六話 責任の取り方

挫いた足首は一日経てばすぐ歩けるから気にもならないが、


「ねぇ、レオンハルト様に迷惑かけたって本当?分かってる、彼の方は貴方と違ってお忙しい方なの。次やってみなさい、私が許さないから」


と友人宅から帰ってきたアンお嬢様に詰められた。

これは、レオンハルトが帝都に帰るまでずっと目をつけられるなと、大人しくすることを心がけた。

レオンハルトが来てから碌な目しか遭ってはいないが、一つ嬉しいことがあった。


「あの、今日はどちらに」

「うん?そうですね、今日は森のあたりまでの調査をしようと思いまして」

「まぁそんな遠いところまで、魔物には充分気をつけてください」

「ええ、ありがとうございます」


レオンハルトは玄関で外向きの笑顔を振りまいては、アンお嬢様は「はい」と手を頬に添えては頬を高揚させる。

アンお嬢様はどうやらレオンハルトの事を随分と気に入っているようで、終始恋する乙女のような、帰りを待つ妻のような態度である。

だから、レオンハルトが屋敷にいるだけで、アンお嬢様の悪癖が全く頭角を表さなくなった。理由は単純、好きな相手には良いところをだけを見せたいからである。

このまま、屋敷に住まないかなと思うほどに、使用人達の平穏が保たれている。


「アン嬢、一つお願いしていいですか」

「はい、なんでしょうか。何なりとおっしゃってください」

「リリィという、使用人をお貸ししていただけないでしょうか」


遠くで聞き耳を立てていたイナミは、持っていた箒を落としたーーーあいつは一体何を言っているだと。


「えっ、リリィですか。あの者は使えませんので、他の者を手配いたしますわ」

「いえ、その方がいいんです。情けないことに今、騎士団では人手が足りないのです。聞けば彼は剣が扱えるようなので、お借りしていいですか」

「剣?あの者が使えたかしら……」

「いいですか、アン嬢」


笑顔の圧だ、ここで負けてはいけない。けれど、熱が入っているアンお嬢様は口をあわあわと震えさせ目線を泳がせた。


「わっわかりました。父上にそうお伝えしておきますわ」

「ありがとうございます、アン嬢。貴方に頼んで良かったです」

「いえ……そんな」


完全にレオンハルトに絆された恋する乙女は、隣にいた使用人にリリィを呼ぶよう命令する。


「リリィが何かをしましたら、直ぐに言ってくださいね」

「心遣い感謝いたします」

「はい……」


胸に手を当てお辞儀する騎士隊長レオンハルトに、見惚れるアン嬢の熱は加速する。

そして呼ばれたイナミがその場に駆け付けた際は、恋する乙女は鬼の形相でイナミを睨みつけ、あまりの形相にイナミは蛇に睨まれたカエルのように一瞬固まる。


なんでお前がレオンハルトと一緒に行動するんだよ、と口にはしなかったが、陰湿な空気と極限まで吊り上げた目元がそう言っていた。


レオンハルトが責任を取ると言っていたのは、こういうことだったか。


一回り面倒なことになったと、イナミはこめかみの傷を掻いた。

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