一章 悲しみの少年
第1話 少年時代
レルシャ・レミルミーナ・レムランは草原の高台から森をながめていた。その森のむこうには魔族の住むクーデル砦がある。今もきっと、父と兄がそこで魔物たちと戦闘しているはずだ。クーデル砦はもとは伯爵家の城の一つだった。でも、二十年前の戦いで魔族に負け、乗っ取られたのだ。そのとき、父の父——つまり、レルシャの祖父は亡くなった。だから、兄アラミスが二十歳になった今、その群をぬく資質をいかして砦をとりもどそうというのだ。
(いいな。兄上は。黄金の才能をお持ちだから)
厳密にいえば、兄が生まれたときに得た器の輝きは紅だった。戦士系の働きに最大の適応値を持っている。ただ、出てきた才光の玉のなかに一割ほど黄金色があったのだ。魔法使いほどではないが、戦闘をサポートする魔法にも秀でている証である。戦士系のジョブのなかでは、黄金の資質は憧れの存在だ。剣聖にまで強くなれるのは、黄金の資質のある者だけだからだ。
現に兄のスキルは剣に火をまとうことで自身の力を高めつつ、炎の渦でいっきに百もの敵をなぎたおす。兄のウワサはすでに帝都にまで響いているらしい。
強く、たくましく、みなに頼られる兄が誇らしくもあるし、少しうらやましくもある。レルシャの基礎値が一だという事実は、口さがない使用人たちの陰口で、幼少のみぎりにはすでに知っていた。
一だなんて、軍人一家の伯爵家にとって、ありえない出来そこないだ。ただの召使いの子どもだって、ふつうは十前後の才光の玉を持って生まれる。成長すれば最低でも能力値は30だ。
幸いにして、レルシャの伸び率はめったにありえないほどよかった。驚異の十五倍。それでも、年に1ずつ生命力が増えるか増えないかである。十歳になった今、レルシャの
姿はそのへんの女の子よりずっと可愛い、妖精の生まれ変わりと言われ、家族にも愛されている。が、将来的に自分が家人の役には立てないと思うと悲しかった。
「レル。何してるの?」
そよ風に溶けるソプラノの声がして、レルシャはふりかえった。乳母の娘ソフィアラだった。まっすぐな白銀の髪の可憐な女の子。レルシャとは同い年の乳兄妹である。ずっといっしょに育ったので、ほんとの兄妹のように仲がいい。
「どうせ、またいじけてたんでしょ?」
からかうように笑われて、レルシャはひざをかかえた。
「ソフィにはわかんないよ。赤い才光を二十も持って生まれたんだもん」
騎士の家柄でもないのに、戦士系ジョブの才光二十は破格だ。伸び率も十倍。今では130の戦闘生命力を誇る少女。清楚な外見からは想像もつかないが、じつはそのへんの兵士より強い。数値でいえば、レルシャ十三人ぶんの強さである。これなら、もしも邸内にゴブリンが入りこんできても、難なく退治できてしまう。
「そんなこといわないの。スキルしだいでは戦闘生命低くても、充分、戦えるよ。レルシャ、もうすぐ十歳でしょ? 祝いの儀式が楽しみだね」
「うん……」
ソフィアラは励ましてくれるものの、レルシャには半信半疑だった。
でも、兄は十歳になる前に、すでに炎の剣を具現化させていたという。姉のラランシャもそうだ。特技の強さでいえば、兄より姉のほうが優っていた。姉は魔法使いだから、物心つくころには、周囲に風を起こして大人を困らせていたらしい。
(僕には、そんな力、何もない。自分のなかにあるような気がしないんだ)
持って生まれた特技は自然に使えるようになる。レルシャだって、いちおう適正の賢者の訓練はしていた。魔法の基礎を学び、呪文や発現の感覚は得ている。でも、特技らしい力が湧いてきたことはない。使えないのは戦闘に関した力ではないからだ。そう確信している。
自分はきっと一生、ここで兄や姉の帰りを待ちながら、何もできない役立たずとして暮らしていくのだろう。せめて回復魔法くらいは使えるようになりたい。しかし、レルシャの
いつものように物悲しい気分にひたっていると、森のむこうから、急にここまで届くほどの歓声があがった。いったい何事だろうか?
それから一刻ほどして、父と兄が軍勢をひきいて戻ってきた。そのおもては
「父上、兄上。お帰りなさい。ごぶじで何よりです」
「おおっ、レルシャ。やったぞ。ついに、クーデル砦をとりもどした! アラミスがやってのけたのだ。敵将を見事、討ちとってな」
「ほんと? スゴイ! 兄上」
兄は見るからに強い戦士だ。背が高く、
「おかげで、今後はおれがクーデル砦を守らなければならないけどな。おまえや母上たちに会えなくなるのはさみしいが、これも一人前になった証だ。しかたないな」
兄はレルシャを可愛がってくれる。心から愛してくれている。レルシャもこのきさくな兄が大好きだ。
だから、砦の城主になる兄の門出が誇らしかった。でもそれは、レルシャのつらい少年期の終わりへの布石でしかなかったのだ。
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