34_部活見学~Interns the club~

 特有の緊張感と、部屋に染み付いた汗の香りが漂う道場へ着くと、青山は少し待つようにと指示した。


「なぁ、今の俺たちってすげぇ場違いじゃねぇか?」


 ぽつりと真中が比和に問いかけるが、青山がいなくなってから、向けられてくる視線はどれも好奇の目ばかりだ。そう思うのも無理はない。


「こういう時は逆に堂々としてりゃいいんだって」


「そ、そうか?」


 突き刺さる視線が痛いが、だからと言って部屋から出て行くようなことはしたくない。早く戻ってきてくれと心の中で叫ぶ真中だったが、その叫びは当然ながら誰にも届くことはなかった。ただ――


「お、男の人が……いっぱい……」


「黄瀬さん……大丈夫……?」


 取り残された唯一の少女ということもあってか、より一層向けられる視線の量は、真中の比ではないようだ。


 その衆目にさらされていることに耐えかねてか、黄瀬は思わず真中の背に隠れるように体を小さくした。


「だ、だいじょう……ぶ……」


 黄瀬の言葉は明らかに無理をしている様子だったが、それをどうやって穏便に解決しようか悩んでいると、ようやく青山が一人の男子生徒を連れてきた。


「いやぁ、今日は見学者がこんなに来てくれるなんて、気合が入るってもんだね! ようこそ柔道部へ‼」


 初対面から全力の笑顔で声を張り上げた彼は、かなりの大柄で、存在感がある。


「いや、まだ入るって決めたわけじゃないですけど……」


「主将、彼らが先ほどお伝えした見学者です」


 青山がその生徒のことを『主将』と呼んだことから、彼が部長なのだろう。


 角刈りに借り上げた頭髪と、同じ高校生とは思えないほどに盛り上がった筋肉、そして出された手のひらの厚みから、彼が重ねてきた練習量は相当なものだと一目で分かる。


「は、初めまして、青山さんの紹介で見学に来た真中一です」


「比和友喜っす。ハジメが見学に行くって言ったから、どんなところか見に来たって感じっす」


「き、黄瀬……真城……です」


「自己紹介が遅れたね、主将の野村だ」


 握手しながら自己紹介をしたことを皮切りに、他の二人も順番に挨拶をすると、主将はそれぞれに挨拶とばかりに握手を交わし、満足している様子だ。


「さすがにいきなり練習に参加しろとは言わないさ。今日はまずどんな雰囲気か感じて、そして時間があれば少し体験してみてほしい。では――」


 そう言ってから野村がくるりと振り向くと、今まで少しざわついていた道場が一瞬で静まり返る。


「整れええええつ‼」


 その大声を皮切りに部員たちは駆け足で整列し、振動が収まった頃には全員が揃った動きで正座していた。


「正面に礼‼ 本日は三人の見学者がいる! 全員いつも以上に気を引き締めるように‼ では青山、号令をかけろ‼」


「はい!」


 呼ばれてすぐに青山は立ち上がり、それに続く形で他の部員も立ち上がって適度な間隔をあけると、青山ははきはきとした声で号令をかけ始めた。


「体操をはじめます。1、2、3、4――」


『5、6、7、8‼』


 部員たちの声が一斉に響き渡り、道場の空気が震えた。


「……すげえ迫力だな……」


 ただの準備体操をしているだけだというのに、漂う気迫には鬼気迫るものがあった。


「う、うぅ……」


 そして、気迫に押されて、黄瀬はその場で肩をすくめる。


「き、黄瀬さん……」


「まぁこの迫力をいきなり女の子が見せられたらびっくりするよな。真城ちゃん、しんどいと思ったら出て行っても大丈夫だと思うぜ?」


 号令の合間に、比和が優しく言葉をかけ、それに応じるような形で黄瀬はかすかにうなずいたが、その指先からはわずかに震えが伝わってくる。


 ただ、ここで下手に声をかけると『出て行け』と言っているように受け取られかねない。


 そんな歯がゆさを感じながら、目をそらすように道場へ顔を向けると、部員たちは奇妙な運動をし始めていた。


「あれは……何してるんだ?」


 前転をするたびに、左右どちらかの手を畳にたたきつけ、バシンバシン—―と爆竹が破裂するように音が立て続けに鳴り響く。


「あれは『前回り受け身』だな。体をほぐすのと、基礎練の一つだな」


 スッ—―と比和が疑問に対する答えを返してきたが、それを見ていた主将は目の色が変わった。


「ほう、君、やってたの?」


「まぁ……昔にちょっとだけ」


 高校一年生の生徒がいう『昔』とは一体いつのことを指しているのか、真中は突っ込みたい気持ちがあったものの、あえてそこはスルーした。


「『昔』か……君がよかったらだけど、せっかくだから練習に参加してみるかい?」


 思いがけない主将の提案に、比和は驚きの表情を見せた。


「え? オレ道着持ってないですよ」


 確かに、今の比和は急遽決まった見学に来ているだけで、道着を持っているはずなどなかった。


 ただ、その反応を待っていたといわんばかりに、主将はニヤリと笑うと、


「なに、体験入部用のものがあるから着替えると良い。青山」


 そう言って青山を呼んだ。


「はい、何でしょうか?」


「彼に更衣室の案内と練習用の道着を渡してやってくれ。それと、せっかくだからこっちの二人には簡単に柔道の基礎を教えてやってくれ」


 青山は一瞬だけ不満そうに眉をひそめたが、主将の意図を察して頷いた。


「承知しました。ただ、乱取りには参加させてください」


「もちろんだ。彼らはあくまで体験という形だからね、そこまで根を詰めて指導しなくてもいいからね?」


 主将はそう言って三人を青山に任せると、そのまま道場内を見回りつつ、部員の指導を始めた。


「……ということで、不本意ではあるが簡単な指導をすることになったわけだが、まずは比和、お前に道着を渡さなければな……こっちだ、ついてこい」


 青山は、三人に向き直ると小さくため息をつき、そう言って比和を奥の部屋へと案内していった。


 

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