沈黙の海に舞う影

@aataandagi

プロローグ:沈む都市

飛行機のエンジン音が低く唸りを上げ、機内は離陸を待つ緊張感に包まれていた。窓の外には、かつて繁栄を誇った都市が海に沈んだ光景が広がっている。ビルの上層階だけが水面から顔を出し、ひび割れたガラスや生い茂る植物が、長い年月の経過を物語っていた。原因は30年前の大地震とそれに続く海面上昇だった。


窓際に座る母親と娘が、穏やかな会話を交わしていた。「お母さん、あのビルの上に住んでいた人たちはどうなったのかな?」と娘が尋ねた。「さあね、みんなきっと新しい場所で幸せに暮らしているわ」と母親は微笑んで答えた。


飛行機は今、沈む都市を飛び越えて、新たに開発された海上都市に向かっていた。安全な場所へと向かう旅路だが、その途上には数多の危険が潜んでいることを、乗客たちは知らなかった。


飛行機が滑走路を動き出し、徐々にスピードを上げていく。娘は外の風景に目を奪われ、海の上に浮かぶビル群を興味深そうに眺めていた。その時、彼女の目に奇妙なものが映り込んだ。飛行機の翼の上に、少女が座っていたのだ。


「お母さん、見て!あそこに女の子がいるよ!」娘が指差しながら叫んだ。母親は驚いて窓の外を見たが、最初は何も見えなかった。しかし、再度目を凝らしてみると、確かに翼の上に少女が座っていた。

彼女は長い黒髪を風になびかせ、冷たい目でこちらを見つめていた。


少女は静かに手を振っていた。娘がそれに応じて手を振り返すと、少女の表情が一瞬だけ柔らかくなったように見えた。しかし、その後すぐに母親がその存在に気付き、悲鳴を上げて娘を窓際から引き離した。「隠れて、お願い!」彼女は娘を抱きしめ、その身を覆い隠した。


そのとき、少女は動きを止め、手のひらを飛行機に向けた。次の瞬間、強烈な衝撃が機内を襲った。爆音とともに機体が揺れ、窓の外に火の手が上がった。飛行機は制御を失い、急速に高度を下げ始めた。


「しっかり掴まって!」母親は必死に叫び、娘を強く抱きしめた。飛行機はそのまま海に向かって墜落し、巨大な爆発音が響き渡った。炎と煙が立ち上り、機体の破片が四散する中、少女は悠然と立ち上がり、ビルの上に着地した。


その光景は、まるで黙示録の一場面のようだった。少女は冷たい目で燃え盛る残骸を見下ろし、人類への無言の敵意を露わにした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

沈黙の海に舞う影 @aataandagi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ