第五十八話 魔石ショップ

 ギルドにクエスト成功を報告した俺たちは、近場の公衆浴場で湯浴みをすると、ギルドに戻るべく歩を進めていた。


「さっぱりしたわね」とメア。


「ああ、公衆浴場があってよかったな」と俺。


「まったくね、さすが城塞都市だわ。それに服も乾いたし、まあ、かすかに異臭はするけど……。はぁーどこかで洗濯したいわ」


 溜息混じり言うメアを認めて「洗濯って、洗濯板とかでするのか?」と訊ねると、メアは「それもいけど、城塞都市だと、魔石を使った方が手っ取り早いわ」と口にした。


 俺はゴソゴソとポケットを探ると、緑色の石を取り出して、言う。


「魔石ってこれか?」


 俺の手のひらの上では、スライムを討伐した折に、手に入れた魔石が外光を反射して、美しく輝いている。


 と、それを見て、メアがかぶりを振って言う。


「まさか、違うわ、それは魔力を回復するためとかに使う魔石でしょ。そう、たとえば、ギルドカードの魔石はスキルポイントを吸収するでしょ。そんなふうにいろんな魔石が存在するのよ」


 それを聞いて「ふーん、じゃあ洗濯できる魔石が存在するのか?」と訊くと「そういうこと、服や髪を乾かしたりできる魔石もあったりするわ。旅人や冒険者はそういった魔石を携帯しているのが普通よ」と、メアがこの世界の常識を披露する。


「そうか、そういうことなら、一応もっておきたいな。それってこの都市でも手に入んの?」


 メアは顎に人差し指あてがうと「中央広場のところに、魔石ショップがあったのを見たわ」と過去の記憶を口に出した。


 聞いて「なら、行って、買えるだけ買っとくか」と俺は口にして、中央広場に足を向けた。



 メアの言うとおり、魔石ショップは中央広場にあった。


 看板に魔石ショップと書かれているから、魔石ショップに相違ないだろう。


 すりガラスのはめ込まれた緑色のドアを開くと、ベルが鳴って、正視すると、魔女のような帽子を被った老女がカウンターの向こうに座っていた。


「いらっしゃい、好きに見ておくれ、冷やかしはお断りだよ」


 嗄れた声に言われるがままに、視線を巡らせると、店の壁には木でできた木製の棚がいくつも設えられており、さまざまな見た目の魔石が所狭しと並べられていた。


 近づいて見てみると、値札が張られている。値段は千差万別で、百ジャラチャリンのものもあれば五万ジャラチャリンのものも置いてある。


「で、どれが洗濯の魔石なんだ?」


 メアにそう訊いてみると、メアは視線と人差し指を彷徨わせながら「えーと」と言って、ほどなくして、視線と指先をある場所に釘づけにして言った。


「これね」


 メアの視線の先と指先を見やると、いかにも石鹸のような形をした白い魔石がぽつねんと佇んでいた。


 値段を見ると、百五十じゃらチャリンで、思いのほか良心的な価格設定だった。


 俺はその魔石に指を差すと、目を老女に投げて言った。


「あの〜、これ欲しいんですけど」


 すると、やおら老女は立ちあがり、少しカウンターから身を乗り出して言う。


「どれだい? ああ、洗濯の魔石だね。一個でいいのかい?」


 問われて、メアに目を転じると「どうする?」と口に出した。


「十個くらいあればいいんじゃない?」


 言われて、俺は「それじゃあ、十個ください」と老女に告げる。


「はい、毎度あり」


 そう言うなり、老女はカウンターの内側にある扉から店の奥へと消えていった。


 暫くして、老女が魔石を十個腕に抱えて戻ってきた。


 俺は千五百ジャラチャリをちょうど支払うと、魔石を『天の剣』のときのように体内に仕舞い込む。


 それを見て、老女が金壺眼を暫時ぱちつかせる。


「あんた『身体収納』ができるんだね」


「『身体収納』?」


 俺が首を傾げて呟くと、メアが疑問に答えるように言う。


「夜雲が、剣とかをどこからともなく取り出したり、消したりするスキルのことよ」


 メアの言を耳にして、ああこれはスキルなのか、肉体をインベントリーに改造されたわけじゃないんだ、と思った俺は「ええ、まあ」と応えて、歯に噛んだ。


「すごいわね」と老女に言われた俺は「そんなすごいのか?」と傍らのメアに訊く。


 とメアは「百年以上生きてきたけど、二、三人しか見たことないわ」と答えた。


 俺は「そうか」と口に出すと、あることにふいと気がついて言葉を続ける。


「て、お前このお婆さんよりも年うえええええええええ、ギブ、ギブ、ギブ‼︎」


 俺がそう思ったことを口にするなり、傍らにいたはずのメアはすうっと俺の後ろ手に回り込むと、チョークスリーパーをお見舞いしてきた。


 目を見開いて、苦鳴を漏らすと、狼狽えたように老女が言う。 


「ちょ、ちょっと、喧嘩なら、外でやっておくんなさいな!」


 老女に言われ、メアが朗々たる声を紡ぐ「すいません、すぐ立ち去ります」と。


 それから「ほら、夜雲、なんか言うことないの?」と俺の言葉を促す。


 俺は意識が遠のいていくのを感覚しつつ「失礼……しました」と、とつとつと言葉を泡のように零した。

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