第21話 終わりの始まり

 南州製薬社長との食事を森高が悩んだ末に決めていた頃、本匠はとある男に電話をして仕上げに取り掛かっていた。

『もしもし、初めまして本匠と申します。お忙しいところすみません、お伝えしたい事が御座いましてお電話させてもらいました。堤警視正には、どうしても聞いていただきたい話でして。』

電話の相手は堤勘一つつみかんいち三十五歳、警視庁公安部公安第一課課長というエリート中のエリートである。そのエリートの堤に、本匠は最後の一手を打つべく電話をしたのだ。

『如何しても話しておきたい?・・・・・本匠さんが、捜査二課にいろいろ吹き込んでいるのは聞いています。でもそれは、大掛かりな投資詐欺と南州製薬の横領・脱税関連でしょう?それに正仁会だったら、暴対課の担当ですしね。』

『流石は堤さんだ、よく御存知でいらっしゃる。勿論公安第一課の堤さんに、そんな事でお電話する訳ないじゃないですか。』

『では、なんなんです?自分も、そんなに暇な人間じゃないんですよ。それではこれで失礼・・・・・』

そう言って電話を切ろうとする堤に、本匠はさりげなく一言ひとこと言って思いとどまらせた。

秋元雅治あきもとまさはる・・・・・。』

『んっ!・・・・今、何って言ったんですか?』。

『・・・・・!』

堤の動きが止まった。そして本匠は、ゆっくりと溜めて言い放つ。

『・・・・堤さん、秋元が絡んでいるとすれば如何です?』

暫しの沈黙の後、堤が静かに口を開く。

『本匠さん、この案件に秋元が如何絡んでいるって言うんですか?』

『流石は堤さんだ、この名前を言えば察していただけると思っていましたよ。堤さんが先程仰った、正仁会なんですがね。その事務所に隠し金庫がある事は、捜査二課の方々も御存知なんです。そしてその中身が、五億円の現金と金塊二十キロだという事もね。ただこの金塊を梱包しているクッション材、このクッション材の中に琥珀色した物体が混じっているようですよ。』

『琥珀色した・・・・・物体?』

『ええ、そうです。この詐欺グループ、もう国外にでも逃げたんでしょうか?あっという間に、跡形も残さずに消えてしまったそうでしてね。まあ噂なんですが、このグループはよくドバイに潜伏しているそうですよ。そのグループから正仁会の奥村が貰ったのか預かったのか、会長に報告もしないで隠している現金と金塊。そいつと一緒に、そのクッション材の物質も偶然を装って保管しているとしたら。』

少し間を取って、堤が謎解きの様に話し出す。

『ドバイと言えば、「日本共産主義者革命同盟」主席の重勝修しげかつおさむが潜伏している噂があります。まあ、彼は世界中を転々としている様ですがね。その重勝の右腕である、秋元が日本国内に潜伏して暗躍している。その過程で、正仁会の金庫に保管されているそのが関係していると?』

『流石です堤さん。極左(極左暴力集団)と言えば公安第一課、堤課長の担当する案件になりますよね。中核派や日本赤軍を、「お子ちゃまの革命ごっこ」集団と罵り。唯我独尊で、あらゆる共産テロを支持・促進する。そして日本国内では中国共産党と毎朝時事新聞のパイプ役となり、親中・親共産メディア網の構築に成功。二年前の令和四年七月八日、奈良市で起きた元首相暗殺事件でも関与が囁かれた。この暗殺事件以降、与党自由民権党と国明党は左翼の様な政策集団に変貌している。この全ての工作に、関与したと噂される組織と男。その秋元の関与が、この事件にうっすらとでもあるかもしれない。私は、そう申し上げているんですよ。』

堤は暫し考え、本匠を試す様に聞いてきた。

『それでその物体を、何だと思わせたい・・・・・んですか?』

『平成二十九年(2017)二月の十三日、マレーシアのクアラルンプール国際空港で起きた事件の事を覚えていますか?』

堤は、少し考えただけで気付いた。

『七年前の・・・・、マレーシア?琥珀色の・・・・・!オイオイまさか、そんな物を秋元が作らせていたって言うのか?正仁会事務所に、保管されているその物体が何かの工作かテロ行為に利用されると?琥珀色の物体ってのは、「VXガス」の事を言っているのか?そんなの、「地下鉄サリン事件」規模のテロ行為だぞ!いや、それ以上の影響を与えかねん。』

『ん〜、俺も見た訳じゃないんでね。確かな事は、堤さんが調べる事だろうし。』

『でも何でそんな事を、八百万一家の本匠さんが知っているんです?』

本匠は、大きく溜め息を吐いて応える。

『実は正仁会の山守会長から、御相談を受けましてねぇ。何でも防犯カメラに映っている物、そして奥村達の行動も可笑しいと。そりゃそうですよね、ヤクザが会長に内緒で金塊運んでるんですから。それで奥村の事を、詳しく調べる協力をしてくれと頼まれたんですよ。そしたら何やら爆弾やらジップ・ガン手製拳銃なんかの、物騒な物ばっかり作ってる連中に辿り着きましてね。そこと詐欺師グループとの関係から、資金提供と武器製造ではないかって事になったんですよ。そうなったら、捜査二課じゃなく堤さんの所じゃないっすか。』

堤は、暫し黙って考えた。本匠は、大人しくそれを待つ。

『・・・・・。』

そして、重たい口を堤が開く。

『分かりました。ちなみみに、その武器製造の現場は何処なんです?』

『江戸川区のXXXX・・・・・。』

『・・・・いいでしょう。そこは、我々もマークしていた所です。つい最近、引き払った様ですが。分かりました、その怪しい物体の事も気になりますからね。菊花・・の渡邊とも繋がりのある貴方だ、いい加減なネタを私に吹き込むとは考え難いんでね。いいですよ、貴方の思惑に乗ってあげるとしましょう。また何かあったら、連絡して下さい。・・・・・では。』

堤は、そう言って電話を切った。本匠は、溜め息を吐きながら大きく伸びをする。そこに、ずっと一部始終を聞いていた服部が聞いてきた。

『総長、山守会長からそんな事お願いされていたんですか?』

本匠は、呆れた顔で応える。

『山守ぃ〜、・・・・・そんな事頼んで来る訳ねぇだろ。ありゃ、全〜部嘘に決まってんじゃん。』

『・・・・・えっ!・・・・・じゃあ、全部嘘なんですか?』

『ん〜、全部ではない。半分以上は本当だよ。そっか・・・・・まあ、説明するとだな。大日本菊花聯合會だいにっぽんきっかれんごうかいって政治結社があるんだけどな、そこの会長の渡邊恒彦わたなべつねひこってのが稼業違いだけど五分の兄弟なんだ。始めは、その兄弟からの電話だったんだよな。江戸川区の古いビルに、何やら物騒な奴らがいるってさ。そしたら次に電話があった時には、兄弟がそこにカチコんだって言うんだよ。』

『ええっ、・・・・・マジっすか。』

『ああ、チンコロ(密告)しねぇから少し話しさせろって言ったってさぁ。そしてら意外な事に相手も、「じゃあどうぞ。」ってな感じで入れてくれたんだとよ。そんで右と左で(右翼と左翼で)睨み合う事もなく、中を見せてくれたんだとさ。そのまま見た感じ、武器製造工房だったらしいんだけどな。揉める事なく、さっさとずらかって方が良いぞって言って帰ってきたらしいんだけどよ。そこで一個、面白い物ギッて(盗んで)来たから俺にやるって言うんだよ。そんでその時にギッて来たのが、クッション材みたいな物に入った例の”ブツ”だったんだ。』

『それって、本物なんですか?』

わかんねぇ?俺も兄弟も、川治達も誰も判んねぇ。』

『えっ・・・・。』

本匠は、笑いながら続ける。

『実際に使う訳にもいかねぇしな、そのまま金塊のクッション材に使わせたんだ。だから川治を通して奥村に、金塊に巻くようにって指示していたんだ。だから俺も、実際に見てもねぇし触ってもねぇ。それに作った奴が自慢げだったつっても、マジ物が作れたとは限んねぇしな。如何どうだか判んねぇけど、そんな危ねぇ物は公安さんに任せとけばいいって。分かり易く、黄色と黒のテープで貼ってあげたんだからよ。』

『黄色と、黒のテープっすか?』

『ああ実は、クッション材の中に入っているのは一つだけなんだ。普通のクッション材のやつは、透明のテープで梱包してある。二十キロの金塊を、細かく五キロずつ四つに分けてある。その一つにだけ、黄色と黒のテープで梱包されたヤツがある。それが、例の危ねぇヤツだ。渡邉の兄弟のアイディアなんだけどな、それをそのまま川治に指示して運ばせた先が正仁会の隠し金庫って訳だ。』

『もし運んでいる途中で、割れたりでもしていたらヤバかったっすね。』

『本物だったら、その時には奥村達が死んじまうだろうからな。全部謎のまま、アイツらが犯人って事になってるんじゃないかな。そんでも日本共産主義者革命同盟の秋元雅治が、その武器工房に資金援助していたのは間違いないんだ。渡邉の兄弟がそう言っていたし、さっきの堤の反応から言っても間違いないだろう。後は、公安に任せとけばいいって。』

服部は、訝しげに聞いた。

『投資詐欺の件で、警視庁の捜査二課が近日中にガサ入れするって噂です。このタイミングで、公安が出張って来たらグチャグチャになんないっすか?』

『大丈夫だよ、公安第一課課長堤勘一。コイツはエリート中のエリートなんだけど、そんじょそこらのエリート君じゃないんだ。「絶対」っと、言う言葉がよく似合う男だって言われているよ。真面目過ぎるっていうか、正義っていう言葉に囚われているっていうかな。だからクッション材の例のヤバイブツが、本物だろうが偽物だろうが堤には関係ねぇ。始めは捜査二課にやらせといて、肝心な所で掻っ攫っていくだろうよ。』

服部は、小さく頷きながら返した。

『堤って言う奴は、そんなに凄い奴なんですか・・・・・。』

『帝都大学法学部を、逆立ちしながら赤門潜って御卒業なされたそうだ。未来の警視総監だと言って、絶賛売り出し中のエリート様なんだよ。そんであだ名が、鬼堤おにづつみなんだってさ。このエリートに、欠点は一つしかないらしい。』

服部が、不思議そうに聞いた。

『欠点が、あるんすか?』

『ああ、陰口で「たった一つの欠点」だって囁かれているよ。』

『何なんです?』

本匠は、意地悪そうに溜めて言った。

『唯一の欠点は、・・・・・若ハゲ・・・だってよ。』

呆れた様に笑う服部に、本匠はニヤけながら続ける。

『その完璧な”鬼堤”さんが、奥村を標的として認めたんだ。こうなったら、奥村はどんな罪状を突き付けられるのか判んねぇぞ。楽しみに、拝見させてもらおうぜ。』

そう言うと本匠はタバコを咥え、服部に火を着けてもらうと大きく吸い込んだ。




 本匠がひと段落ついた頃、有楽町駅近くの喫茶店に石川の姿があった。カプチーノを啜りながら、ノートパソコンを開いて作業をしている。その石川の後ろの席に、一人の男が座った。背中合わせになった状態で、男は石川とは違う方向を見て囁いた。

『どうもお待たせしました、こんな形で申し訳ありません。』

そう言うと、男は背中を向けたまま名刺を差し出した。石川は、名刺を受け取り目をやった。名刺には、「東京地検検察事務官・藤原晋也ふじわらしんや」と書かれている。

『どうも、南州製薬の石川です。』

『早速ですが、広瀬副社長と森高本部長関連での情報という事ですが・・・・。』

『はい、・・・・・。』

そう言うと、石川は藤原と同じ様に背中を向けたまま長形三号封筒を渡した。

『これは・・・・・?』

『中に、USBメモリーが入っています。広瀬副社長の研究開発費流用を、森高本部長が手引きをしていた証拠になります。その他にも森高本部長自身が流用した金を、広瀬副社長が流用した様にしていた記録も入っています。また、その金がどこに保管されているのかも。』

藤原は封筒からUSBメモリーを取り出し、持参したノートパソコンに差し込んだ。中身を確認し終わると、藤原はそのままの体勢で口を開く。

『有り難う御座います、これだけの証拠があれば立件出来ると思います。どちらかと言えば森高本部長主導で、研究開発費流用が頻繁に行われていたという事ですね。それでは、失礼します。』

そう言うと、藤原はスクっと立ち上がった。

『それでは藤原さん、よろしくお願いします。』

そう言う石川を、藤原は一度も見る事なく店から出て行った。石川は、その藤原の背中を見ながら呟く。

『あれ?あの人、何も注文せずに出て行っちゃったよ。国家公務員は、節約がモットーなんですかね。』

時間に追われ様に、石川も店を出た。そしてスマホを取り出し、駅に向かいながら電話をかける。

『お疲れ様です。はい、今東京地検の事務官に渡しました。これで、特捜が動くまでに時間はかからないでしょう。取締役会も近う御座いますので、ここからは専務主導で進んで行かなければなりません。大体の流れは、先日お話しました通りです。今の会社のうみを出し切らなければ、株主も世間も納得はしてくれないでしょう。その為には、残念ですが社長にも辞任していただく事になるでしょうし。刑事告訴の準備と、記者会見の準備なども進めておきます。ですので専務には、社長に辞任を説得するという難題に挑んでいただかなくてはなりません。』

それから一・二分で電話を切り、石川は近くに人がいないのを確認してまた電話をかける。記者会見を開くと想定し、大まかな時期で見積もりを出してもらう。その後会社に戻り、会社復興の為首脳陣の候補者を何人かピックアップした。その他の事務的な仕事を終わらせて、石川は大きく溜め息を吐きながら呟いた。

『ふぅ〜・・・・・僕が出来る事は、ここまでかなぁ。』

そしてスマホを取り、また電話をかける。

プルルル・・・・・プルルル・・・・プルッ

『もしもし、瞳ちゃん?』

『どうしたの?・・・・何かあったの?』

突然の電話に、瞳は驚いていた。そんな瞳に、石川は優しく話し出す。

『何もないよ、ちょっと声を聞きたかっただけ。今、大体の事が終わったってところかな。でもこれから会社がゴタゴタするから、また忙しくなっちゃうんだよね。そんで、瞳ちゃんに言っておきたい事があったから電話したんだ。』

『私に、・・・・・言っておきたい事?』

『うん。このまま上手く行けば、瞳ちゃんの逮捕はなくなると思う。脱税も、申告漏れの扱いになると思うんだ。そうなると、部屋に篭る事なく自由に出歩けるよ。誰の視線も、気にする事なくさ。』

『・・・・・うん。』

『この間、筒井さんに会った。電話がかかってきて、話したいって事でね。敬さんに聞いたかもしれないけど、筒井さん全部知っていたよ。子供達の事も、警察に張り込まれていた事も。』

『うん、もしもの時には自分が育てるって。そう、敬にも言っていたそうよ。』

『それでね、僕としては。こんな僕で、・・・・・融さんにも利用されて。汚れた人生で、汚れた身体の僕で良かったら。二人の父親として、瞳ちゃんの旦那さんとして一緒に生きて行ってもいいかな?』

泣いているのか、声を少し震わせながら話す石川。

『何言ってんの、どんな睦だって関係ないでしょ。二人の父親は、睦なのよ。そりゃ当然、あの人には本当に悪いと思っている。けど、睦は私の特別な人なの。渋谷で初めて逢ったあの日から、ずっと睦は私の特別な人なの。森高さんの事も、昔の事も全部私が抱きしめてあげるから。汚れた人生とか、汚れた体なんて言わないで。そんな事言わないで、うぅ・・・・』

二人の電話は、もう暫く続いた。




 奥村と新居はこの数日、打ち上げと称して夜の宴に興じていた。恵比寿や中目黒近辺で宴を繰り返し、大金を得た実感に酔いしれていたのだ。しかし流石に飽き始め、しんみりと語り合う二人の姿があった。

『兄貴。懐に余裕が持てると、気持ちにも余裕が出るんですかね。あんなにいい女だったのに、ガッツかずにいれるんですねぇ。「また今度ねぇ。」って、今までじゃあ考えらんないっすよ。』

『はははっ、そういやぁそうだな。何だか余裕持って、良いオッサンって感じで飯食ってんだもんな。金と金塊が、心に余裕を持たせてんだろう。良い意味で、金が人間を変えたって事だな。』

『そうっすよねぇ、金持ちになるとやっぱ違うんすねぇ。』

『何金持ちになった気分でいるんだよ!あの金が、どんだけ俺達の手元に残るか分かんねぇんだぞ。もしかしたら、全部会長に取られるかもしれないんだからな。』

新居は、目を見開いて聞いた。

『ええっ、そりゃあないっすよ。兄貴が全部やったんですよ?』

『ああ、そうだよ。俺とお前で・・・・・全部やったんだ。それでも、この稼業っていうのはそういうもんだろうが。正仁会の看板があるからこそ、本匠が俺達にこのシノギをくれたんだからよ。ただ、全額取られる事はねぇだろう。そんでいいじゃねぇか。』

新居が、しみじみと頷いた。そして、ふと思い出した様に聞く。

『そういえば兄貴、金塊はどうするんです?あれって、何処で換金するんですか?早めに金に換えといた方が、後々の事を考えるといいんじゃないんですかねぇ。』

奥村が、頷きながら返す。

『俺もそう思って、石川に聞いたんだよな。お前と、まったく同じ事をさ。そしたらアイツよ、換金しない方がいいって言うんだよ。何でかって聞いたらさ、今年新紙幣が出てくるだろう?そんで、将来的には電子マネー化が進むんだとさ。だが何にしても、俺達の様な稼業は現金やりとりだろう?それに当然、表に出せない金が多い。石川に言われたのは、もし武器やヤクの取引をするのに電子マネーでだったら。数億円の取引が、全部警察や税務署にバレてしまうってさ。将来的な事を考えれば、金の代わりに金塊での取引を考えた方がいいって言うんだよ。金相場を細かく調べれば、金塊数本で億単位の取引ができるってさ。その上金っていうのは、国境を超えても関係ないからってな。やっぱり、リーマンってのは頭が良いよな。』

『おおぉ〜、そう言われればそうっすねぇ。よく分かんないけど。』

『ははははっ・・・・・、俺もよく分かんなかったよ。心配すんなって。』

ひとしきり笑って、新居が真面目に語り出す。

『兄貴。俺、田舎が栃木なんですけど。頭は悪ぃ〜し喧嘩も強くねぇ、だからって言って真面目に働く事も出来ない。地元の奴らにも、小馬鹿にされて陰口叩かれてたんですよ。大学行く様な奴らには、「馬鹿」扱いでしょ。周りの不良連中には、「コイツは俺より下」みたいに決め付けられて。仲間なんて口だけ、上っ面だけで裏切りなんて当たり前の様にやる。親友だろうが友達だろうが、自分の都合で女は寝取るは借りた金は踏み倒す。そのくせ友達ごっこや、仲間ごっこが大好きなんですよ。「仲間の為に」とか「友達だからこそ」、なんてのが大好きな奴らなんですよ。都合の良い時だけ、仲間だったり友達や親友だったりする。いつだか久々に会った奴にも、俺が「出世したり稼いでたりするのはなんか気に入らねぇ。」って言われたんですよ。そんな田舎の奴らに、本当に辟易して東京に出て来たんです。』

奥村は、少し微笑みながら頷いている。新居は、それをチラっと見て続ける。

『でも東京に出て来たところで、目標も何もないので何をすれば良いのか判らない。やっと見付けた建築関係の仕事も、現場に行けばすぐに揉めてクビになっちまうし。だからと言って、他に何か出来る訳でもない。金がねぇと生きては行けないし、何にも出来ねぇ俺には如何どうすればいいのかも分かんない。そんな時に、兄貴に出会って舎弟にしてもらったんですよ。今回の仕事で、本当に兄貴に出会えて良かったって思いました。』

『何だよ、珍しいじゃないか。お前が、過去を語るなんてさ。まあ、良いんじゃねぇのかな。この稼業では、ボクシングの世界チャンピオンも一流企業のエリート営業マンもいらねぇ。組織にどれだけ貢献出来るのか、その結果を出せた奴だけが生き残っていけるんだ。そんで今回、俺とお前は結果を残したんだ。それも、どデカい結果をさ。まあウチ正仁会は一本独鈷でやってるからな、大組織の櫨川会みたいに大親分にはなれねぇけどよ。だけど、俺でもお前でも正仁会のテッペンには行けるかもしれねぇ。俺達のいる世界は、そういう世界だろ?まあ見返してやるぞって、反骨精神で上って行けるっていうのも最高じゃん。やってやろうじゃねぇかよ、人生の一発逆転をさ。』

『・・・・・兄貴。』

奥村は、新居の肩をポンと叩いて続ける。

『別に格好つけるつもりはないけどさ、ヤクザやっている奴にマトモな奴がいる訳ねぇだろ。皆同じ穴のむじなさ、誰だって胸張って生きていけねぇ奴らばっかりさ。だからこの稼業では、家族として生きる事を絶対条件にしているんじゃないかな。親分がいて子分がいる、そして兄弟が沢山いて家族になっている。その兄弟の中で、競い合って親分を盛り立てる。デカかろうが小さかろうが、俺達は家族で兄弟なんだ。中途半端な、友達でも仲間でもない。そんな世界で、俺もお前も生きているんだよ。』

新居は、眼を潤ませて頷いている。

『だからよ、田舎の奴らが近寄れねぇ程デカい男になってやればいいじゃんか。』

『・・・・・はい。』

それからもう少し、照れ臭そうに新居を励ます奥村だった。そしてタバコに火を着けてもらって、現実的な事を話しを始める。

『そんで話戻すけどよぉ、石川の言う様に金塊は暫く金庫に置いとけばいいと思ってるんだ。まあ、会長が出せって言うなら出すけどな。そんな、特別な事がない限りは金庫の中だ。』

『はい、分かりました。』

『ついでに、今からの事も話しとこうぜ。まずは半グレの奴ら、コイツらには少なくとも半年以上は東京に帰って来てもらっては困るな。投資詐欺の件が、暫くは世間を騒がせるだろうし。』

新居は、小さく頷く。そして、確認を取る様に聞いた。

『じゃあ、どれ位を目処に遊ばせときますか?あんまり長いと、アイツらも調子に乗ると思いますんで。こっちから金やって、ずっと遊ばせとくっていうのもですね。』

『ああそうだな、もう暫くしたらチャイナか香港との密輸ルートでも開拓してもらうかな。そしたら、当分こっちには帰れないだろう。あの三人の中に、少しは頭の回転早い奴いないかねぇ。折角元手はあるんだからな、これからの事に繋げていかねぇとよ。だから明日にでも奴らに連絡を取って、所持金の残金を確認しとかねえといけねぇな。それと沖縄本島だけではなく、離島にも行って所在地を一箇所にしない様にしろってな。後あれもな、ゲーム屋の未回収金もだ。広瀬の分は、たっぷり頂いたからチャラでいいだろう。溝上の分は、ほとぼりが冷めるまで放っておけ。そこから、俺達に警察さつの目が向くかもしれないからな。』

『分かりました。半グレ共には、明日朝から電話して確認します。』

『それとワゴン車の後ろに、キャリーケースがあと一個載ってるだろ。管理はお前に任せるから、金が足りなくなったら送ってやれ。ただし、銀行振込は使うなよ。もしかしたら、俺達の事を監視しているかもしれねぇからよ。金の振込先口座を調べられたら、アイツらに辿り着くのに時間はかかんねぇだろうからな。それと、あんまり派手に遊ぶなってのも言っといてくれ。目立たねぇ様に、半年以上潜伏する事を頭に入れとけってさ。』

新居が、ニヤけながら聞き返した。

『兄貴、俺が金を管理していいんすか?』

『ああ、お前が管理するんだよ。アイツらの管理もな。お前は、もうそういう立場になったって事だよ。』

『はい!じゃあ、朝からアイツらに連絡します。』

『ああ、頼んだぞ。そんでさ、午前中はゆっくりでいいんでそれやっといてくれよ。俺は昼前に、事務所に顔出そうかなって思っているからさ。お前は、昼ぐらいに事務所に出てくればいいよ。さてと、俺はもう帰るけどお前はどうするんだ?』

新居は、キョトンとして聞いてきた。

『兄貴、もう帰っちゃうんですか?』

『ああ、マンションにキャリーケース置いたまんまだからさ。ウチのヤツに説明しねぇといけないんだよ。だっていきなり、今まで見た事のない大金が部屋に置いてあるんだからな。そろそろ店から帰ってくる頃だし、説明してやんなきゃぶっ倒れちまうだろうからよ。』

『あははっ、そう言えばそうっすよね。姐さんも、流石にビックリしますよね。』

この夜二人はここで別れた。

これが、・・・・・今生の別れになるとも知らずに。




 飛鳥と靖久は、夕食を摂りながらニュースを見ていた。川治達が起こした、投資詐欺事件についてのニュースを。

『投資詐欺だってさ、最近こういう事件多いよねぇ。ヤス君騙されちゃダメだよ!世の中、悪い人がいっぱいいるんだからねぇ〜。』

『あはははっ、はいはい。ちゃんと相談しますよ。』

『誰に、何て言って相談するの?』

『飛鳥ちゃん、俺・・・・騙されていい?って聞くよ。』

『何言ってんの?馬鹿じゃない?ハハハッ・・・・』

笑顔で夕食を摂っている二人を、邪魔する様に靖久のスマホが鳴った。

『あれ?ヤス君、詐欺師から電話だよ。』

飛鳥が、笑いながら靖久のスマホを指差した。

『あれ、本当だ!よっしゃ、じゃぁ騙されてみますかっと。』

そう言ってスマホを取り上げた靖久の、表情が変わるのに飛鳥は気が付いた。

靖久は電話に出る前に、スマホのモニターを飛鳥に見せる。

そのモニターには、の文字。

『もしもし、体は大丈夫かい?寝込んでなければいいと思っていたけど。』

そう言いながら靖久は、スピーカーモードにしてスマホをテーブルに置いた。

『うん、・・・・大丈夫・・・・。あのっ・・・さぁ、話し合いの続きを始めようかって思って電話したんだけど・・・・良いかなぁ?』

靖久は、飛鳥を見ながら応えた。

『ああ、いつがいい?・・・・・どっちかの弁護士事務所にする?』

少しの沈黙の後、瞳が応える。

『今週は、弁護士と話をしなくちゃならないから。来週、お互いの弁護士同席で会いましょう。場所は、そっちで決めてもらって良いかな?』

『分かった。そしたら、来週土曜日の昼に何処かで話をしようか。えっと詳しい時間と場所は、弁護士同士で擦り合わせてもらうのが良いと思うけど。それでいい?』

『うん、分かった。それと・・・・取り敢えず、・・・・ごめん。』

『ああ、いいよ。まずは体調壊さない様に、子供達も心配してるだろうからさ。特にお義母さんは心配してるだろう?だから少しは、実家にも顔出す様にしてさ。まっお互い様って事で、話し合いは前向きにやっていこうよ。』

『うん、有り難う。・・・・じゃぁ、来週。』

『ああ、じゃぁ来週ね。』

電話を切り終えると、靖久は大きく息を吐いた。

『ふぅ〜・・・・、やっと話し合いが再開するね。』

飛鳥は靖久の手の甲に、優しく手を重ねて微笑んだ。

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