ワンダリングジャーニー~異世界放浪記~

zenzen

第1章 辺境放浪

第1話 辺境の町

 それほど昔のことではない。

 名高い勇者一行が魔王を倒して見せかけの平和が戻ったものの、魔物は相変わらず世界中を跳梁跋扈し、盗賊団は旅荷を襲い続け、酒場で荒くれ者たちが意気投合と喧嘩上等を繰り返していた。そんな戦後の混乱期、俺は辺境の町を一人さまよっていた。



 つむじ風にあおられながら、酒場の前までたどり着いた。顔をしかめた拍子にくわえていたタバコを飛ばされる。店に入るだけの金を持ち合わせていないのか、地べたに車座で座り込み、酒瓶を回し飲みしていたゴロツキたちが、冷笑を浮かべてこちらを見た。

「見ねえ顔だが、冒険者か?」

 頭株らしき一人が声をかけてくる。

「ああ、そうだ」

「この分じゃ嵐になるだろうて。今日は仕事になんめえよ」

「この辺りでは金になる魔物は出るかい?」

「なんの、ぜんぜんダメだ。せいぜいがゴブリンかスライムってところよ。貧乏人しかいない界隈には、ケチな魔物しか出やせんて」

 住民の懐具合と魔物のレベルに相関関係があるわけないが、荒涼とした風景を見まわすと、確かに大物が棲息できる環境ではないという気がしてくる。

「ありがとう。じゃあな」

 俺は背を向けて手を振り、そのまま酒場のドアを押し開いた。


 薄暗い板張りの空間にはカウンターと十席ほどのテーブル。店の奥に階段があるところを見ると、階上には客室も備わっているようだ。何の変哲もない田舎の宿屋兼酒場だ。

 カウンター席に腰を下ろし、宿と酒を頼んだ。グラスと宿帳が差し出され、まずは酒を口に含んで驚いた。

 こいつは強い。

 バーテンが俺の顔を見てニヤリと笑った。

「ヴォイカって地酒です。この辺りで採れるカイザープラムを原料にした蒸留酒でさ。強くて美味いでしょ」

「確かに美味いな」

 俺はグラスを飲み干し、お代わりを注文した。

 宿帳には適当に記入する。どうせ身寄りもいない流れ者、のたれ死んでも知らせる相手はいない。代わりに宿代を払ってくれる人間もいないので、俺は常に前払いだ。


 火酒の二杯で人心地がついた。料理を数品頼んでから、タバコを取り出して火を点けた。

 さて、どうしたものか。

 手持ちの金には少し余裕があるが、半月も逗留すれば底をつく。この町に着きさえすれば何とかなると踏んでいたが、さっきのゴロツキの話では少なくとも“狩り”には期待できないらしい。ここまでの過酷な旅を思うとうんざりするが、いっそ早立ちして、北方の大きな町を目指すか…。

 ふと思いついて、バーテンに話しかけた。

「この町にはギルドの出張所はなさそうだけど、仕事の依頼とかはどうしているのかな」

「ええ、おっしゃるとおりギルドはないのですが、集会所の伝言板で案件は告知していますよ。お客さんは冒険者ですか?」

「ああ、一応ブロンズ級だ」

「だったら、荒事はもちろん、捜し物から力仕事まで、それなりに仕事はあると思いますよ」

 俺は礼を言って、運ばれてきた料理に取りかかった。

 揚げた地鶏のメスカルソースがけ、ハーブ漬けにした松葉豚のハム、鬼冬瓜のカラシ炒め、ワイルドオーツの挽き割り粥。どれも気取りのない素朴な味わいで、俺は夢中で食べた。酒といい料理といい、やはり北方の味覚は俺と相性がいいようだ。


 たっぷり飲み食いしてから階段を登り、あてがわれた客室のベッドに倒れこんだ。

 ああ、いい気持ちだ。

 何しろこのところ野宿が続いた。荒れ地を渡る隊商のボディガードを引き受けたので、飲み食いの面倒は見てもらえたが、夜は歩哨を兼ねて大地に横たわって仮眠を取るばかりだったので、いい加減体にガタが来ている。食料だって携行用の干し肉ばかりだったしな。

 ベッドと脇机、椅子、洗面台。粗末で殺風景な部屋だが、今の俺には極楽に近い。

 大きな音で窓が鳴った。風がさらに強まっているようだ。


 明日はさっき聞いた集会所の伝言板を見に行ってみよう。報酬が良くてラクな仕事が見つかるとありがたい。いや、それはさすがに虫がいいというものか。

 だが、俺はそもそも“狩り”も含めた荒事が好きではない。戦士の村の出身なので、子どもの頃から叩き込まれた戦闘術を売りにこそしているが、実際の闘いは疲れるし、血生臭くて汚いし、当然ながら危険もともなう。できれば避けたいのが本音だ。

 ところが、世間一般の冒険者という奴らはなぜか好戦的で、避けられる闘いにもわざわざ挑もうとする。宝物や人命救助が目的のはずなのに、強敵を打ち倒しておのれの強さを誇りたがるのだ。ひどい場合は金銭が目当てではないという顔すらする。その無用な矜恃は何なのか。

 大体が「冒険者」というネーミングがよくない。何だか余計なロマンが乗っかっている。正しくは傭兵であり、財物回収業者であり、探偵であり、とどのつまりは便利屋である。

 そういう身もフタもない呼称に切り替えたら、さぞかし同業者が減るだろうな、と俺は寝っ転がったままで皮肉な笑みを浮かべた。

 さて寝るか。

 そう思った時、部屋のドアが不遠慮に叩かれた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る