第44話 デートっぽいな

 今日は朝からよく晴れて、部屋の窓からは胸をすくような青空が覗いている。

 雑誌の取材でテーマパークに向かうため、影山さんとの約束の時間に間に合うように早起きをした。


「もう起きたんだね」


 寝ていた布団を畳んでいると、ベッドの中から眠そうな声がする。

 美来が青い短パンから真っ白で健康的な素足を覗かせて、こちら側に寝返りをうつ。


「ああ。集合時間が早いんでね。行ってくる」


「ディスティニーランドかあ。それ誰と行くの?」


 美来が体を起こして双丘の谷間を露わにしながら、眠そうに自分の目をごしごしと擦る。

 相変わらず、この部屋の中では無防備極まりない状態で、目のやり場に困る。


「えっと、影山さんだよ。この前に会っただろ?」


 そう応えると。美来が不機嫌そうに、頬を膨らませた。


「いいなあ。私も一回行ってみたいなあ。影山さん綺麗だから嬉しいでしょ?」


「へ? 何を馬鹿な…… それよりお前、行ったことないのか?」


「うん。ずっと地方にいて、大学でこっちへ来てからもそれどころじゃなかったし」


 そうだった、美来の境遇からしたらそうなるだろう。

 無神経に質問してしまった自分に、心の中で喝を入れる。


「そっか。なら、今度行ってみるか?」


 そう告げると、美来の表情がぱっと明るく変わった。


「え、いいの?」


「ああ約束だ。その代わり、今日は遅くなるからな」


 今日一日のプランは影山さんに組んでもらっていて、パークのオフィシャルホテルでの朝食から始まって、目的のアトラクションを梯子してから、夜は客船の形で有名なレストランが待っている。

 帰ってくるのは恐らく夜遅くになるだろう。


 一応今日の予定はテーマパークなので、悪目立ちしないように、普通のカジュアルな私服に着替える。

 今朝は朝食がいらないので美来には二度寝をしてもらって、今日も暑くなるであろう外の世界へと足を向けた。

 

 待ち合わせの約束の場所まで移動すると、既に影山さんがそこにいて、腕時計にちらちらと目をやっていた。


「おはよう、影山さん。待たせたね」


「あ、おはようございます小暮さん。大丈夫、まだ約束の時間前ですよ」


 今日は影山さんもいつもとちょっと違ってカジュアルっぽい。

 青色のノースリーブにベージュのゆったりとしたワイドパンツ姿だ。

 

 そこから一緒に電車で揺られて、最初の目的地であるバイキング朝食へ。

 学生が夏休みなためか、家族連れや女子の団体で混雑している。

 中には、仲睦まじく会話を交わしている男女の姿も。


 案内された席から少し離れた窓からは、綺麗に整えられた黄緑色の庭園の広がりが見渡せる。

 遠くの空には、厚みのある夏の雲がゆったりと浮かんでいる。


 ベーコンにポテト、スクランブルエッグにクロワッサン…… プレートの上に好きな食材を集めてその味を堪能していると、どこかで見た事のあるネズミのキャラクターが愛敬を振舞きながら、影山さんと二人で座る席へと近寄って来た。


「きゃあ~、かわいいいい!!」


 影山さんが子供のような奇声を上げて、キャラクターに駆け寄る。


「小暮さん、一緒に写真撮ってもらいましょうよ!」


「……は?」


 彼女はフロアの接客係に自分のスマホを渡して、俺も傍に来るように手をひらひらとさせる。

 ……まあこれも取材かなと思い、人の背丈ほどもある大きなネズミの横で笑顔を作って、写真に納まった。


「楽しかったですねえ、さあ、次はパークですね!」


 お腹がいっぱいのはずなのに、影山さんは妙に足取りが軽い。

 そんなに今日の仕事に燃えているのだろうか。


 夏の日差しが照り付ける中、開園時間まで人の列の中に並ぶ。

 やがて人の波が前の方へと進み出して、入場ゲートが近づいてくる。

 そこを潜ると、目の前に広がるのは魔法と冒険に彩られた夢の国だ。


 入園してから、影山さんがスマホアプリで、プレミアムチケットを購入していく。

 目的のアトラクションを時間指定で短時間で利用できるチケットで、有料なのだけども今回は取材の名目なので、影山さんのプランに従って贅沢に入手できる。

 このあたりは役得この上ないけれど、取材時間の節約にもなってくれるのだ。


 パーク全体をぷらっと回りながら、目に留まった場所を撮影してまわる。

 海が近くて空が高く、周りは夢の国の建物や笑顔のキャストたち。

 歩いているだけで心がわくわくと踊ってくる。


「そろそろ時間ですね、新エリア行ってみましょうか」


 影山さんのお言葉通りについて回って、目的の新エリアへ。

 そこで映画の世界のアトラクションを体験して、エリア内にあるレストランで昼食を取って。

 隠れたところに色んなキャラが隠れていて、歩いてるだけでも楽しさが尽きない。

 ひとまず、取材の大目的は達成して、


「楽しいですね、小暮さん」


 影山さんは本当に楽しんでいるようで、終始弾けそうな笑顔だ。


「ああ、楽しいな。たまにはいいな、こういうの」


「じゃあ、こうすると、もっと楽しくないですか?」


「……え?」


 影山さんが自分の白い手を、俺の武骨な手に重ねてくる。

 一瞬、心臓がトクンと飛び跳ねる。


「か、影山さん、これ……」


「……いいじゃないですか。デート感覚で回れって綾子さんも仰ってたから、この方が気分が出るでしょ?」


 照れたように俯いて、小さめの声を焼けたアスファルトに落とす。

 夏の日差しと路面から立ち上がる熱気、それに体の中から湧き上がる熱情。


「嫌じゃ……ないのか、影山さんは?」


「嫌じゃないですよ、小暮さん」


 とても熱い。けれど、周りの喧騒が遠くなって、二人だけでこの世界にいるみたいで。

 しばらくこのままでもいいかなと思った。


 そのまま気ままに笑い合いながら、別世界の景色を眺めて、氷のアイスをかじって、お土産なんかも物色して、時間になったらアトラクションを楽しんで。

 影山さんは会社の同僚の垣根を超えたような、屈託のない笑顔を向けてくれる。

 

 ―― なんだか、まるで本当にデートをしているみたいだな。

 仕事中にもかかわらず、そんな風に感じてしまう。


 太陽が西に傾いて空が朱に染まるころ、影山さんが予約してくれていた船の形のレストランへ。

 古い客船の船内を模した落ち着いた空間で、夏の熱気を冷ますかのように、ゆったりと落ち着いた時間を共有する。


「小暮さん、こっちも美味しいですよ」


 影山さんが白身魚のムニエルをシェアしてくれるので、こちらも牛フィレステーキを半分に切って、片方を影山さんのお皿の上に置いた。

 白と赤、両方のワインの味と一緒に、料理の味と影山さんとの会話を楽しむ。

 彼女は今日は酔いが回るのが速いらしく、頬を赤く染めて話し方がたどたどしくて、何だか可愛らしい。


 食事を終えて、光とファンタジーが満載の夜のショーを並んで見て、二人の夢の国での一日は終わろうとしていた。

 名残を惜しむようにパークのゲートを潜って、押し寄せる人並と一緒に駅に向かっていると、

 影山さんに腕を掴まれて、路の傍らで立ち止まった。


 伏し目がちの彼女は、静かに声を送ってくる。


「小暮さん、もう帰りますか?」


 夢の国の余韻だろうか、離れがたい気持ちが沸き上がる。 

 けれど、それはいつか終わるんだ。

 取材の目的も、コンプリート以上のものだと思う。


「ああ、そうだな。明日も会社があるしな」

 

「……いい記事に、なりますかね……」


「ああ、最高の記事が書けると思うよ。影山さんのお陰だ」


 そう本音を伝えると、影山さんは儚い線香花火のような笑顔をこちらに向けた。


「じゃあご褒美に、今度は仕事じゃなくて、小暮さんとまた来たいです」



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