第15話 コリーヌ帝国
プレヌ王国からほど遠い場所にある、小高い丘陵地を治める国コリーヌ帝国。
エルミタージュ大陸で最も大きく栄えている大国は、一人の女帝によって治められている。
「陛下、失礼致します」
青の女帝の部屋に一人の男が入ってくる。彼はこの帝国の宰相だ。
「おお、首尾はどうかの?」
「はい、大陸中に賞金首の掲示を出しました」
「そうか、ご苦労だったな」
宰相からの報告を聞いて、満足げに微笑みながらお酒をたしなむ女帝。
しかし、対照的に宰相の方は顔を曇らせている。どうも腑に落ちないところがあるようだった。
「皇帝陛下。なぜ、あのような賞金首の掲示を指示したのでしょうか。エルミタージュ王国など、とうの昔に滅びたではないですか」
苦言を呈する宰相。だが、女帝の方はそれを気にした様子はない。何も知らなければ、そのように思うのは当然だからだ。
グラスの中のお酒を飲み干した女帝は、宰相をじっと見つめる。その怪しげな視線に、宰相は全身から汗が止まらなくなってしまった。
「その通りよ。エルミタージュ王国はもう何百年も前に滅びた国だ。だが、その血が途絶えているわけではなさそうなのよ」
「それは、どういう意味ですか?」
宰相は女帝の言葉に驚いて真意を尋ねる。
「最近見つかったエルミタージュ王国の遺跡は知っているね?」
「はい、もちろんでございます」
女帝の質問に素直に答える宰相。だが、女帝から感じられる圧力によって、全身は極寒の地に居るように震えが止まらなかった。
女帝はその様子に構う事なく言葉を続ける。
「実はねぇ、とても興味深い事が分かったのよ。驚くべき真実よ」
「と、申されますと?」
「この大陸中に張り巡らされている冒険者組合と商業組合の通信網の事は、知っているね?」
「はい、存じております」
宰相は質問に答える。
この通信網というのは、エルミタージュ大陸では当然のように知られているものである。
大陸のどこに居ても、冒険者組合と商業組合は同じ情報を共有できるという優れたシステムだ。
便利に使っているシステムではあるものの、なぜそのような事が可能なのかは誰にも分かっていない。ただそういうものだという事だけが伝えられている。
当時の人間たちの証言から、このシステムを作り上げたのはエルミタージュ王国である事が分かったのだが、その根幹がどうなっているのかを知る者は誰も居なかったのだ。
ただ便利であるがために、よくは分からないが今もなお使われているというわけである。
「しかし、その通信網と今回の事が一体どういう関係がございますでしょうか」
当然の疑問を口にする宰相。
だが、女帝はその疑問には答えずに、一冊の本を取り出していた。
「これを見つけて読んだ時に、血の気が引いたのよ。こんな事があっていいのか……とね」
女帝が見せつけてきた本には、栞が挟まっている。
使用人を介して本が宰相の手に渡される。
「その栞が挟んであるページを御覧なさい。それで今回の疑問は解消されるはず」
言い切る女帝。
宰相は訝しがりながらも、そのページを開いて目を通す。
そこ見かけた記述に、思わず言葉を失ってしまう宰相。そして、全身を震わせながら顔を上げる。
「そ、そんなバカな……。そんなわけが、あるわけない……」
「だが、それが真実だ。組合が使っている通信網を維持できているのは、エルミタージュ王家がいまだに途絶えていない事を示しているのだ」
「そんな……。どうやって生きながらえたというのでしょうか。エルミタージュ王家は炎に巻かれて全滅したと伝わっておりますのに……」
「分からん。だからこそ、そこに記されていた名前、”ステラリア・エルミタージュ”に懸賞金を掛けたというわけだ。幸い、その肖像画は同時に発見されたので、画家に模写させてもらったがな」
「ううむ……」
宰相は思わぬ真実に唸っている。
「あの通信網がエルミタージュの魔力で動いているというのは驚きだが、それ以上にいまだに存続しているのも驚きだ」
「うむ。だからこそとっ捕まえて真実を吐かせ、その権限を奪ってやろうというわけだ」
「なるほどでございます」
女帝の発言を聞いて、宰相も悪く笑っている。
通信網を握ってしまえば、実質的にこの大陸を牛耳れるというわけである。女帝はそれを目論んでいるのだ。エルミタージュ王国以来の、大陸統一を行うために。
「よいか。ステラリア・エルミタージュを見つけたら、生きたままここに連れてくるのだ」
「承知致しました。兵士たちを通じて、各地にもすぐに伝えます」
宰相は女帝の部屋を出て行き、兵士の詰め所へと向かっていった。
「まったく、忌々しい……。滅亡から500年は経っておろうというに、いまだにこの大陸の支配者でいるつもりか……」
女帝は酒を注がせると、それを一気に飲み干している。
「このエルミタージュ大陸を統一するのは、アンペラトリス・コリーヌ様よ。古の亡霊ごとき、完膚なきまでに過去の遺物に変えてみせる。おーほほほほほほ!」
しばらくの間、女帝の部屋から甲高い笑い声が響き渡っていた。
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