第698話 奴らが来た
日本に帰国し、新千歳空港に到着すると、結衣と翔斗、そして結茉が到着ゲートで待っていてくれた。
「とうちゃん、おみやげ」
自動ドアを出ると、翔斗が飛びついてきた。
とうちゃん?
そうか、あのアニメの影響だな。
そう言えば最近のお気に入りと、結衣が言っていた。
同じ幼稚園児ということで、親近感が湧くのだろう。
ふと見ると、手にはぬいぐるみも抱えている。
「アメリカはどうだった?」
「うん、広かったよ。どこまで行っても、空と道って感じでさ。
良い経験になったよ」
「それでどうするの?、来シーズン」
「うーん、まだ迷っている」
僕らは新千歳空港からタクシーに乗った。
結衣も車の運転はできるが、小さい子2人いる事を考えると、タクシーの方が楽だ。
「そう…、まあ急ぐ必要はないわね。
家族の事は気にしなくていいからね。
何とでもなるから…」
「うん、ありがとう。でもやっぱり考えないわけにもいかないよ…」
「私は本当にどっちでも良いのよ。いつかアメリカで暮らしてみたいという気持ちもあるし」
「でもアメリカだったら、多分マイナー契約だから、金銭的には持ち出しになる」
「1、2年くらいなら大丈夫よ。
それなりに貯金はあるし」
「そうだね。正直、アメリカ野球の良い面と厳しい面を両方見たから、むしろ悩みが深まったと言えるかな…」
「そう…」
そしてしばらく僕は車窓をみていた。
しばらく振りにみる北海道は、一気に秋めいていた。
札幌は早ければ10月下旬には雪が降る。
ほんの1か月ちょっと前は半袖だったのに、一気に寒くなる。
「そう言えば、YHコンビから来週、札幌に来るってLINEが来てたわ。驚かせたいから、黙っているように言われていたけど…」
「ありがとう。じゃあ聞かなかったことにして、来週は北海道から離れないと…」
「そうね。子供に悪影響を及ぼすといけないし…」
そんな事を話していると、電話がなった。
YHコンビの片割れのゴリラからだ。
「よお、俺に何か用か?」
着信ボタンを押すと、いきなりダミ声が耳に響いた。
それは電話をかけた方が話す言葉ではない。相変わらず意味が良くわからない。
「俺は用はない。切るぞ」
僕は切るボタンを押そうとしたら、また耳にダミ声が響いた。
「おい、待てよ。お前、今どこにいるんだ」
「どこって、自宅に帰るところだけど…」
「そうか、ちょうど良かった。今、山崎と札幌駅に着いたところだ。
今からお前んちに行くからな、待っとけ。じょあな」
一方的にそう言って切れた。
「平井からだ。あいつら来るの、来週じゃなかったっけ?」
「おかしいわね。LINEでは来週になっているけど…」
「ていうか、あいつら何でうちの住所知っているんだ?」
「さあ、私は教えてないけど…」
いずれにしても逃げられなそうだ。
せめて子供たちは奴らの悪の手から守らなければ…。
「よお、久しぶり。元気にしていたか」
「ああ、元気だったよ。お前らに会うまではな…」
自宅マンションに帰ると平井と山崎がすでに入り口のロビーのソファーに座って待ち構えていた。
住人しか入れないはずだが…。
「お前ら何しに来たんだ」
「そりゃもちろん、迷える仔羊を導いてやろうと思ってな」
「嘘つけ。お前らは迷える仔羊を見つけたら、迷わずジンギスカンにするだろ。
あいにくお前らに相談するような悩みは持ち合わせていない」
「まあまあ、こんなところで話をするのも何だし、お前んちに入ろうか」と山崎が言った。
「嫌だ…」
そんな僕の意思に構うことなく、勝手にエレベーターに乗り込んできた。
仕方がない…。
さっさと対応して、早くお引き取り願おう。
「で、悩みってなんだ」
結衣が入れてくれたコーヒーを一口飲んで聞いた。
傍らには山崎が買ってきたお土産のクッキーが置いてある。
東京のなんちゃらという、人気のお店で買ったとかなんとか。
「バカ、悩んでいるのは俺等じゃなくてお前だろ」
「あいにくだが、お前らに相談するような悩みは持ち合わせていない。
もし相談するとしても、その辺のお地蔵さんにした方がよっほど有意義だ」
「まあまあ、マイナーリーグに挑戦するか、日本に残るかで悩んでいるんだろ。
俺達の貴重な意見を聞かせてやる」
「いや、間に合っている。お気になさらずにコーヒーを飲んで、さっさとお帰りください。お前らの面は子供の教育上、最悪だし…」
山崎と平井が顔を見合わせた。
「え?、泊めてもらうつもりだけど」
「バカも休み休み言え。部屋も布団もない」
「気にするな。貸し布団を手配しておいた。もうすぐ届くはずだ。今夜は飲み明かそう」
そう言って山崎は、高級ウイスキーをカバンから取り出した。
「嫌だ…」
だが僕の意思は通りそうにない。
僕は大きくため息をついた。
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