獣王国ヴィスト
ウルフギャングに着いて行くと、正門にレイアース、クリスがいた。
馬から降り、どうやらラクレスたちを待っていたらしい。
レイアースはラクレスに近づいて言う。
「だ、大丈夫なのか!? 怪我は!?」
「大丈夫。ラッシュドーンの群れは動きを止めた。もう心配ない」
「お前のことだ!! 怪我はないのか!?」
「あ、ああ……大丈夫」
これまでと打って変わって、レイアースは心配していた。
すると、クリスも敬礼して近づいて来る。
「お見事です!! さすが七曜騎士『闇』のダンテ様!! まさか、二十以上のラッシュドーンを、たった一人で止めるなんて!!」
「作戦がたまたま上手くいっただけさ。今でも少し緊張してるよ」
「ご謙遜を……本当に、すごいです」
クリスは、どこかキラキラした目でラクレスを見ていた。
なんとなくいたたまれない気分になり、ラクレスはウルフギャングを見る。
「う、ウルフギャング殿。予定通り、宿に向かえばいいのか?」
「ああ……案内を付ける。オレはこのまま城へ行き、明日の謁見の約束を取り付ける」
意外にも素直に答えが帰って来た。
ラクレスも少し意外に思ったが。
『ケケケ。身体ぁ張って国を守ったんだ。オマエのこと、少し認めたんじゃねぇの?』
(そうなのかな……だったら、少し嬉しいかも)
マスクの下で、ラクレスは少しだけ微笑んだ。
ウルフギャングはそのまま城へ向かい、ラクレスたち三人は部下の案内で町の宿屋へ。
道中、ラクレスは思った。
「獣人の国か……思った以上に、人間もいるんだな」
エーデルシュタイン王国と同じくらい発展しており、不思議と焼き魚のニオイがした。
町の中央へ到着すると……驚かされた。
「こ、これは……」
「すごい……初めて見た」
ラクレス、レイアースが驚く。
城下町の中央にあったのは、横幅だけで一キロはある『橋』だった。
その中央に、あり得ないほど幅広い『川』が流れている。
船も多く動いており、釣りをしている人や、投網を投げたり、川べりで魚の入った木箱を運んでいる獣人も多くいた。
すると、クリスが咳払いをして言う。
「こほん。これが『ヴィシャス大河』です。世界最大の河川で、横幅だけで最大七キロあります。ここは二キロくらいですかね……この『ヴィシャス大橋』は世界最大の橋でもあるんですよ」
橋の手すりから川をのぞき込むと、ゆるやかな流れの川が見えた。
レイアースと並んで川を眺め、ラクレスはチラッとレイアースを見た。
(あ……)
風になびく髪を押さえ、微笑を浮かべている。
その姿を見て、ラクレスは思わず声を……。
『残念、それは許さないぜ』
(……ッ!!)
声が出ない。それどころか、首も動かなくなった。
そして、背後のクリスが言う。
「お二方、案内の方を待たせてますので、早く宿へ行きましょう!!」
「ん、ああすまない。風が心地よくてな……ダンテ、行くぞ」
「あ、ああ」
レイアースの背を見ていると、ダンテが言う。
『何度も言うが、今、オマエのことを悟られるような行動、言動は慎んでもらうぜ』
(……なんでなんだ)
『あん?』
(なんで、俺のことを……ラクレスのことを、言っちゃダメなんだ)
『……まだ言えねぇよ。でも、それは絶対に許さねぇってことだけ視界しておけ』
(クソ……ッ!!)
もどかしさを胸に、ラクレスはレイアースたちの後を追うのだった。
◇◇◇◇◇◇
驚いたことに、宿屋は橋の上にあった。
案内の獣人が部屋を取り、ラクレスたちに鍵を渡す。
「明日、お迎えに上がります。では、失礼いたします」
獣人は頭を下げて帰って行った。
宿屋の前で、レイアースは言う。
「では、本日は解散だ。トラブルもあったが……ひとまず、国内なら安全だろう。クリス、ゆっくり休んでくれ」
「はい!!」
「ダンテ。貴様には少し、話がある」
「……え?」
「夕方、すぐそこの橋の前で待っている」
そう言い、レイアースは宿へ。
クリスも「じゃ、また明日」と宿に入った。
残されたラクレスは首を傾げる。
「……話、って、何だ?」
『ケケケ、愛の告白かもなあ?』
「そんなわけあるか。まさか……ダンテじゃなくて、ラクレスのことだったりしてな」
『……それは面白くねぇな。オイ、くれぐれも』
「ラクレスのことは……だろ。わかったよ、もう詳しく聞かない。何か言われても、はぐらかす」
『それでいい』
そう言い、ラクレスも宿屋に入るのだった。
◇◇◇◇◇◇
夕方になり、ラクレスは宿屋の前へ。
橋の上に立つ宿屋なので、建物の対面側は橋の柵がある。
レイアースは、柵に寄りかかって川の流れを眺めていた。
ラクレスは近づき、隣に立つ。
「綺麗な川だ。澄み切った水……でも、底は見えない。まるで、お前のようだ」
「……俺が、この川?」
「ああ。少し、お前を誤解していた。お前の、この国を守ろうとする気持ちに、偽りはなかった……お前に辛く当たったこと、謝罪する」
「気にしなくていい。仕方ないことだから」
「……不思議な魔人だな、お前は。まあ、魔人を見たのはお前が初めてだがな。そもそも、魔人を見た人間など、そうはいない。それに……お前の素顔も」
「…………」
素顔。
ダンテではない、ラクレスの顔を見せたいと思った。
生きている。ここにいると、言いたかった。
でも、それは言えない。
「……ダンテ。お前に、聞きたいことがある」
「……何だ?」
「お前は、何者だ? どうも他人のように思えない。お前の姿が、ラクレスとダブって見えた。お前の素顔は……誰なんだ?」
「…………っ」
『チッ、この女……』
ダンテがイラついたのがわかった。
ラクレスは、胸が熱くなるのを感じた……レイアースは気付く。
ダンテではない、ラクレスだと、近い将来気付くと確信した。
何も言えない。でも、言わなくても──……そう思った時だった。
『ギュゥゥゥゥゥゥゥ!!』
「「ッ!!」」
どこからか、雄叫びのような声が聞こえた。
驚く二人。思わず周囲を確認すると、橋の上にいた獣人たちが慌てて逃げ出すところだった。
レイアースは、男性獣人を引き留める。
「おい!! この声は何だ!? なぜ逃げている!?」
「お前旅人か!? とにかく逃げろ、川を伝って魔獣が来るんだよ!!」
「か、川を……!?」
「いつも決まった時間に、この川は魔獣が通るようになっちまったんだ!! くそ、今日はいつもより早ぇえ!! いいから逃げろ!!」
男性は走り去った。
その時だった。川から巨大な怪魚が飛び跳ね、ラクレスとレイアースに向かって飛び掛かって来た。
全長二メートルはある、黒い鱗にツノの生えた魚、ブラックファンギッシュという魚魔獣だ。
レイアースは剣を抜こうとしてハッとした。
「しまった、剣……!!」
レイアースは私服だ。街中で油断したのか、武器がない。
そして、レイアースを守るようにラクレスが前に出て、右手をブラックファンギッシュに向けた。
すると、魔力の砲撃により、ブラックファンギッシュが爆散する。
「無茶するな、武器がないなら下がってろ」
「くっ……不覚。おい見ろ、川……な、なんて数」
水面を埋め尽くすように、ブラックファンギッシュが泳いでいた。
流れに逆らい、上流を目指している。
上流には、鉱山がある。
「そうか、呪装備に惹かれて、上流を目指しているのか……!!」
「ダンテ!! 来るぞ!!」
上流を目指しているだけじゃない。
食事でもあるのだろう。ブラックファンギッシュが水面から飛び跳ねると、そのまま橋の上へ。
器用に身体をくねらせ、蛇のように迫って来た。
(レイアースは武器がない。俺がやらないと……!!)
ラクレスは剣を抜き、向かって来るブラックファンギッシュと対峙するのだった。
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