第5話 複雑な気持ち

「流石、森の中は歩き慣れてるみたいだな」


「皆が川で水汲みに行く時、アタシが聖魔法で守ってるからね。いくら魔物でも聖魔法相手じゃ敵わないわ」


「ですが、魔物の排除はできないようで?」


「……倒すと守るじゃ難易度が違うのよ」


 イヴとソフィアがやや険悪な雰囲気になるが、僕は構わず前に進む。


「イキがった割には随分しんどそうだな? 身体も細いし」


「はぁ、はぁ……仕方ないでしょ? アタシは聖女なんだから、皆に食べさせないと」


「なーるほど」


 年頃の女性にしては少し脂肪が少ないように感じた。

 ガーランド領の食料が少ないにしても、だ。


 恐らくお腹が空いたヤツらに自分の分をあげているのだろう。


(明らかに周りのヤツらの方が、肌の血色が良かった気が……)


 ソフィアも領民も痩せているが、見た目だけならソフィアの方が体調が悪そうに見える。

 何故かは察しがつくけど……今はいいや。


「しっかし、ほんと普通の森だなぁ」


「気を付けてください。魔物は気配を消している可能性もあるので」


「わかってるよ」 


 この森は魔素が濃い訳でもない。普通だ。

 そして住み着いている魔物も一体だけらしい。


 ただ、冒険者がいないのとそれなりに強い事から、誰も対処できずに放置されていたのだとか。


「ていうか、なんで魔物退治に行こうとしたのよ?」


「水路建設の為だ。水があれば農業ができるし飯が食える」


「へぇ、意外と考えてるのね」


「そして領地が発展すれば、僕のハーレム計画に一歩近づく!!」


「はぁ?」


 何言ってんだこいつは、というソフィアの呆れた視線。

 壮大な夢というのは他人の理解が得られないものだ。


 悲しいね。


「そんな夢の為に魔物退治をしようとしてるの? 頭おかしくなった?」


「フハハハ!! 僕は本気だ!!」


「ご主人様は本気ですよ……バカだとは思いますが」


「えぇ、本当にバカね」


 身内からも厳しい評価。

 まぁ、今は何もできていないしボロッカスに言われても仕方ない。


「欲望の為に生きて何が悪い。ソフィアには欲しい物とか、叶えたい願いは無いのか?」


「……そんなの捨てたわよ」


「なるほど?」


 どうやらワケありらしい。

 僕は気になって目元に少しだけ力を入れ、ソフィアを見る。


(色の変化が激しい……かなり動揺してるな)


 ソフィアの周りにあるオーラの色が赤になったり青になったりしている。


 僕の魔眼だが、どうやら相手の感情が色で分かるらしい。


 例えば赤なら相手は怒っていたりと興奮した状態。

 青なら気分が落ち込んだ状態。

 緑なら心が落ち着いて平穏を保った状態。


 って感じだ。


 そしてソフィアの色が変わり続けているのは、動揺して感情を一定に保てていない証拠。

 つまり彼女は夢や欲望に何かしらの未練があるという事だ。


「この音は水でしょうか?」


「えっ? まさか魔物と出会わずに川まで来ちゃったの!?」


 と、雑談をしながら森の中を歩いていたら、なんと奥の川までたどり着いてしまったらしい。

 先まで見えない巨大な川。


 一切ゴミのない透明さに太陽の光が降り注ぎ、宝石のような輝きを見せていた。


「確かにこの綺麗さなら、飲み水にしても問題なさそうだな」


「あーあ、せっかく魔物退治に来たのに拍子抜けじゃない」


「仕方ありませんね。ここは少し休憩しましょうか」


 周囲に魔物はいなさそうだし、かなり長い距離を歩いた。

 折角川まで来たんだし、ここは休憩してから魔物探しを再開しよう。


「さーて、休憩なんだしここは……よっと」


「は、はぁ!? アンタ、メイドに何してんのよ!?」


 僕は当たり前のようにイヴの元へ向かい、彼女の豊満な胸元が頭にくるよう抱きついた。


 あぁー、この柔らかさだよ。

 極上の幸せが疲れきった僕の身体を癒していく。


「ご主人様をアンタ呼ばわりはやめてください。ここの領主ですよ?」


「いやいやいや!! それ以上に大変な事されてるって!? セクハラよ、セクハラ!!」


「ご主人様とメイドの関係なんだからいいだろー? 後、これはスキンシップだ」


「……汗だくの私を受け入れるご主人様の気持ちはわかりませんが」


 むしろそれがいいんだよ、と僕が何度力説してもイヴは理解してくれない。

 現代と異世界の価値観の違いか?


 まぁいい。

 細かい事はどうでもいいと、僕は抱きついたイヴのお尻や太ももを何度も揉んでいく。


「んっ……流石にくすぐったいですね」


「んにににににに!! やっぱりクロトってロクでもないわね!! こんなドスケベ野郎が領主だなんて信じられない!!」


 すっかり怒りモードへ突入し、タメ口悪口全開で僕を批判するソフィア。

 

「同意の元だからいいだろー? ま、いずれはもっと増やすつもりだけど」


「アンタなんかについていく従者が現れるワケ……!!」

 

 我慢ならないと僕の方へ近づいてくる。

 その時、






 ぐうぅぅぅ……


「あっ」


 お腹の鳴る音が聞こえた。


「ソフィアか」


「ソフィアさんですね」


「な、なんでアタシなの!? そんなワケないでしょ!?」


「僕とイヴはくっついているんだ。なのに遠くから音がしたって事は……」


「動いてお腹が空くのは仕方のない事です」


「だーかーらー!! アタシじゃないって……」


 ぐぅううう……

 再び音が鳴る。


 さっきよりもハッキリと、ソフィアの方から。

 

「お昼にしましょうか。ちょうどいいですし」


「賛成。ソフィアはどうする?」


「……食べる」


 











「あむっ……こんなに美味しいもの、久しぶりに食べた」


「だろ? イヴの料理は格別だ」


「ただのサンドウィッチですが?」


 バスケットに詰められたサンドウィッチの数々。

 それなりの数があったのに、三人もいればあっという間になくなってしまう。


 ソフィアが一番食べていた事はナイショだが。


「こんなに美味しいなら、近所の子達にも食べさせたいわね」


「少し残しておきましょうか? 非常食分はありますので」


「ほんと? 助かるわ」


 僕たちが食べていたのと別の入れ物にサンドウィッチはあるらしい。

 ただの魔物討伐なのに、用意周到だなぁ。


「ご主人様、頬にパンくずが……」


「お、ありがとう」


 僕を子供のように世話するイヴ。


「……羨ましい」


 その姿をソフィアはただ眺めていた。

 赤黒いオーラと共に。


(黒が混ざっているって事は、欲望か)


 ざっくりとだが、ソフィアの願望が見えてきた。

 その事実に僕は頬をニヤリとさせる。


「何よ、いきなり笑いだして気味悪い」


「いやぁ、ソフィアも人間だなぁって思っただけだ」


「意味わかんないわよ、何が言いたいかハッキリして」


「分かったよ」


 ここらで彼女の化けの皮を剥ぐとしよう。

 迷いがあっては、魔物退治に支障が出るし。









「お前さぁ……優しい聖女様を”演じてる”だけだろ」

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