第6話 ステラ

 その日の夜、ステラは自分の家へと戻っていた。

 部屋の中に入る前に、自分に浄化の魔法をかけておくステラ。意外ときれい好きなのである。

 部屋に入ったステラは、羽織っているマントを外すとスタンドに掛ける。表も裏もほとんど漆黒に近い色をしているマントだが、よく見ると背中の首に近いあたりに何やら紋章のようなものが入っていた。

 だが、ステラはそれを気に留める事もなく部屋に備え付けられたキッチンのような場所へ行くと、お湯を沸かして紅茶を淹れる。帰ってきて最初にする習慣である。


「ふう、やはり淹れたての紅茶は落ち着きますね……」


 顔に着けている仮面や背中の双剣を外して、椅子に座りながら紅茶を飲んでひと息をつくステラ。

 その瞳は眩いばかりに輝く黄金のような色をしており、顔立ちは見た目同様の幼さが残っている。


「まったく、新人の少年を押し付けれるとは思いませんでしたね。私は教えるのが下手なんですが……ね」


 紅茶を置くと、ぐーっと大きく背伸びをするステラ。


「……それにしても、このバナルの街に腰を据えてから、もうどれくらい経ちますでしょうか。1年? いえ、2年でしょうかね」


 椅子にもたれるようにしながら、腕を組んで頭を捻るステラ。


「いけませんね。ぼんやり過ごしているせいで、そのあたりの感覚が完全になくなってしまっています」


 そして、額に腕を乗せて天井を見上げている。


(私は長年、自力で双剣の技術や魔法などの技術を培ってきましたが、やはり人に教えるとなると勝手が違いますね)


 そのまま顔を倒して窓の方を見るステラ。


「そういえば、あの時からもう何年くらい経つのでしょうか。今でもあの時の事は忘れられませんけれど、生活基盤を整えるのに費やした時間を思うと、もう熱意のようなものは消え去ってしまいそうです……」


 ぼそりと呟いたステラは、部屋の中にある引き出しのある箱に向かっていく。その中の一つをすっと引き出して開ける。そこには何やら古びた勲章のようなものが入っていた。

 その勲章を手に取りながら、今にも泣きそうな顔になるステラ。そして、目を腕で拭うと、静かにそっと戻して引き出しをしまった。


 その夜、ステラは夢を見る。

 炎に包まれて燃え上がる景色。優しく微笑む一組の男女。段々と遠ざかっていく姿と声。

 目の前が暗転したかと思うと、手を伸ばして急に上半身を起こして目を覚ました。


「はあ、はあ……、夢?」


 目を覚ましたステラは、落ち着かせるようにしながら辺りを見回す。見えたのは今自分が住んでいる部屋の景色だけだった。


「昔の事が夢に出るだなんて……、一体どういう事なのでしょうか」


 右目のあたりを手で押さえながら、ゆっくりと呼吸を落ち着かせるステラである。

 ステラの服装だが、寝る時はきちんと寝間着に着替えているようである。いつもの真っ黒な服装に比べるとまったく対照的で、白系統の清楚なものだった。


「……あの勲章を見たせいでしょうかね」


 ステラはベッドから起き上がると、夕方に見た引き出しを再び開ける。そこにはやっぱり古びた勲章が入っていた。


「私の過去を思い出させるものですから、正直捨ててしまいたいものです。でも、そうしてしまうと、お父様やお母様、それにお世話になったみんなとのつながりも切れてしまいそうですからね……」


 勲章を眺めながら、懐かしそうに呟いている。どうやらこの勲章は、ステラにとっては思い出の品のようだ。ただ呟きから察するに、その思い出もどうやら良いものばかりではなさそうである。

 見た目は少女ながらも、ステラが抱える事情というものはかなり複雑なもののようだった。


 全身を包み隠すような服装に、顔を覆う仮面。

 徹底的に自分を隠すような姿をしているステラだが、夜中に起きているその姿からは、特に代わった印象は見受けられない。

 外に出ている間の服装とは打って変わって、寝間着はかなり肌がさらされている服装だ。その姿を見る限り、傷跡のようなものはまったく見受けられなかった。

 だというのに、なぜステラはその姿を完全に覆い隠してしまうのだろうか。

 普通に考えれば理解に苦しむものだが、そこには人には言えないステラの事情があるのだろう。


「ああ、なぜ私は今もこうしているのでしょうか……。あの時に死ねれば、どれだけ楽だったでしょうか……。お父様、お母様。お二人が下さったのは、祝福ではなく呪いですよ」


 どこか悲しそうな声で、ぽつりと呟くステラ。そして、天井を見るステラの頬を、ひと筋の光るものが伝っていく。

 ぐしぐしと顔を腕で拭ったステラは、一度深呼吸をして再びベッドへと入る。


「明日もリューンの相手ですか。まったく、面倒な事を引き受けてしまったものですね。ですが、いずれバナルを去るのですから、街を護れる冒険者は育てないといけませんよね」


 半分愚痴のような感じだったが、ステラはやるしかないかと自分に言い聞かせて目を閉じた。

 その後は先程のような夢も見る事なく、無事に朝までぐっすり眠れたステラなのであった。

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