第26話 伝えられない気持ち【side鳴沢】


 総合一位 鳴沢佑二


 期末テストの結果発表の日。それを見た時は、一瞬目を疑った。

 香西は退院して、リモートで授業を受けている。おそらく自主勉強もしているだろう。

 俺は、初めて香西に勝ったのだ。


 昔の俺なら、諸手を挙げて喜んだだろう。

 しかし、今は違う。

 自分の努力の結果が出たことは素直に嬉しいが、勝ったことに喜べないのだ。


 あんなにもこだわっていたのに、自分の気持ちに気づいてから、どうでもよくなっていた。


 ほんの少しの虚しさがあった。

 俺はまたいつものように、自席から斜め前の空席を見つめる。


 ──会いたい。


 どうしたら会えるだろうか?

 直接が無理なら、遠くからでも……。

 また、落合さんに相談するか……?

 でも、気持ちを悟られるのも恥ずかしい。

 それに、最近は香西のことで一緒にいることが多くなって、なんとなく噂されていて困っている。


 そういえば、この間みんなでお見舞いに行った時、神楽さんが……。


『デートしよう!』


 って言っていたな……。

 神楽さんのよく通る声は、閉じた扉を挟んでいても聞こえてきた。


 同性は大丈夫なのか。

 なんだか、悔しいな。


 もうデートはしたのだろうか?

 神楽さんに訊けば教えてくれるだろうか?

 まさか、ライバルが神楽さんになるとは思わなかった。



 *


 

 次の日曜日、神楽さんに教えてもらった遊園地に、一人で来た。

 ……なにをやっているんだ、俺は。

 せめてクラスの誰かを誘うとかあっただろう。

 しかし、落合さんや瀬戸は、なんとなく誘いづらかった。

 かといって、香西の正体を知らない人物を誘うわけにもいかず……。

 植木の茂みに隠れ、心配で様子を見に来てしまった。

 

 神楽さんは、いつもの明るい調子で、香西をぐいぐい引っ張っていく。

 

「あいつ、大丈夫かな……」


 すると、その隣の茂みで聞き覚えのあるソプラノボイスが聞こえた。

 

「ヒロ、大丈夫かな〜」

「ん……?」


 お互い、同時にその存在に気づく。

 

「な、なんで鳴沢くんがここにーー!?」

「お、落合さんこそ……!」

「あたしは、ただヒロが心配で……!」「俺は、香西が心配──」

「えっ?」「あっ、いや!」


 言葉が重なり、急に本心を言うのが恥ずかしくなった。

 

「たまたま……偶然……通りかかった……的な?」


 苦しい言い訳しか出てこない。

 

「遊園地はたまたま偶然通りかかるような場所じゃないよ……」


 鋭い突っ込みが入って、ぐうの音も出ない。

  

「そ、そうだよな……」

「ヒロを心配して来てくれたんだ?」

「い、一応……な」

「優しいとこ、あるんだねぇ〜」


 落合さんは、ニヤニヤしながら言ってきた。

 ああ、これはもう俺の気持ちはバレているな。

 観念して、俺は今日一日、落合さんと一緒に尾行をするのだった。


 *

 

 香西と神楽さんは、一通りアトラクションを楽しんだ後、フードコートに入って行った。

 ふぅ、俺達もやっと休憩できる……と、なんとか適度な距離の席を確保できた。

 なるべく顔を伏せながら見ていると、二人でハンバーガーを食べていた。

 俺達も、持参したおにぎりで素早く昼食を取る。

 

「今のところ、順調なようね……」

「そうだな……」


 まるで探偵ごっこだ。

 考えてみたら、遊園地に来ているというのに、俺達はひとつもアトラクションを楽しんでいない。

 

「あっ、立ち上がった!」

「ま、待ってくれ、むぐぐ」


 最後の一口を、お茶と一緒に急いで飲み込んだ。


 神楽さんは、香西の手を引っ張って走っていく。

 走るの早いな……!

 しかも隠れる場所が少なくて、少し遠い場所からしか見守れない。

 

 二人がお化け屋敷に向かうのを見て、落合さんは声を上げた。

 

「ま、まずい!」

「えっ、何が?」

「ヒロ、 暗いところが苦手なの……!」

「はっ?」

「お化けは平気だと思うんだけど、 暗闇が……」


 今になって香西の本当の弱点がわかるとは。

 しかし、暗闇が怖いなんて、かわいいところもあるじゃないか。

 香西は入るのをためらっていて、やはり神楽さんに引っ張られて行った。

 

「大変だ、助けに行かないと……!!」

「気持ちはわかるけど、堪えてーー!!」


 しばらくして、外のスピーカーから、香西の悲鳴らしきものが聞こえてきた。

 他の人の悲鳴も聞こえる。

 どうやら、中にいる人の悲鳴が聞こえるようになっているようだ。

 さらに数分後、二人はお化け屋敷から出てきて、香西は外のベンチでぐったりしていた。

 本当に大丈夫かな……。


 その後、二人はゲームコーナーに入っていった。

 香西はクレーンゲームで集中し、見事にぬいぐるみをゲットしている。


「あげるよ、神楽さんに」

「香西くんの、本当に好きな子にあげなくていいの……?」

「えっ? どういう意味?」

「……好きな子、いるんでしょ?」

「ええっ? いないけど!?」

 

 そんな会話をしていたかと思うと、神楽さんは、またも香西を引っ張って、ゲームコーナーから出ていった。

 

 十二月にもなると日が落ちるのは早く、辺りはすっかり夕焼け色に染まっていた。

 もうすぐ閉園時間だ。人がまばらになっていく。

 二人はひと気のない隅の方へ移動し、なにか話している。

 ここも隠れる場所がなかったので、遠くからしか見えない。

 

「なに話してるんだろ……」


 落合さんも、俺も耳を澄ますが、二人の会話は全く聞こえない。

 しかし、深刻そうな顔をして話している。

 その時間が、とても長く感じられた。

 

「鳴沢くん」


 落合さんが、俺の名前を呼んだ。

 

「鳴沢くんって、ヒロのこと──」

「ダメだろ、その先は」


 少し強い口調で言ってしまい、落合さんはビクッとなった。

 

「……わかってるよ、俺だって」


 話が終わったのか、出口に向かう二人の姿を、横目で追う。

 香西の背中を見て、それがとても遠く感じられた。

 

「でも、気持ちを伝えられないのが、こんなに辛いなんて……思ってもみなかった」


 気持ちだけじゃない。今は、近づくことさえ許されない。

 俺ができることは、なにもない。

 項垂れていると、落合さんが声を張り上げた。

 

「ヒロは、絶対治るよ!」


 俺を励ますように、香西を信じるように。

 

「あたしの大好きな、邦ちゃんが薬を作ってるんだもん。絶対治る!!」


 目にいっぱい涙を溜めて、無理に笑顔を作ろうとしているのがわかる。

 しかし、それも長くは持たず、落合さんはポロポロと涙を流し始めた。

 

「だから……だから、待っててあげてよ……」

「わ、わかったから、涙を拭いてくれ……!」


 知り合いに見られてはまずいと、慌ててハンカチを渡そうとした。

 しかし落合さんは「大丈夫」と言って、自分のハンカチを取り出す。

 

 閉園アナウンスが響き渡る。

 俺達は、それぞれの想いを抱きながら、冬の遊園地を後にした。

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