真夜中の再会

 深夜、ラクレスはいつも通り、訓練場で木剣を振るっていた。


「シッ!! ハッ!!」


 振り下ろし一閃、横薙ぎ、打ち上げ。

 目の前にいるのは、イメージのマリオ。これまで、マリオの動きは何度も見たし、脳内再生することはたやすい。どう動き、どういう一撃を繰り出すのかを想像し、対処する。

 空想摸擬戦シャドーバトル。訓練における高等技術を、ラクレスは身に付けていた。

 上半身裸で、汗を飛ばしながらの摸擬戦。第三者から見ても、マリオが目の前にいるような、実際にその場にいるように錯覚する。

 ラクレスはマリオの振り下ろしを弾き、そのまま斜め打ち下ろしで止めを刺す。


「お前の勝ち、だな」

「ッ!?」


 突如、聞こえてきた女の声。

 そちらを向くと、そこにいたのはなんと。


「れ、レイアース……」

「……うん」


 三年ぶりに会話をする、レイアースだった。

 ラクレスは、慌てて騎士の敬礼をする。もう立場が違い、雲の上の住人となったレイアースだ。一般兵であるラクレスが気安く接していい相手ではない。

 レイアースは、少しだけ口を開けて何か言おうとしたが……すぐ、キュっと口を結ぶ。そして、出てきた言葉は、幼馴染に向ける言葉ではない、騎士としての言葉だった。


「お前の実力、もう一般兵では収まりきらないな。剣技のみだったら、下級騎士でも相手にならないだろう」

「……ありがとうございます」


 会話はそれだけだった。

 ラクレスは敬礼を解き、レイアースを見る。

 ライトシルバーの髪は腰まで伸び、顔立ちも少女を卒業しかけ、女の顔になっていた。

 着ている服は騎士の礼服。女性用はスカートだが、引き締まった足がすらりと伸びている。

 上半身も、大きく育った胸を無意識に腕組みで押さえていることから、かなり成長したようだ。

 もう、ラクレスの知るレイアースではない。立場も変わり、こうして一般兵であるラクレスに会うことさえ、レイアースにとってはいいことではない。

 だから、ラクレスから引いた。


「巡回、ご苦労様です。自分はまだ仕事があるので、これで失礼します」

「…………ぁ」


 ラクレスは敬礼し、シャツを手にその場を後にしようとした……が、一瞬だけすがるような目をしたレイアースを見てしまう。

 

(……そんな顔、するなよ)


 幼馴染だからわかってしまう……レイアースは、まだ言いたいことがある。

 でも、親しい姿を見せるわけにはいかない。

 レイアースのために、ラクレスは気付かないフリをした。

 そして、レイアースの横を通る時に。


「……俺、諦めてないから。必ず追いつくから」

「ッ」


 小声で、レイアースに聞こえるように言った。

 その言葉を聞き、レイアースは……首に下げているリングを掴み、小さな声で言う。


「……待ってるから」

「…………」


 ラクレスには、聞こえていた。

 変わっていない。

 強く、たくましくなり、立場も変わった。でも……レイアースは、ラクレスの知るレイアースのまま。

 勇気を出し、三年ぶりに声をかけてくれたレイアースのために、ラクレスは強く拳を握り、気合いを入れるのだった。


 ◇◇◇◇◇◇


 翌日。

 ラクレスの所属する第七班。班長のマリオが、やや気乗りしない感じで言う。


「今回、合同任務をすることになった」


 合同任務。つまり、第七班とは別の班と、協力して仕事をするのだ。

 ウーノ、レノが言う。


「マジすか~? 合同任務なんてロクなモンじゃねえ。なあレノ」

「おう。手柄の取り合いとか、もう勘弁っすよ」

 

 相変わらず、向上心の欠片もないウーノとレノ。だが、出世欲がないだけで兵士としての腕前は一流なのでマリオもあまり言わない。

 マリオも、やや疲れた声で言う。


「そう言うな。ワシだって本音を言えば嫌……とは言えん。ともかく、もう決まったことだ。ラクレス、詳細の説明」

「はい」


 ラクレスは、マリオから依頼書を受け取る。


 ◇◇◇◇◇◇


 ソラシル王国から東にある小さな遺跡に、大量のゴブリンの死骸が発見された。

 死骸は食い荒らされていることから、大型の魔獣が生息しているとの見解。実際、四足歩行の魔獣や、大きなオークの足跡が発見された。

 ソラシル王国は、騎士三名を派遣。第十二部隊の一~八班が補佐に回り、遺跡内の魔獣を一掃せよ。


「……とのことです」

「おいおい、騎士三名に、サポートで一般兵士四十名? 多すぎやしないか?」


 ウーノが首を傾げると、マリオが言う。


「魔獣の正体、数が不明だからこその数なんだろうな」

「あ、あの……」


 と、ルキアが挙手。


「遺跡、というのは?」

「ああ、名前のない小さな遺跡なんだ。昔から存在するらしいけど、特に何か仕掛けがあるわけでも、『ダンジョン』になっているわけでもない。恐らく、過去のソラシル王国の住人が作った建物なんだろうね。昔はあの辺に村があったそうだし」

「なるほど……班長補佐、ありがとうございます」


 ラクレスの丁寧な説明に、ルキアは敬礼で返す。

 そして、レノが挙手。


「班長、出発はいつっすか?」

「明日だ。今日は八班合同の会議がある……まあ、ワシが行くんだが」

「え、じゃあオレら、今日は休み!?」

「馬鹿もん。午前は巡回、そして十班に警備の引継ぎだ。午後は休みにするから、さっさと行け」

「よっしゃ。おいウーノ、終わったら飲みに行こうぜ」

「いいね。じゃあ新人、巡回行くぞ!!」

「りょ、了解です!!」


 三人は出て行った。

 残ったマリオはラクレスに言う。


「ラクレス、お前は明日の準備をしておけ。それが終わったら引継ぎの準備だ」

「はい。俺らが不在の間、第十班が七地区の警備を担当するんですね……警備ルートの説明などは、終わり次第行きます」

「ああ、頼むぞ」


 こうして、珍しくもない『魔獣討伐』が始まる。

 だが、忘れてはいけない。

 魔獣というのは凶暴で、人間など容易く引き裂くことのできる存在ということを。

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