第21話 社長インタビュー
朝から快晴の空、今日も一日暑くなりそうだ。
海南グループの仙崎社長への取材当日、玄関先で俺と美来とは、声を掛け合った。
「取材頑張ってね、小暮さん!」
「ああ、そっちもしっかりな美来、きっと大丈夫だから」
「うん。頑張ってくるね」
笑顔が輝く美来に手を振られながら、安アパートの部屋を後にして会社に向かった。
影山さんと合流して、そこから取材場所である銀座のカイナン百貨店本店に向かうんだ。
俺は普段と変わらないラフなシャツとジーパンで、影山さんもそれに合わせたような、普段会社に来る時と同じパンツルックだ。
「なあ影山さん」
「なんですか?」
「インタビューのメイン、やってみるか?」
「ええ!!??」
俺からのフリに彼女は肩を細くして、焦った顔つきに変わった。
「そ、それは流石に早いというかその、小暮さんのやり取りが見たいです!」
公園での取材の時は彼女がほぼやってくれて助かったので、経験値を積む意味で今回もどうかなとは思ったのだけど。
唇を震わせながらぶんぶんと両方の掌を振ってくるので、今回は俺の方でやろうかなと心に決めた。
約束の時間に間に合うように二人揃って社屋を後にして、夏の陽光に照らされながら目的地を目ざした。
銀座の一等地に堂々と立つ洗練された18階建てのビル、社員の人が利用する裏口から入って管理用のフロアまで上がり、そこの受付で要件を伝えた。
そこでしばらく待っていると、品のよい若い女性が出迎えてくれて、約束の社長室へと案内してくれた。
いつもそうなのだけど、それ程緊張感は感じていない。
目の前にいる人とじっと向かい合って、シミュレーションした通りに自分が思ったことを伝えて聞く、それだけのこと。
それ以上のことはできっこないから、会う前からあれこれと考えて心配しても仕方がない、いつからか開き直ってそう思うようになった。
影山さんはそうもいっていられなさそうで、前に陶芸家の伊藤先生と会った時以上に、笑顔が固い。
大きくて立派な建物、整然と静まった廊下、洗練されたビジネスパーソンたち、そんな全部に気後れしているのかもしれない。
「影山さん、いつも通りでいいんだよ、リラックス!」
「は、はい!」
やがて名前が呼ばれて、俺たち二人は社長室の扉を潜った。
そこは広々とした空間が広がっていて、大きな見開きの窓からは都心のビル群と、彼方で淡く霞む地上と空との稜線が見渡せる。
その一番奥のデスクに、温厚そうな男性がこちら側に顔を向けて座っていた。
男性は俺たちに目をやると立ち上がって、こちらへと歩を向けた、
「どうもお待ちしておりました、仙崎です。急に場所の変更をお願いして申し訳ない」
そう口にしながら名刺を取り出してくれたので、俺たちも挨拶を返して名刺を交換した。
応接セットに座るように勧められたので、影山さんと並んで柔らかい革張りのソファに身を沈めた。
仙崎社長はその前に静かに腰を下ろした。
上品なグレーのスーツを纏って優し気な眼差しを湛える紳士は45才、5年前に父親である先代社長が会長職に退いてから後を継ぎ、若くして一度離婚を経験してからずっと独身を通していることもあって、若き敏腕貴公子社長として世を騒がせた。
その手腕は今だに健在で、新たな業態も取り入れて、海南グループはなおも拡大中だ。
俺は早速、いつもの調子で話を始めた。
「では、今のお仕事を始められたきっかけからお聞かせ願えますでしょうか?」
「分かりました。私がこの会社に入社したのは大学を卒業してからで、最初は東北の支店に配属になりました。そこには百貨店の他に物流の拠点もありまして……」
それから仕事での心構えやこれからの展望、休日の過ごし方や趣味まで、広く話を聞いていく。
仙崎社長は嫌な顔一つせずに、こちらの質問に丁寧に、時おり笑顔を交えながら応えてくれる。
三人の間の空気が柔らかくなったころ合いで、よりプライベートに踏み込む質問を投げてみた。
「ところで仙崎社長は、少し前に入院されていますね?」
仙崎社長は表情を変えずに小さく肯く。
影山さんはこのことを知らなかったのか、驚いた表情をこちらに向けた。
「よくご存じですね。その通りです。過労が原因で体を壊しましてね、1週間ほど。医者からはもっと休むように言われました。だからこれからは息子たち、あ、養子なので血は繋がっていませんが、彼らにもっと仕事を任せようかと思っています」
それからいくつかのやり取りがあってから、俺はお決まりの質問をした。
「ところで、仙崎社長の思い出に残る場所とかお店とかがあったら、教えてもらえませんか?」
仙崎社長は遠い眼差しを青空を映す窓に向けてから、しばらくの間目を閉じた。
それから、何かを懐かしむような口調で、言葉を音に乗せた。
「湘南、かな。そこにある『ソレイユ』というレストランだ」
「……そこは、何か大切な思い出がおありなんでしょうか?」
「大切な人と訪れた場所だ。もうずっと昔になるけどね。結ばれなかった恋の話とでも言っておこうか。湘南の別荘で一緒に過ごした時に行った場所だ」
「そうですか、そんなことが……」
仙崎社長はそれ以上は喋らないし、こちらもそれ以上は訊かない。
彼にとって本当に大切な場所なのだろうと、今の言葉だけで十分に理解できたから。
予定していた時間を少しだけ過ぎて最後に、
「仙崎社長、今日伺ったことは、全部記事にしてもかまいませんか?」
「ああ、かまいませんよ。ちょっと恥ずかしい話もしてしまったけれど」
それだけを確認してから、深く頭を下げてお礼を言うと、
「そうだ、せっかくだから、よかったらこの店を見て行って下さい。誰かに案内をさせましょう」
そう申し出てくれて、別の社員の人を呼んでくれた。
俺たち二人はその人の案内で、売り場や普段は見られない裏のスペースなどを見せてもらった。
今日の予定を終えて、百貨店の社員用通路を歩きながら、
「なんだか話す前と後とで、別人みたいに思えてきました、仙崎社長。湘南、行きますよね?」
「ああ、そうだな。明日綾子さんに相談してみよう」
「やったー、楽しみだな!」
「だから、遊びに行くんじゃないんだからな?」
「じゃあ、打ち合わせがてらご飯でも行きましょうか?」
そんな風な雑談をしながらいると、後ろから人の足音が聞こえた。
邪魔になってはいけないと思って脇に避けると、その人影は俺たちの前を通り過ぎずに、その場で立ち止まった。
「あれ、小暮さん?」
そう声を発した人影は、上下薄い青色のスカートスーツに身を包んで、頭に赤いカチューシャを乗せた美来だった。
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