第700話 決断

 寿司屋を出て、山崎と平井を手配したタクシーに押し込んだ。

「今日はありがとな。お前らのおかげで決心がついたよ」

「だから、その結果を教えてくれ」

「さっきも言ったよな。報道で知ってくれ。じゃあ、お休み。運転手さん行ってください」

 タクシーはまだ何かを言っている、山崎と平井を乗せて走りだした。


 なんだかんだ言って、平井と山崎はいい奴だと思う。

 シーズンオフの山崎はともかく、平井は鉄道会社の従業員。

 きっと有給休暇を取って、北海道まで来てくれたのだろう。

 山崎だって、子供くらいにしか人気が無いとはいえ、一応メジャーリーガー。

 それなりに多忙な合間を縫って来たのだろう。


 僕は寿司屋を出て、自宅マンションへの道を歩いて帰ることにした。

 タクシーなら5分くらいでつくが、歩くと30~40分はかかる。

 ゆっくりと頭の中を整理したいと思った。


 経済的なことや、家族の事を考えると、日本にいた方が良いに決まっている。

 順当に行けば、今年中にフリーエージェントの資格を取れるだろう。

 静岡オーシャンズから泉州ブラックスには人的補償、泉州ブラックスから札幌ホワイトベアーズにはトレードで移籍した。

 いずれも自分の意思では無かった。

 

 移籍の都度、チャンスが増え、札幌ホワイトベアーズではレギュラーを獲得することができた。

 自分で言うのも何だが、3年連続で打率3割を残し、2年連続でベストナイン(しかも異なるポジション)を獲得し、球界を代表する選手となった。

(異論は認めない)

 フリーエージェントの資格を取ったら、是非行使も視野に考えてみたいと思う。


 年齢的にも30歳となる今は、選手としても経験、体力とバランスが取れ、一番脂が乗っている時期だと思う。

 これから数年経つと、まず足が衰えてくるだろう。

 そう考えると、フリーエージェントするなら、来シーズンオフが最初で最後のチャンスかもしれない。


 それではメジャーリーグに挑戦したら、どうなるだろうか。

 恐らく皆が言うように、マイナー契約となるのだろう。

 マイナーリーグの過酷さは良くわかった。

 それでも挑戦するか。

 もしかしたら、メジャーリーグに上がれずに、尻尾を巻いて帰ってくるかもしれない。

 夢を取るか、実をとるか。

 決めるのは自分自身だ。

 日本残留、メジャー挑戦。

 歩いている間も、その間で揺れ動いている。

 

「決めきれないよ…」

 僕は自宅近くの公園にあるブランコに座った。

 もちろん夜なので、辺りには誰もいない。

 軽くブランコを漕いだ。

 秋のヒンヤリとした風が、顔に伝わる。

 風は弱いが、落ち葉がヒラヒラと舞っている。


 どうしたら良いんだろう。

 どっちが正解なんだろう。

 いや、正解など無いかもしれない。

 

 もし未来が見えて、その中で選べるならどんなに楽だろう…。

 そんな事も思った。

 一つだけ言えるのは、選択するのは自分であり、責任を取るのも自分。


 コイン投げか…。

 さっきの平井との会話を思い出していた。

 意外とそういう風に決めるのも、悪くないかもしれない。

 運を天に任すという奴だ。


 僕は十円玉を取り出した。

 それを大きく宙に投げ、左の手の甲で受け止め、右手でそれを押さえた。

 そして恐る恐る右手をずらした。

 その結果は…。


 ところで十円玉って、どっちが表でどっちが裏だっけ?

 いずれにしても結果は出た。

 僕は携帯電話を取り出し、北野球団本部長に電話した。

 明日、決断の結果を告げるためだ。


 電話で話したところ、明日は北野本部長、ジャック監督とも球団事務所にいるそうだ。

 僕は10:00にアポを取った。

 ようやく決断した。

 あとは自分を信じて、一生懸命にやるだけだ。

 僕はブランコを降り、帰路についた。


 そして翌日、僕は北野球団本部長とジャック監督の前にいた。

 いよいよ決断を告げる時だ。

 僕は緊張しながら、口を開いた。


 


 

 

  

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