて笑うシロはどこを見ていたのだろうか。何年何月何日に出れるのかを問い詰めたくなったけど、あまりしつこすぎると怒られるので僕はやめておいた。

でも、いつかシロが幸せにここから出れるようにするからね。


と考えた途端に頭に丸い物が真上から直撃した。


「いっ!! いたぁ」


あまりの突然の痛みに悶えながら、原因である上を見てみるとお馴染みの丸い光の玉、精霊がいた。

どうやら、精霊は何かに御乱心なようで頭の上を光の輪っかを作るほどに飛び回る。


「うおっ、どうした。精霊、何があった」


すると、シャワー室から扉が開く音がし、レオンハルトが浴び終えたようだ。

それを知らせるために起こされたのかと思うほどに、精霊のよく分からない行動はピタリと止めて、次の瞬間には存在が消えていた。

突然イナミを叩き起こして消えた精霊。


なんだった。


それにしても見ていた夢はリリィの過去だったのか、それともただの夢物語? 


「ごめん、待たせて」


汗を流して終えたレオンハルトはシャツと短パン一枚と随分と無謀な格好で出てきた。目の前にいる相手が罪人だと分かっての事なのか、心配になったが気にせず向かいに座るレオンハルト。


「もしかして寝てた? 瞼が重そうだよ。はなし……明日にしようか」

「いや、今日で大丈夫です」

「分かった」


頷いたレオンハルトは、改めて話すように息を吸い込み座り直した。真剣な眼差しに変わり、低く腰を曲げては顎の近くで両手を組む。


「君の罪状についてだ」

「俺の罪?」

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