第16話 夢

「まあ……!」


 屋敷に届いた手紙を見て、ラウラは思わず喜びの声を上げた。

 手紙の主はフラヴィアだ。なんと、先日仕立てを依頼していた服が完成したらしい。


 服も楽しみだけれど、なにより、フラヴィアさんに会うのが楽しみだわ!


「……お嬢様はよほど、フラヴィア殿に会うのが楽しみなようですね」


 背後から手紙を覗き込んだロレンツォが、少し拗ねたような声で言った。


「だって、たった一人の友達だもの」


 本当はずっと会いに行きたいと思っていたが、忙しい彼女の時間を邪魔するのは気が引けた。

 フラヴィアはかなりの数の顧客を抱えて、寝る間を惜しんで仕事をしているらしいという話を聞いたから。


「新しい服を着て、美味しいレストランにでも行きましょうか」

「行きたいわ」

「では今日の夜、時間を空けておいてください。私も、仕事を早く終わらせますから」





「ラウラ、久しぶり!」


 店の扉を開けるとすぐ、フラヴィアが満面の笑顔で迎えてくれた。今日は桃色の髪を左右で三つ編みにしていて、茶色のドレスを着ている。

 なんだか、チョコレートケーキみたいな格好だ。


 可愛いし、個性的だわ。まるで、絵本の世界から飛び出してきたみたい。


「フラヴィアさん、久しぶり」

「フラヴィアでいいのに。だって私たち、友達でしょ?」

「……フラヴィア」

「なーに?」


 女の私でもめろめろになってしまいそうなほど甘い笑顔だ。やっぱり、フラヴィアは今日も可愛い。


「洋服、作ってくれてありがとう」

「こっちこそ、任せてくれてありがとう。すごくラウラにぴったりなドレスができたの」


 今回、色や生地、デザインについて特に注文はしていない。全ておまかせだ。


 どんな物ができあがったのかしら。


「ちょっと待ってて」


 そう言うと、フラヴィアは一度店の奥に下がった。そして、すぐにドレスを持って戻ってくる。

 水色と白のグラデーションが綺麗で、ふんわりと膨らんだ袖も可愛らしい。それに、幾重にもレースが重なっていて、スカート部分にはかなりのボリュームがある。


「コルセットも、ドレスの上からつける形にしてみたの」


 フラヴィアが見せてくれたコルセットは、金色だった。淡い金色は、フラヴィアの髪色と一緒だ。


「か、可愛い……!」

「でしょ。私の自信作なの」

「着替えてみてもいいかしら?」

「うん、お願い」


 フラヴィアと共に、試着室へ入る。着替えを手伝ってもらうのは気恥ずかしいが、一人で着るのは難しそうなデザインだ。


 すごく素敵なドレスだわ。見ているだけで、心の底からわくわくしちゃう。





「すごく似合ってるわ、ラウラ」

「ありがとう、フラヴィア」


 姿見に映る姿は、自分で言うのもなんだが、すごく綺麗だ。


「よかったら、ちょっと店の外に出てみない?」

「え?」

「そのドレス、太陽の下で見ると、もっと綺麗なの」


 フラヴィアに手を引かれ、店の外に出る。彼女の言う通り、店の外で見るドレスはより美しかった。

 あちこちに縫い付けられた透明な宝石が光を反射して輝く。ラウラの周りにだけ、光の結界が張られているみたいだ。


「うわ、すっごく綺麗……!」

「お姫様みたい……!」


 声が聞こえて振り向くと、そこにはラウラに見惚れる数人の少女たちがいた。

 なんとなく微笑むと、きゃあ、と黄色い悲鳴を上げられる。


「ラウラの美貌に、みんな見惚れてるわ」

「フラヴィアが、素敵なドレスを作ってくれたおかげよ」

「ふふ、確かにその通りかも」


 フラヴィアは得意げな顔で頷いた。太陽の下で見ると、彼女の目の下に濃いクマがあるのが分かる。

 寝る間を惜しんで彼女が作ってくれたのだと思うと、もっとこのドレスが愛しくなった。





「ラウラ。このドレスを着て、たくさんのところに出かけてね。そうすれば、ラウラに憧れた人が、うちに依頼してくれるはずだわ」

「ええ。そしてそれが、流行を作ることに繋がる……のよね?」

「そうなの!」


 そう言うと、フラヴィアは窓にかかっていたカーテンを少し開けた。

 ロレンツォの迎えを待つために、2階にあるフラヴィアの部屋へ移動したのだ。


「見て、ラウラ」


 促され、窓の外を確認する。店の前には何人かの少女たちがいて、ショーウィンドウを眺めていた。

 一階にはドレスを展示しているスペースがあって、そこは外からも見えるようになっているのだ。


「ああやって、私の服に憧れてくれる子がもっと増えたらいいなって思ってる」

「きっとそうなるわ。こんなに素敵なドレスを作れるんだもの」

「ありがとう。……でもきっと、あの子たちにうちの服は買えない」


 フラヴィアはそう断言すると、はあ、と溜息を吐いた。彼女のこんな表情を見るのは初めてだ。


 友達として、気を許してくれてるってことかしら。


「どうして、あの子たちはフラヴィアの服を買えないの?」

「あの子たちが着てる服、安物でしょ。ちょっと見れば、大体の値段は分かるの」


 じっと少女たちの服を観察する。遠目に見ているとお洒落で華やかで、安物だという感じはしなかった。


「うちの服、高いの。一着ずつ仕立ててるからっていうのはもちろんだけど、ボリュームを出すためには布やレースがたくさん必要だから」

「……確かに」

「流行を作るためにも、幅広い人にうちの服を着てほしいの。どうにかして、いい手段があればいいんだけど」


 フラヴィアが唸った。どうやら、彼女にとっては大きな悩みらしい。


 フラヴィアが言う通り、流行を作るためには、多くの人が着ることもきっと大事ね。

 今のままでは、数も限られるし、一部の富裕層にしか買えないわ。


「ごめんね。なんか、愚痴みたいになっちゃって」

「ううん」

「私、これでもいろいろ考えてるの。だからまたこうやって、話を聞いてくれる? ただの友達として」

「もちろん」


 夢を持っているフラヴィアだって、なにもかもが順風満帆なわけじゃない。でも、そんな状況でちゃんと頑張っている。

 その姿に、背中を押された。


 わたくしも、なにかしたい。なにかを、必死に頑張ってみたい。


 夢なんてなくていい、とフラヴィアは言っていたけれど。


 やっぱりわたくしは、夢が欲しいわ。

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