いちごミルク⑦
それから数日後、アイの執務室へ呼び出された。
追って連絡をすると伝えられたあの日から、ヘルはこの殺人処理部へ一切来なかった。ここは素直に彼のいうことを聞こうと、別のことに目を向けていた。
部署の違うヘルが呼び出されたと言うことは、例の件、進展があったということだろう。
ソワソワと落ち着かない気持ちを抑えつつ、アイの発言を今かと待っていた。
「まず初めに」
そう切り出してヘルを呼び出した理由を連ねた。
「本日付で君の所属は殺人処理部になりました」
「……え?」
「それから、許可が降りました」
部屋に入り、席について早々怒涛の連絡。
所属が殺人処理部になったこと、そして、許可が降りたこと。
許可が何なのかすぐに頭が理解した。自然と立ち上がり丁寧にお辞儀をしてお礼を言っていた。
「ありがとうございます」
ようやくここまできた。やっと動き出せるのだ。嬉しさで顔がにやけるのを必死に手で押さえたが、きっと側から見ればバレバレだろう。
でもそれでもいい。本当にここまで長かった。ようやくスタートラインに立つことができたんだと感慨深くなった。
「早速任務をこなしてもらいます」
「はい」
「今まであなたがこなしてきた任務とは百八十度変わります。途中でやめたくなったら言って下さい。すぐに終了となります。ただ、それをすれば君の願いは二度と叶いません」
ごくりと唾を飲む。最初からやめる気などなかったヘルはしっかりと頷いた。
「よろしい。では初めにこちらの任務です」
アイが渡してくれたのは魂狩りの資料。今までもたくさんの任務をこなしていたため、同じような資料の確認に迷いはない。上から日付、時間、名前、死因、概要がつらつらと記載されている。
だが今までと明らかに違う部分があった。概要欄が異常に長い。
ヘルがこれまでこなしてきた魂狩りは概要欄が短かった。多くて三行だったので理解するのはとても容易だった。今回はそもそも資料が二枚綴り。それも無理やり二枚に収めたようで、本来であればもっと枚数がありそうな内容だった。
そして今まで目にしなかった言葉も並んでいた。
『殺人』『自殺』
殺人処理部はどこよりも仕事がキツイのは死神であれば当然の知識だ。
資料や他の死神から聞いた話で分かっていたつもりではあったが、実際に自分自身が任務に関わるとなると、薄っぺらいこの魂狩りの資料に何十倍もの重みを感じる気がした。
「吉良鏡也。三十二歳。男性。死因は失血死です。資料にも書いてある通り、三十以上もの人間を殺した頭のおかしい殺人鬼。最後は自殺です」
資料に書いてあることをアイが読み上げる。あまり頭が理解してくれそうにない。
今までヘルは殺人に関する任務を一切しなかった。
ヘル自身が元々成仏する予定だった魂。そういう魂の任務は比較的軽めで縛られる期間が短い。心置きなく成仏させようという死神側の配慮があった。
それが今回異例の部署異動。本来であればやるはずのない任務。配属早々に振られる仕事としては中々ディープな内容である。
あっけに取られているヘルを見たアイが珍しくフッと笑った。
「殺人に自殺。吉良鏡也は二つの罪を犯しているため強制的に死神になります。いつか君の部下になるかもしれません。仲良くしておいて下さい」
怖気付きましたか? と心の声が聞こえる気がした。そんなことはないと頭を振ってアイに応える。
「はい、わかりました!」
アイの笑みには特に触れず、了承の返事をする。
思ったより声が大きくなってしまったが、まあいい。
「気合いが入りすぎです。あまり集中しないことをお勧めします」
「え?」
「現場には先にもう一人の死神がいます。彼女は吉良鏡也の被害者たちの魂回収を担当しております。状況を確認すると良いでしょう」
ヘルはあまり集中しないこと言われて首を傾げていた。
任務だから集中しなくてはいけないのでは?
だが、アイの言っていた本当の意味を理解したのは現場に着いてからだった。
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