第6話 神様と結納ってアリですか?

 雪矢さんとお見合いをしてからひと月が過ぎた。いつも通り学校で帰り支度をしていると、咲希と由奈に声をかけられた。咲希と由奈は双子の姉妹で、このクラスで仲良くしている二人だ。

「ねぇねぇ、衣緒里。婚約したって本当!?」

「今初めて聞いたんだけど!」

 私は雪矢さんとの婚約話を学校では晴臣以外にはしていない。どこからそんな話が漏れたのだろうか。

「デマだよ、誰がそんな話……」

「えっ、だって婚約者を名乗る人が迎えに来ているよ」

 教室の入り口を見ると、人だかりができていた。その中心に我が噂の元凶、雪矢さんが立っていて

「僕の婚約者の衣緒里がいつもお世話になっております」

 と挨拶するのだった。

「衣緒里いつの間に!」

「イケメンじゃん!いいなぁ」

 全然良くない。イケメンでもアレは人間じゃない。神様なのだ。

「ちょっと雪矢さん!」

 私は雪矢さんを引っ張って廊下の物陰に連れて行った。

「なんで勝手に迎えに来てるんですか!?てか、婚約者だなんて言いふらさないでください!困ります!」

 雪矢さんは嬉しそうな笑顔をこちらに向けたかと思うと、

「いいなァ、このシチュエーション。衣緒里に廊下の物陰で迫られるなんて。青春ドラマのようだ。役得だなぁ」

 と一人悦に入っている。

「……気持ち悪い!」

 私は雪矢さんをおいて一人で学校を出た。

 校門を出たところで幼なじみの晴臣が歩いていたので掴まえる。

「晴臣、お白様が学校にまで来ちゃった」

「ええ?こんなところまで?ずいぶんと粘着質な氏神様だな」

「粘着質で悪かったな。二人とも神様に対して畏敬の念はないのかな?」

 空を飛んで追ってきた雪矢さんはふわりと私達の前に降り立った。誰かに見られてなければいいのだけれど。

「畏敬の念なんて、ないない」

 私はすぐさま否定した。

「衣緒里は相変わらずツレナイなぁ」

 そう言いながらも楽しそうに笑う雪矢さん。なぜいつも楽しそうなのだ。神様のメンタルは人には分かりかねる。

「そうそう衣緒里、今日は結納の日だから、忘れずにね」

「結納?何、それ?」

 晴臣が呆れた顔で私を見る。こっそりと教えてくれた。

「婚約の儀式だよ。婿の家が嫁の家に結納品を納めるんだ。婚約したのにまだしてなかったのかよ。てか嫌ならバックレれば?」

「そーする!」

「そうはさせないよ?」

 私と晴臣の会話を盗み聞きしていた氏神様が私の首根っこを掴まえる。

「会場はうちの神社だけど、その前に衣緒里は振り袖に着替えないとね」

 雪矢さんは私の首根っこを掴んだまま、空を飛んで神社まで連れ去った。

 取り残された晴臣はぽかんとした顔で上空を見上げていた。


「やぁーだってば!」

「嫌も嫌も好きのうち!観念して着替えなさい!……それとも僕が着付けてやろか?」

 ニヤリと笑って不遜なことをしれっと言う。

「結構です!」

「それならアカ、手伝ってやれ」

「はいはーい」

 雪矢さんの母親に化けたアカが私の着替えを手伝ってくれた。

「できたワよ。とってもキレイ」

 アカはウインクをして褒めてくれた。

「相手が神様でなければなぁ」

「あら、雪矢は神様の中でも穏やかで心の広い良い神様よ。その辺の人間の男よりずっといいと思うけど」

「そうは言ってもねぇ。それに結納って言っても、私はニエなんでしょう?わざわざ結納品を我が家に贈る必要ある?」

「そこが雪矢の良いところね。ただのニエなら、衣緒里を差し出すだけで済ませてもいいんだけど、ちゃんと人間式の婚約をやろうというんだから。愛されてるわね、衣緒里」

 そうなのだろうか。あの氏神様のやることはよく分からない。

「どちらにしろ、私は神様と結婚するなんてこと、承知してないけどね!」

 本当は半分くらいは諦めがついてきていたが、意地を張ってそう言ってみた。

 

「ねーちゃん、もう観念したら?雪矢さん、ねーちゃん好みのイケメンじゃん」

「明!」

 襖の向こうから声がした。結納の儀式に参加するためにやってきたのだろう。

「そうそう。私達も神様と結婚なんて…と思っていたけれど、なかなか人間味溢れるいい神様じゃないの。イケメンだし」

「お母さん!」

「お前みたいなじゃじゃ馬、貰ってもらえるうちに嫁いでおけ!お前こそ、人間の男では手に負えん!」

「お父さん!」

 この薄情な家族は何なんだ。私は頭を悩ませた。

 逃げよう。そうだ、逃げちゃえ。

 思い付いた私は、裏口を回って外に出ようとした。だがそこには羽織袴姿の雪矢さんが立っていた。

「衣緒里?何してるんだ?会場はこっちじゃないよ」

「あっ、えと、うん、忘れ物!」

「忘れ物?何?」

「えーっと、ちょっとね…」

 私は二階に駆け上がった。

 さてどうしたものかと二階の窓から外を眺めていると、下の路地をちょうど晴臣が通ってくる。

「晴臣!晴臣ってば!」

 私は二階の窓から晴臣を呼んだ。気付いた晴臣は私のいる窓の下までやってきた。

「何してるんだ、衣緒里?」

「うん、晴臣、ここから飛び降りるから受け止めてよ」

「は?」

 私は草履を片手に、窓から晴臣に向かって飛び降りた。

 晴臣は尻もちをつきながらも私をキャッチしてくれた。

「ありがと。助かった」

 私はお礼を言うと、晴臣の手を引いた。

「遊びに行こうぜ」

「は?結納は?」

「いいから、いいから」


 私達は街のゲーセンに来ていた。太鼓を叩いて対戦するが、晴臣が一枚も二枚も上手だった。

「あー、また負けたぁ」

「なぁ衣緒里、その格好でゲーセンは目立つぞ」

 確かに私達は目立っていた。特に振り袖姿の私は場違いもいいところだ。

「これじゃあ、お白様にすぐ見つかっちゃうわね」

「衣緒里、諦めて帰ったら?」

「イ・ヤ!晴臣、どこかに連れ出してよ」

「そうだなぁ、じゃあ裏山にでも行くか?」

 裏山は学校の裏にある。広い森林公園になっていて、ウォーキングやハイキングにくる人も多い。子どもの遊び場もあり、私達が幼い頃はここでよく遊んだ。

「懐かしいなぁ、この遊具」

 晴臣が遊具に手を添えて言う。

「ブランコなら乗れるかしら」

 私はブランコに腰掛けると勢いをつけて地面を蹴った。身体が前後に揺れ、ふわりふわりと宙を行く。

 晴臣も隣のブランコに乗った。二人でギコギコとブランコを漕ぐ。

「なぁ、衣緒里。あの氏神様のこと、好きなのか?」

 晴臣が突然、そんなことを聞いてきた。

「すっ、好きじゃないよ!」

 私は驚いて反射的にそう言った。本当は心の半分くらいは好きになっていたのだけれど。

「結納、嫌なら俺がここから連れ出してやろうか?神様が追ってこれない場所まで」

「え?」

「俺、小さい時からおまえのこと好……」

 その時、私は調子に乗っていた。今度はブランコに立ち上がって乗り、もっと勢いをつけて漕いだ。身体が宙に持っていかれそうな感覚を味わう。

「衣緒里、危ない!」

 晴臣が声をかけた瞬間、私は手を滑らせ、身体はブランコから離れた。落ちるーー。

 たが落ちなかった。雪矢さんに支えられ、私は虚空で停止していた。

「衣緒里、探したぞ」

「雪矢さん…」

「そこの小僧に何やら唆されていたが、聞いてはいけないよ」

「唆すって、あんた…。俺は子どもの頃から衣緒里のことが好」

 雪矢さんは神力で晴臣の言葉を止めた。何やらモゴモゴと口だけ動かす晴臣。

「それ以上は言わせない。私も衣緒里のことをずっと見守ってきたさ。衣緒里のことを好きなのはおまえだけじゃない」

 神力をかけたまま、雪矢さんは私を抱いて浮き上がる。

「行こう、衣緒里」

「結納の続きをやるの?」

「それはアカとコンに任せてきた。君に化けたアカと、僕に化けたコンが上手くやってくれているよ」

「じゃあどこに行くの?」

 雪矢さんは大きく微笑んで空の彼方へと向かった。

 



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