レオナルドとベアトリーチェ

荒川馳夫

プロローグ

ある女の死

 月が煌々と照る夜の出来事であった。


「あんたが悪いのよ……」


 とある塔の一室で狂気が爆発した。主犯者はヨハンナという名の女性。真っ赤な瞳にウェーブのかかったブロンドの髪が鮮やかな、とても魅惑的な人物である。


 ただし彼女は嫉妬深かった。それが爆発した結果が、彼女の眼前に広がっている光景。


 床に広がる血液。それは横たわる女性の口から流れ出たもので、明らかな異常事態を告げていた。


「あんたがどうして!」


 ヨハンナの狂気は静まらない。彼女は倒れたままで動かない女性を蹴って己の感情をぶつけ続ける。


 自分よりもずっと幸せそうに暮らしていた、血を分けた妹のマチルダに。


「どうしてあんたはみんなに愛されたの? どうして私は愛されないの? おかしいじゃない!」


 髪を振り乱しつつヨハンナは妹を傷つける。自分が注いだ毒入りワインで妹の命を奪おうとも、まだ納得がいかなかった。


「やめるんだ」


 姉妹だけの一室に男が入ってきた。身なりは絹の衣服に黄金の王冠を被っており高貴な身分と分かるが、頭髪は薄く血色が悪いところがいささか外見を損なっている感じである。下っ腹も出ていて威厳はさっぱり感じられない。


「あなた、これでマチルダの領地は全て私たちの物よ」


よ。ありがとう。これでとなった。さあ、あとはこの証書を読み上げるだけだ。それで我が領地は増える。今日はもう寝ようじゃないか」


 男はヨハンナの夫らしい。彼はマチルダが書いた証書を手に取ると、そそくさとその場を去る。夫の背中を見つめるヨハンナの目には恨みの感情が注がれていた。


(私が手を汚したのに、あなたはマチルダから奪った領地を「自分の物」と言ったわね。何もしてくせに……)


 ヨハンナの気分は晴れなかった。血を分けた妹を毒殺し、彼女が書いたものとしてをしようとも。


 全てを奪ってもヨハンナの心は空虚なまま。彼女は祖国から持ち寄った紫のアザミを握りつぶし、その手を血で濡らすとポツリと呟いた。


(滅茶苦茶にしてやる!)


 ヨハンナの鬱憤うっぷんは誰にも封じ込めることはできなかった。妹殺しでタガが外れた彼女は、毒入りの瓶を持ったままで暗い闇へと消えていく。


 その後のヨハンナの行方はようとしてしれない。

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