第17話 託されるもの

 一方、ステラと別れたリューンも家へと戻っていた。


「ただいま、お父さん、お母さん」


「おお、リューンか。おかえり」


「おかえりなさい。初めての別の街はどうだったかしら」


 リューンが帰ると、きちんと両親が迎え入れてくれる。家は貧しいし、バナルのまだ治安の悪いところとはいえ、リューンの家族はまだ普通の家なのである。


「うん、ここよりも賑やかな街だったよ。あんなに大きな街が近くにあるだなんて知らなかったよ」


 母親の問い掛けに、わくわくとした表情をしながら答えるリューン。まだ子どもなせいか、その答えにはまったく悪気がない。


「そうかそうか。どうだ、世界は広いだろう?」


 父親は気にした様子もなくリューンに問い掛ける。その父親の問い掛けに、リューンは目を輝かせて笑っていた。


 ひとまず帰宅した事で一度ゆっくりと過ごして体を休ませるリューン。そんな中、どうしても気になる事が一つあった。

 それは何かといわれたら、冒険者組合の中に貼られていたステラによく似たお尋ね者の貼り紙だった。

 見れば見るほど、思い出せば出すほど、その姿や雰囲気がステラによく似ていたのだ。名前も『ステラ』と『ステラリア』で似ているので、どうしてもリューンの頭からは離れなかったのだ。

 そして、夕食の席での事だった。


「どうした、リューン。ずいぶんと難しい顔をしているが、何かあったのか?」


 食事をしながらも考え事をしていたために、父親にそこを指摘されてしまったのである。

 リューンとしてはそこまで考えているつもりはなかったので、この指摘につい驚いてしまう。危うくスプーンを床に落としてしまいそうになるくらいだった。


「な、な、な、なんでもないよ」


「噓仰い。何もなければそんなに慌てる事はないでしょう?」


 否定しようにも母親にまで見透かされる始末である。これにはさすがにリューンもごまかすのを諦めてしまう。

 なので、さっきから気になって仕方のない事を両親にすんなり話してしまった。

 すると、リューンの両親は何とも言えない顔で黙り込んでいた。さすがにそんな顔をされては、リューンも反応に困ってしまうというものだ。食事の手を止めて、両親の顔をじっと見つめていた。


「そうか……。そんな事があったのか」


「あなた。以前から話していた話って本当だったのね」


 どうにも両親の様子がおかしい。思わず目を見開いて両親を見てしまうリューンである。

 まったく、両親の間で何があったというのだろうか。

 そして、父親が改めてリューンの顔をじっと見てくる。


「リューン、食事の後に話がある。とりあえず黙って私の部屋に来なさい」


「えっ……」


 思わず驚いてしまうリューンだが、父親の顔は真剣だ。瞬きもなくじっと自分を見てくるその瞳に、ただただ頷く事しかできなかった。


 食事を終えて、父親と一緒に部屋を移動するリューン。

 そこで父親は、改めてリューンに確認を取ってきた。


「リューン。その貼り紙には確かに『ステラリア・エルミタージュ』と書かれていたのだな?」


「うん、とはいっても僕は読めなかったから、ステラさんがその文字を読んだんだ」


「ああ、そうか。お前には読み書きは教えていなかったな。それは悪かった」


 リューンが読み書きできない事に、父親は頭を下げて謝っていた。


「しかしだ、その名前がこんな時に出てくるとはな……。しかも、冒険者組合に貼り出されているとは驚きだ」


 顎を触りながら、父親はぶつぶつと呟いている。その父親の様子に、リューンはただただ首を捻るばかりである。


「父さん、一体どうしたっていうんだよ。一体その名前にどんな意味があるというんだよ」


 リューンがそう訴えるのも無理はない。まったく理解できないのだから。

 しかし、父親はずっと考え込んでいる。どうしようか決めあぐねているような、なんとも煮え切らない表情をしているのである。

 そして、急に立ち上がったと思うと、乱雑に置かれていたタンスから何かを取り出していた。


「お前にこれを渡しておこう」


「これは、父さんが使っていたって言ってた剣じゃないか。どうしてこれを?」


「まあ、黙って受け取ってくれ。この剣はうちの家系に代々受け継がれてきた剣なんだ。とある一族との約束の剣だからな」


 リューンは戸惑うが、父親は剣を押し付けてくる。あまりにもしつこいので、仕方なくリューンはその剣を受け取る事にしたのだった。


「……分かったよ、父さん」


 剣を受け取ったリューンは、それをステラからもらった魔法鞄の中へと閉まっていた。

 その際、リューンは気が付かなかったようだが、ほんのわずかに剣との間で反応して光っていた。それを見ていた父親は、思わず瞳を潤ませていた。


「父さん?」


「……何でもない。ちょっと目にゴミが入っただけだ」


 父親は目を擦りながらごまかしていたのだが、その胸中には、間違いなくこみ上げるものがあったのだった。

 そして、リューンの肩を叩いてこう告げた。


「お前はさっきの剣でステラさんを必ず守るんだ、いいな?」


「えっ、ステラさんってあんなに強いのに?」


「細かい事はいい。とにかくそう約束してくれ。私のこの体では、もう果たせそうにないからな」


 父親はそう言いながら、左足を擦っていた。

 何の事かよく分からないものの、リューンは父親の言葉に静かに頷いたのだった。

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