異世界装騎 ─いせかいそうき─
虎ノ門ブチアナ
第1話 移界嵐
空気を裂く鈍い音が響く。
その鈍音は道着を着た赤髪の少年が持つ木刀の素振りによって何度も奏でられ、元気に歩いてくる
「今日はそこまででいい、朝飯にするぞ」
「…もうそんな時間か」
木刀を握った少年───
都会から離れた雄大な山々を見上げる日本家屋に、彼らは住んでいた。
県立高校に通う少年───安綱と、彼の養父である老爺、
小学生になる前に両親を亡くした安綱は近所付き合いのあった竹光の申し出で彼に引き取られ、世話になってきた。
厳格ながらも優しさもある竹光の教えの甲斐あってか、安綱はぶっきらぼうながらも他人に寄り添い、強くあろうとする人間に育った。
そのことは竹光にとって誇りであり、安綱にとってもそのように育ててくれた竹光は誇りだった。
そんな竹光と学校の制服に着替えた安綱は、食卓を挟んで正座していた。
「いただきます」
竹光の用意した朝食を前に、2人が手を合わせて食事を始める。
「じいちゃん、今日味噌汁の味薄いんじゃねぇか?」
「そんなこと無いとおもうがの」
文句を言いつつも、安綱の所作には育ちの良さが垣間見え、竹光の教育が行き届いていることを感じさせる。
丁寧な箸使いと、静かな手元の動きに竹光も納得したのか深くうなずく。
「どうしたじいちゃん、米が喉に詰まったか?」
「いや、お前も立派に育ったと思うてな」
「なんだいきなり?」
「…安綱」
安綱の名を呼んだ竹光は少しはにかむと、食べ終わった箸を置いて彼のまっすぐな瞳を見つめる。
「これから何があってもお前ならきっと、楽しくやっていけるだろう。大変なことは多いじゃろうが、乗り越えてみせるとワシは分かっとるからな」
「だからなんだよ」
照れ臭そうに眉を八の字に曲げる安綱が時計を見ると、急いで白米をかき込み食事を終え手を合わせる。
「ごちそうさまでした」
毎日の作法をなぞり安綱がそうつぶやくと、食器を流しに置き、学校の鞄を持って玄関へ向かう。それを見送る竹光が笑うと、安綱はかつて彼に教わった言葉を思い出す。
「“笑顔は良き関係を呼び込む”、だったな」
「そうじゃ、笑って過ごすんじゃぞ」
それを聞いて安綱は竹光に負けじと不敵に笑う。
「じゃあ俺はガッコ行ってくるからな」
「ああ、しっかり勉強してくるんじゃぞ」
「…なんか今日ソワソワしてねぇか、じいちゃん。なんかあったら電話しろよ」
「任せろ、お前よりスマホもパソコンも使いこなしとるからの」
「そうだった、まぁだったら連絡してくれよな」
「わーっとるわい」
胸騒ぎが治まらない安綱は少し竹光を見ると、いつものように言葉をかける。
「…行ってきます」
「行ってこい、安綱」
荷物を持って安綱が家屋を後にする。
普段から不思議なことを言う竹光だと思っていたが、今日は一段と妙な雰囲気だった。それを気にしてか不意に家屋の方を振り向くと、突風が彼を襲った。
初夏にしては強すぎる風に安綱が顔を歪ませる。
風が止むと、家屋の直上に2体のロボットが出現していた。
全身に赤い装甲の張り付いた、甲虫を思わせる人型ロボット。
艶の無い黒色が全身を覆う騎士のような人型ロボット。
2体のロボットが取っ組み合いながら、家屋にのしかかる。
一瞬の出来事に目を疑った安綱だったが、瞬時に家へと走る。
「じいちゃん逃げろッ!!」
が、彼の叫びもむなしく、ロボットが家屋を破壊しながら着地し、
咳き込みながら安綱が見上げると、ロボットらが立ち上がり、その場で戦闘を始めた。
一方の赤いロボットが腰の刀を抜き、もう一方の黒いロボットの刀と鍔迫り合う。
飛び散る火花が安綱の足元に降ってきて腰を抜かす。
「…じいちゃん、じいちゃん! どこだ! 返事してくれッ!!」
焦りを含んだ問いかけに、ようやく声が聞こえてくる。
「安綱ーッ!」
その声が耳に届いた安綱は声のする方へと走る。
「じいちゃんッ!!」
竹光は家屋の柱の下敷きになり、動けない状態になっていた。
安綱が竹光に駆け寄ると、彼の上に乗る柱をどかそうとする。だが、柱は重くびくともしない。
「…ッ!! じいちゃん!」
「ワシゃ大丈夫じゃ、安綱───それよりも…『
「斬扇…?」
竹光が赤いロボットを指さす。
「何言ってんだじいちゃん、頭打ったのか!?」
「あれはお前が動かせる…そいつでワシを助けてくれ!」
「……確かにあの図体のロボットなら柱をどかせる…けど!」
支離滅裂な注文をする竹光はなぜか笑っていた。
「やってみりゃ分かる、それがお前の役目だとな…」
「アニメみてぇなこと言いやがって…!」
と、動きの鈍い赤いロボット───斬扇は隙を突かれ、黒いロボットによって足元をすくわれて安綱の目の前で転んでしまった。
「行け安綱! 斬扇は、お前の力じゃ!」
「訳分かんねぇが…じいちゃんがやれっつーんならできるんだな!!」
安綱が斬扇へと走ると、その胸部へと近付く。
「コックピットってここか? とにかく…赤いロボットのアンタ! 黒いのに押されてんだろ、俺を乗せてくれ! いけるんだろッ!?」
安綱の声を聞き、斬扇の胸部が展開する。
「『
中から赤いローブを着た、腰丈までまっすぐ伸びた白髪の少女が現れ安綱を見つめる。
「俺にもさっぱりだ、でもじいちゃんがやれって言うからには何かあるらしい、とにかく乗せてくれ!」
「…突然の話ですが、去界人ならば斬扇を使いこなせる可能性が……分かりました。こちらへ」
「キョカイビトってのがなんなのかは知らねぇが、俺にできるなら、やる!」
すると、展開された斬扇の操縦席から糸が伸びて、安綱の手足を縛りそのまま席に運ぶ。
胸部が閉扉し、一瞬だけ暗がりとなったが、すぐに周囲の光景を映し出し、明るく照らされる。360度、球状に視界が設けられた斬扇のコックピット───
騎内から見える景色はいつもと変わらないが、その座席からは新鮮に映り、安綱が目を見張る。
「…そうだ、どうやって動かすんだコレ?」
「手足の方にある操縦桿と踏み台に触れ、この『
「そういうタイプか……つか装騎って、コイツの名前は斬扇じゃねぇのかよ」
「そこまでご存知なのですか? …っ!」
黒いロボットが立ち上がろうとした斬扇目掛けて斬撃を仕掛けてくる。
倒れる寸前で安綱が念じると、斬扇は先程とは比べ物にならない俊敏な動きで体勢を整え、黒いロボットを動揺させる。
斬扇に備わった光輪状の2つの目はまるで黒いロボットを睨むように見つめると、ようやく立ち上がり、全身から赤い粒子を放出する。
「去界人ならば適正は高いはずですが…初めて乗って、今の説明でこれほどとは……!」
「驚いたか? でも今一番驚いてるのは俺。まさかこんなロボットを操縦できるとは思わなかったからな。…っと、武器だ! さっき刀使ってたよな? アレありゃなんとかやってみせるぜ!」
「分かりました、先程落としてしまった刀がそこに」
装騎を動かして軽やかに刀を拾ってみせると、安綱が慣れた刀捌きで黒いロボットの持っていた刀をはたき落とす。
「もしや相手のが素人まであるぞ!」
勢いを増した斬扇が大きく踏み込み、黒いロボットの胸部めがけて刀を突き立てる。
が、寸前で刺し貫くのを躊躇った安綱が空振りすると、腰に納刀する。
「あの黒いの…俺達にそっくりだった。中に人乗ってんだろ?」
「……はい、恐らく……」
少女の説明を受け、勘で攻撃を止めていて良かったと安堵した安綱だったが、相手は再び刀を振り、こちらへと突撃してくる。
「チィッ! 流石にまだやるかよ!! 俺はさっさとテメェをどかして、じいちゃんを助けねぇといけねぇんだよ!!」
安綱が叫ぶと、黒いロボットに蹴りを見舞い、体勢を崩させる。それと同時に黒いロボットから奪った刀を相手の頭部に突き刺すと、地面に突き刺す。
頭部を破壊されて視界が完全に麻痺した黒いロボットは動きを止める。
「ふぅ…いっちょあがり」
「凄い、です……まさか初めてでここまでの戦いを見せるとは」
「ロボットアニメが好きでじいちゃんと見てたからな」
そういって安綱が笑うと、斬扇で家屋の柱を持ち上げて竹光を救出する。
「じいちゃん! 大丈夫か!?」
呼びかけてみるが、応答が無い。
「あっ、外に向けて発声する魔術設定を忘れていました。これで喋れます」
「あざっす……じいちゃん!」
「安綱ーっ!! 乗れたんじゃなー!?」
「おうよ、なんかいけたぜ」
先程まで柱に潰されていたとは思えない元気さで飛び跳ねる竹光を見て、安綱が安堵する。
「じいちゃん、流石にどこまでタフなんだよ」
斬扇から降りようとするが、突風が斬扇を襲う。
「まさか、『
「なんだそれ、つかじいちゃん!」
安綱が外に出ようとしたが、少女に止められてそのまま斬扇の体が風と共に浮遊し始める。
「こうなっては、『
「は? 何がどうなってんだよ!」
戸惑う安綱をよそに、斬扇と黒いロボットは風に包まれていく。
その光景を見ていた竹光は、斬扇へと手を振ると、精一杯に叫ぶ。
「安綱ァーッ!!」
「! じいちゃん!」
「これからお前は異なる世界を旅をすることになろう! じゃが、戸惑うな、楽しめ! お前にできることが必ずある……ワシはお前を信じとる!」
「じいちゃん…異世界ってことか…だったら! 必ず戻ってくっから待ってろよ!!」
安綱の叫びと共に、斬扇と黒いロボットは消失する。
先程までの喧騒とは裏腹に静かになったその場と、壊された家屋を見て、竹光は孫が異世界へと旅立ったことを確信する。
「安綱……“その時”がやってきたんじゃな」
──────────────────
安綱が目を開けると、目の前にはかつての住まいに似た、山麓に囲まれた村と、広大な青空が映る。太陽と思しき光に照らされた河原が美しく輝き、その光に安綱が目をくらませる。
「ここ…どこだよ……」
「戻ってきたのですね、“私たちの世界”に」
「それって、多分俺のいた場所じゃねぇよな」
「はい、誠に残念ながら」
開いた口が塞がらない安綱に、少女は申し訳無さそうな顔を見せる。
どうも彼女にとっても不本意な状況らしい。
「で、どこ…なんだよ」
「…ここは彷界、貴方がたの言うところの“異世界”という地でしょう」
「異世界…マジか」
村の開けた場所に着地した斬扇のもとに人々が集まる。
服装から教科書で見た江戸時代の住民のように見え、本当にここが自分のいた世界とは異なると実感させられた。
斬扇が立膝をつくと、胸部を展開して少女が外へと飛び出る。
席から放たれる糸が意思を持ったように少女へと巻きつき、優しく地に立たせる。
「サヤさま、ご無事でしたか!」
長老と他の住民から呼ばれた老爺が少女に話しかけると、彼女は微笑みながらうなずく。
「『
歯切れの悪い少女の言葉に長老が眉をひそめる。
「いかがなされた、サヤさま?」
「実は…紆余曲折あって、去界人を連れてきてしまったのです」
「ンなんですと!?」
驚く長老をよそに、住民たちが斬扇を見つめる。
「その去界人は、斬扇の中に?」
「はい、それに…その方は斬扇をたやすく扱ってみせたのです」
サヤと呼ばれた少女が安綱を見ると、手招きする。
それに従い、安綱も斬扇から降りてくる。
「……俺の言葉、分かりますか?」
「分かりますぞ、去界の人よ」
「私の施した魔術でこちらの言語を翻訳してあります」
ども、と安綱が頭を下げると、自分の前に集まった住民たちへ、そしてサヤへと名乗りを上げる。
「俺は赤羽安綱、17歳。好きな食べ物は鮭と餃子、座右の銘は“情けは人のためならず”、ここのことはサッパリ分からないッスけど、元の世界に帰れる方法を探してます、よろしくお願いシャス!」
住民たちは彼の名を聞いて口々になるほどな、とうなっていると、サヤが微笑みかける。
「申し遅れました、私はサヤ。装騎・斬扇の魔導精…安綱さまの世界で言うところの、斬扇の補佐をつとめる魔術使いです」
「魔術…か、異世界とか言われたらもう納得するしかねぇ話だな」
「この世界…彷界と、貴方の住んでいた世界…
ふむ、と安綱が顎を撫でる。
「じゃあまたその移界ってヤツが起これば俺は帰れるンスね?」
「理屈としては仰る通りですが、移界を起こす風、すなわち移界嵐が起こらない限り貴方は帰れません。それに、移界嵐はいつ起こるか分からないのです」
「いつ帰れるか分からない…ってか」
サヤがうなずくと、安綱が表情を曇らせる。
「安綱さま……ここには貴方と同じように帰れなくなってしまった去界人も多いです。孤独ではありませんから、そう気を落とさずに───」
「そうだな、じいちゃんは“楽しめ”って、“できることがある”って言ってた。じいちゃんがそう言うんなら、きっと大丈夫ッス。じいちゃんが俺を信じてくれたように、俺もじいちゃんを信じることにしますよ」
そう告げると、安綱は自身の頬を叩いて、彷界の空を見上げる。
「いつかきっと帰れる、その時まではここでできることを探していきます。という訳で、これから案内頼みますぜ、サヤさん!」
「サヤで構いません、安綱さま。その恐らく敬語と思しき言葉も私には不要です。これからどうか、我々のお力になってください」
「敬語と思しき……ッスね。じゃあ俺も、安綱でいいぜ」
「よろしくお願いいたします、安綱くん」
サヤが深々と礼をすると、安綱も思わず礼を返す。
「それで力になるって、俺はこの世界で何すりゃいいワケ?」
「彷界に巣食う魔物───『
「魔物と戦う…また大きく出たな」
安綱が肩を落とし、大きなため息をつく。
異なる世界、彷界。
その地にて少年、安綱は機械の巨人、斬扇を駆りて多くの経験と成長を果たすこととなる。
果たして彼は去界へと帰還することはできるのだろうか。
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