第6話 対邪協会
オヨドの町に設けられたジャモウ討伐に関する拠点、対邪協会に安綱らが到着する。
古い木の匂いが漂う、フィクション作品における“ギルド”の様な風格ある和風の木造建築に圧倒され、安綱が辺りを見回す。
「なんだか年季が入っていて奥深い場所だな…」
「ここはジャモウに対して国が対策を講じ始めた頃からある施設ですから、言わば歴史のある場所となっているんです…それで早速ですが報酬を受け取りに行きましょう、安綱くん」
そうだな、と安綱がうなずき、受付に向かう。
「こんにちは、本日はどの様なご相談でしょうか?」
受付を担当する女性のまるで役所の様な挨拶に懐かしさを覚える安綱だったが、そうそう、と話題を切り出す。
「ジャモウ討伐の報酬があると聞いたので受け取りに来たンスけど……」
「かしこまりました、指紋をお願いします」
「指紋?」
意味不明の段取りが出てきて怪訝な表情を見せる安綱だったが、サヤが間に入って話を続ける。
「失礼しました、私の指紋で照合してください」
それを聞いた担当者がこちらをお願いいたします、と機械を取り出す。そこにサヤが指をかざすと、認証されたと思われる淡泊な音声が鳴り、担当者の横にあった機械から紙が1枚出てくる。
「魔導精のサヤさまですね、先日の戦闘記録が届いておりましたのですぐに報酬をご用意できます」
「ありがとうございます」
彷界にもこうしたテクノロジーがあるのだと驚いた安綱は機械の類を見て呆然とする。
「なんかすごい技術だな」
「魔術の発達が幸いしてこの様な通信技術や個人の認証が可能になったのです。去界からの文化や技術の流入も大いに貢献していますが」
「つかサヤさま、いつの間に戦闘記録なんか書いてたんだよ?」
「初戦の日の夜に、時間があったので」
そう言ってサヤは笑う。
「これからも斬扇での戦闘があれば書いておきますね」
「…いいのか、それは実際に戦った俺が書かないでも」
「大丈夫です。報酬の分配もありますから私達の報酬受け取りは必ず一緒に行かなくてはならないので、記録は私の提出したものさえあれば問題ありませんよ」
「成程、至れり尽くせりってワケか…でもそれじゃあ格好つかないよな、俺も戦闘記録はつける様にするよ。それと指紋も登録しておきたいな」
すると担当者が気を利かせて機械を操作し始める。
「こちらの用紙に必要事項を記入して、こちらの機械に指をかざしていただければ対邪協会の会員として登録されます」
「おっ助かります」
指示された作業を進め、安綱も対邪協会員となる。
「それとこちらが魔造獣討伐の報酬と明細書です」
分厚い包み紙に詰められた価貨紙幣と報酬額の詳細を記した明細書が盆に置かれ出てくる。
その視覚的な圧力にカタナと安綱は息を呑む。
「50万価貨…ですか。まぁ魔造獣程度の相手ならこの額になりますか。これは半分づつで山分けしましょう、安綱くん」
「すっと25万価貨か…急にそれなりの大金が入ったな……でもこれで“アレ”が買えるな」
「? 何買うんだ?」
カタナの問いに安綱は笑みと共に答える。
「木刀」
が、彼らが買い物に出かける間も無く叫び声が聞こえてきた。
「魔造獣だ! みんな逃げろォォッ!!」
阿鼻叫喚の町民達を前に、安綱は昨日の事を思い出す。
「───ッ!」
「安綱くん……行きましょう」
また人々が傷付かない様に、誰かの血が流れない様に。安綱は心を決め、遠方から迫る魔造獣を睨み付ける。
「カタナはここから離れろ、ここは俺達が───って……斬扇無いじゃん!」
「それなら大丈夫です、転移魔術を使えばすぐに斬扇を…呼び出せます」
力みながらサヤが告げると、目を閉じて念を込める。
と、空中に然が集まり、力の抜けた人形の様に浮遊する斬扇が空中に出現する。
転移魔術は、それを付与された物体を念じる事で付近に呼び出す基礎的な魔術である。装騎の場合、近隣への被害を抑える為に自動的に浮遊しながら出現するように設定されており、今回も斬扇は町を壊さぬ様に現れたのだ。
「おぉ、斬扇が出た…!」
「乗り込みましょう、安綱くん!」
斬扇から伸びる糸がサヤと安綱を掴み、騎内へと引っ張る。
内部に搭乗した2人から然が注がれ、斬扇が緑の双眸を輝かせる。
魔導師と魔術士を擁して起動した斬扇は反重力魔術によって静かに着地すると、腰の刀を抜刀する。
「どうやら魔造獣による人的被害はまだ出ていない様です、今の内に討ちましょう!」
「オッケー言われなくても!!」
魔造獣は人の逃げる方向へと飛び、斬扇はそれを追う。
「逃げるな鳥野郎!」
斬扇が反重力魔術で跳躍、魔造獣を切り裂こうと刀を振るうが、間一髪で飛び去られてしまう。
(ッ! …追いつかねぇ)
今度は翼を狙って切り込むが、大振りな動きで回避してみせた魔造獣は斬扇の背後に回る。振り向きざまに刀を振るう斬扇だったが、魔造獣が高度を上げた事によってかわされてしまった。
「すばしっこいヤツだな!!」
と、斬扇との戦闘を避け続ける魔造獣は人を襲撃するのを諦めたのか、背中を向けてその場から離れていく。
「マトモに戦わないでどこ行きやがる!」
「あの魔造獣…斬扇と対敵するのを嫌ってか、退散する様です」
「…逃がせばまた襲いにくんだろコイツら、させねぇからな!!」
足元に光輪を発生させて速度を上げながら斬扇は魔造獣を追尾する。
オヨドの上空に2つの飛行物体が舞い、突風を吹き上げながら逃避行を続ける。
「まだヤツに追いつけない、こないだの大剣で一気に終わらせたい所だが…」
「魔導大剣は取り回しづらく、抜刀している間に魔造獣を見失います…!」
「ちぃッ! 取り回しづらい…重てぇ剣がよ───」
大剣の重さを苦慮する安綱だったが、ある思い付きと共に斬扇が背中に手をかざす。
取り回しづらいとサヤに言われていたにも関わらず、斬扇が魔導大剣を引き抜いたのだ。
「安綱くん!?」
「すまねぇサヤ、こいつ、捨てるぜッ!!」
背部の装甲が可変し、剣の形となった大剣を斬扇は思い切って放り捨てる。
「い、一体何を!?」
「敵が素早いならこっちも軽くなってやろうってな!」
装甲を排した斬扇は飛行速度を増し、魔造獣の足を掴む。翼をはためかせ、引きはがそうとするが、斬扇はもう片方の手で翼を掴む。羽ばたけなくなって遂に地に落ちる魔造獣を下敷きにして斬扇が着地する。
「安綱くん、魔導大剣を外した状態だと背部に魔導防壁が張れなくなるので今度からは控えてくださいね」
「…悪い、だがこれしか思い付かなくてな……」
しかし装騎では重量が足りなかった為に、魔造獣をそのまま圧力で破壊するに至らず、まだ動こうともがき始める。だが確実に相手の逃亡を封じ、大剣を振るうだけの時間が与えられた。
「今の内にとどめを!」
「オーケー、サヤ! そうだあの大剣、転移できるか?」
振り抜いて問う安綱にサヤがうなずく。
「魔導大剣を斬扇の手元に!」
サヤが念じると、一瞬で大剣が斬扇の元に移動し、地面に刺さる。
「よし、これで……決める!」
斬扇が大剣を引き抜くと、サヤの魔術が付与されその刃に大火を纏う。
燃え盛る大剣を真上に振りかざして力を込め、逃げようとする魔造獣へと叩き付ける。
「ブッた斬れろぉぉぉぉぉぉッ!!」
斬扇の全身から然の粒子が溢れ出し、大剣の炎がさらに強くなる。激しい猛火は魔造獣の体躯を覆い、瞬く間に焼き払ってみせる。
斬扇が噴き出す然に混じって舞い散る灰を見て安綱が安堵の息を漏らす。
操縦席から見える夕日に、安綱は戦いの集結を感じた。
「よっしゃぁあ……」
──────────────────
斬扇の活躍によりオヨドの町への被害が少なく済み、一時的に退避していたカタナが戻ってきて斬扇から降りてくる安綱とサヤを出迎える。
「お疲れー、2人とも!」
「マジで疲れたぜ……でも───」
「でも行きたいとこ、あんだろ? そこ寄ってから帰ろうぜ。俺が送ってくからさ」
すまねぇ、と答えた安綱だったが、この場に
「斬扇はそのままでいいのか?」
「戦闘後の装騎はそのまま待機させていても住民の邪魔にならなければさほど文句は言われません。村に戻ってまた転移魔術を使えばいつも通り村の外れに待機させておけますし」
「そうか、ならいい…か」
安綱が辺りを見回すと、町へ戻ってきた人々が崩れた品物を直したりと復旧作業を始めていた。
「安綱、また手伝おうとか思ってないよな?」
カタナに指摘され、安綱は心臓を大きく拍動させる。
「お前は斬扇に乗って魔造獣を倒した。それだけでこの場の役目は充分果たした。これ以上頑張っても身がもたねぇぞ」
「……そうか、俺はただ、彷界の人達の為になりたいって思っただけなんだがな」
「疲れを癒すのも魔導師としての務め、長老さまもそう言っていた筈です」
サヤからの一言に安綱が奥歯を噛み締める。
が、気を取り直して息を大きく吸って吐く。
「……サヤ、この町の道具屋知らないか?」
「ごめんなさい、そこまでは。一緒に探しましょうか」
「…ああ」
安綱とサヤは疲労を感じながらもオヨドの店をめぐる。
もう暗くなった町には街灯が灯り、何事も無かったかのように人々は商売を続けている。
賑わう店舗の中で、安綱が武具店を見つける。
「サヤ、カタナ、あそこならありそうだぜ」
3人が中に入ると、早速木刀が目に入る。
「護身用かい?」
恰幅の良い店主が木刀を手に取る安綱へと声をかける。
「いや、日々の鍛錬にと思って……」
「いい心がけだな、坊主。どれもいいヤツだが…これだな」
店主が一本の木刀を持ち出し、安綱に渡す。
「結構重いな…」
そう言いつつ安綱は笑みを浮かべていた。
「鍛錬なんだろ? そいつにするかい」
「お願いします」
「よし、9900価貨だ」
「えーと、こいつで」
1万価貨札を受け取った店主が笑うと、釣りと共に木刀を安綱に渡す。
「存分に振るえよ、坊主」
「ウス!」
念願の木刀を手に入れ、安綱が気分を高揚させながらカタナの車に詰め込む。
「そんなに大きい車じゃねぇから木刀は窮屈なんだが…」
「わりぃなカタナ」
そう言いつつも笑っている安綱にやれやれ、とカタナも仕方ないと笑う。
「それじゃ全員乗ったな、俺達の村まで帰るぜ!」
「カタナさん」
声を張るカタナにサヤが話しかけると、彼女が安綱を指さす。
その先にいる安綱は静かに眠っていた。
彼の姿を見て、カタナはいつもより丁寧に運転する。
──────────────────
「バクナ様、斬扇が再び現れたとの情報が入りました」
猿の様な頭をした人型の男が、狼頭の華美な鎧を纏い、同じく華美な椅子に腰かける武人に報告する。
それを聞いた狼頭───バクナはふむ、と唸ると怒気のこもった表情を向ける。
その顔に猿頭は萎縮する。
「斬扇には新たな魔導師が当てがわれたのだろうな」
「まだ魔造獣が討たれたとの話しか無く、そこまでは……まだ分かりません」
「だが、そう見るのが妥当……ならば魔導師が未熟であろう今が奴を下す好機、『魔造人』は出せるか?」
「はい、2騎が完成しております」
よし、と呟くとバクナが椅子から立ち上がり、一歩踏み出す。
「1騎借り受けるぞ」
「バクナ様が直接お出になられるのですか…!?」
「原初の装騎相手に出し惜しみなどしていられるか、我々ジャモウが生きていく為にも、あの邪魔者は排除せねばならないのだ」
バクナがそう言って歩き出すと、魔造人の安置されている場所を猿頭へと問う。
彷界の大陸中心部に当たる黒き森に包まれた地───ジャモウの国、『モウリョウ』で生きる獣頭の異形達は、人血を糧に生きている。
故に人々から迫害され、排除されてきた。だが、それを覆す為に彼らは人類の戦力たる装騎と相対する魔導巨人を開発した。それこそが魔造人である。
士羽を元に設計されたそれは百年前には実戦投入されていたが、幾度と無く戦っては破壊され、ジャモウの限りある素材を投じて修復されてきた。
今回完成した魔造人もこれまでの戦闘を元にようやく手に入った資材を使い造られたものである。
協力してくれる国家は無く、孤立した者達が集められる資源を以て少数のみ生産された巨人は、彼らにとっての僅かな希望であった。
赤い単眼と黒光りする装甲に包まれた巨人を前に、バクナは眉間にしわを寄せる。
(魔造人───原初の装騎相手に善戦できた記録は無いが……やるしか無いか。その為に俺は二刀を極めてきたというもの……待っていろ、斬扇。貴様を砕くのはこのジャモウ
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