第16話 夢
「まあ……!」
屋敷に届いた手紙を見て、ラウラは思わず喜びの声を上げた。
手紙の主はフラヴィアだ。なんと、先日仕立てを依頼していた服が完成したらしい。
服も楽しみだけれど、なにより、フラヴィアさんに会うのが楽しみだわ!
「……お嬢様はよほど、フラヴィア殿に会うのが楽しみなようですね」
背後から手紙を覗き込んだロレンツォが、少し拗ねたような声で言った。
「だって、たった一人の友達だもの」
本当はずっと会いに行きたいと思っていたが、忙しい彼女の時間を邪魔するのは気が引けた。
フラヴィアはかなりの数の顧客を抱えて、寝る間を惜しんで仕事をしているらしいという話を聞いたから。
「新しい服を着て、美味しいレストランにでも行きましょうか」
「行きたいわ」
「では今日の夜、時間を空けておいてください。私も、仕事を早く終わらせますから」
◆
「ラウラ、久しぶり!」
店の扉を開けるとすぐ、フラヴィアが満面の笑顔で迎えてくれた。今日は桃色の髪を左右で三つ編みにしていて、茶色のドレスを着ている。
なんだか、チョコレートケーキみたいな格好だ。
可愛いし、個性的だわ。まるで、絵本の世界から飛び出してきたみたい。
「フラヴィアさん、久しぶり」
「フラヴィアでいいのに。だって私たち、友達でしょ?」
「……フラヴィア」
「なーに?」
女の私でもめろめろになってしまいそうなほど甘い笑顔だ。やっぱり、フラヴィアは今日も可愛い。
「洋服、作ってくれてありがとう」
「こっちこそ、任せてくれてありがとう。すごくラウラにぴったりなドレスができたの」
今回、色や生地、デザインについて特に注文はしていない。全ておまかせだ。
どんな物ができあがったのかしら。
「ちょっと待ってて」
そう言うと、フラヴィアは一度店の奥に下がった。そして、すぐにドレスを持って戻ってくる。
水色と白のグラデーションが綺麗で、ふんわりと膨らんだ袖も可愛らしい。それに、幾重にもレースが重なっていて、スカート部分にはかなりのボリュームがある。
「コルセットも、ドレスの上からつける形にしてみたの」
フラヴィアが見せてくれたコルセットは、金色だった。淡い金色は、フラヴィアの髪色と一緒だ。
「か、可愛い……!」
「でしょ。私の自信作なの」
「着替えてみてもいいかしら?」
「うん、お願い」
フラヴィアと共に、試着室へ入る。着替えを手伝ってもらうのは気恥ずかしいが、一人で着るのは難しそうなデザインだ。
すごく素敵なドレスだわ。見ているだけで、心の底からわくわくしちゃう。
◆
「すごく似合ってるわ、ラウラ」
「ありがとう、フラヴィア」
姿見に映る姿は、自分で言うのもなんだが、すごく綺麗だ。
「よかったら、ちょっと店の外に出てみない?」
「え?」
「そのドレス、太陽の下で見ると、もっと綺麗なの」
フラヴィアに手を引かれ、店の外に出る。彼女の言う通り、店の外で見るドレスはより美しかった。
あちこちに縫い付けられた透明な宝石が光を反射して輝く。ラウラの周りにだけ、光の結界が張られているみたいだ。
「うわ、すっごく綺麗……!」
「お姫様みたい……!」
声が聞こえて振り向くと、そこにはラウラに見惚れる数人の少女たちがいた。
なんとなく微笑むと、きゃあ、と黄色い悲鳴を上げられる。
「ラウラの美貌に、みんな見惚れてるわ」
「フラヴィアが、素敵なドレスを作ってくれたおかげよ」
「ふふ、確かにその通りかも」
フラヴィアは得意げな顔で頷いた。太陽の下で見ると、彼女の目の下に濃いクマがあるのが分かる。
寝る間を惜しんで彼女が作ってくれたのだと思うと、もっとこのドレスが愛しくなった。
◆
「ラウラ。このドレスを着て、たくさんのところに出かけてね。そうすれば、ラウラに憧れた人が、うちに依頼してくれるはずだわ」
「ええ。そしてそれが、流行を作ることに繋がる……のよね?」
「そうなの!」
そう言うと、フラヴィアは窓にかかっていたカーテンを少し開けた。
ロレンツォの迎えを待つために、2階にあるフラヴィアの部屋へ移動したのだ。
「見て、ラウラ」
促され、窓の外を確認する。店の前には何人かの少女たちがいて、ショーウィンドウを眺めていた。
一階にはドレスを展示しているスペースがあって、そこは外からも見えるようになっているのだ。
「ああやって、私の服に憧れてくれる子がもっと増えたらいいなって思ってる」
「きっとそうなるわ。こんなに素敵なドレスを作れるんだもの」
「ありがとう。……でもきっと、あの子たちにうちの服は買えない」
フラヴィアはそう断言すると、はあ、と溜息を吐いた。彼女のこんな表情を見るのは初めてだ。
友達として、気を許してくれてるってことかしら。
「どうして、あの子たちはフラヴィアの服を買えないの?」
「あの子たちが着てる服、安物でしょ。ちょっと見れば、大体の値段は分かるの」
じっと少女たちの服を観察する。遠目に見ているとお洒落で華やかで、安物だという感じはしなかった。
「うちの服、高いの。一着ずつ仕立ててるからっていうのはもちろんだけど、ボリュームを出すためには布やレースがたくさん必要だから」
「……確かに」
「流行を作るためにも、幅広い人にうちの服を着てほしいの。どうにかして、いい手段があればいいんだけど」
フラヴィアが唸った。どうやら、彼女にとっては大きな悩みらしい。
フラヴィアが言う通り、流行を作るためには、多くの人が着ることもきっと大事ね。
今のままでは、数も限られるし、一部の富裕層にしか買えないわ。
「ごめんね。なんか、愚痴みたいになっちゃって」
「ううん」
「私、これでもいろいろ考えてるの。だからまたこうやって、話を聞いてくれる? ただの友達として」
「もちろん」
夢を持っているフラヴィアだって、なにもかもが順風満帆なわけじゃない。でも、そんな状況でちゃんと頑張っている。
その姿に、背中を押された。
わたくしも、なにかしたい。なにかを、必死に頑張ってみたい。
夢なんてなくていい、とフラヴィアは言っていたけれど。
やっぱりわたくしは、夢が欲しいわ。
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