第二章 ホラー編①

 【ストーリーライン】と呼ばれる現象群が存在する。これは、端的にいえばご都合主義や主人公補正のことだ。そしてそれらは、発生させる現象によって種類分けされている。


 例えば、特別イケメンなわけでもないのに不条理にモテまくる【ラブコメ】の【ストーリーライン】。


 例えば、歩くだけで事件を無尽蔵に呼び寄せる【ミステリー】の【ストーリーライン】。


 例えば、どんな大怪我だってギャクの一言で済ませる【コメディー】の【ストーリーライン】。


 これといったセールスポイントがないのにモテまくる平凡な男子高校生も、三歩歩けば殺人事件に出くわす高校生探偵も、大怪我が次の場面では完治しているギャク時空だって現実世界には存在しない。


 それはさながら、淡水魚が海では生きられないように。フィクションの中にしか存在しない幻想は現実では存在できない。


 優しいくらいしか取り柄のない男子は女子に相手にもされないし、殺人事件に出くわすなんてのは一生にあるかないかの一大事だし、大怪我は次の場面では完治せず普通に病院行きである。


 フィクションとは、現実リアルとは違うゆえに虚構フィクションと呼ばれるのだ。


 だが、そんな常識を平気で踏み躙るのが、【ストーリーライン】の保有者ホルダーである。


 【ストーリーライン】は、漫画や小説、映画のようなフィクションの中にしか存在しない事象を強引に現実に出力する。


 中には、物理法則からすら逸脱するような【ストーリーライン】すら存在する。


 * * *


 漫画やラノベでは、変わった名前や特殊な活動内容の部活がちょいちょい存在している。


 だが、実際問題、そういった奇抜な名前や活動内容の部活は存在できるのだろうか?


 高校の校則にもよるが、大抵の場合部活を作るには、一定以上の部員とそれなりの広さの部室、そして顧問が必要である。そう、が必要なのだ。つまり、一風変わった部活を作るには、その活動内容を教師に説明して、納得してもらい、責任者顧問になってもらう、というなかなか高いハードルがあるのだ。

 

 逆説的に言えば、その三つのハードルさえ乗り越えればどんなふざけた名前や活動内容の部活であろうとも、その存在を学校から正式に認められるということでもある。


 と、いうようなことを現実逃避気味に家達詩録は考えていた。


 今詩録がいるのは、奏朔高校の空き教室の一つ。だが、その内装は『教室』と形容するにはいささか不適切であった。


 まず、どこから持ってきたのか、ふかふかのソファと人をダメにする系のバカでかいクッションがある。加えて、これまた巨大なテレビとそれに接続されたゲーム機。壁を覆う本棚には、無数の漫画本ラノベとゲームのカセットが並べられている。


 そして、この惨状を作り出している張本人どもはといえば──


「いやー、やっぱり一仕事終えた後の甘いものは最高だよね!」


「わかるよ、凛ちゃん。運動終わりのプロテインとか格別だよね」


「いや、智慧ちえさん、それは微妙に違う気がします……」


「え? 違うの? なら、波瑠はるちゃんも試してみればいいよ。なんならあたしと一緒に運動する?」


「いえ、遠慮しておきます。私では智慧さんの運動量について行くことができませんから」


「運動といえば、はるっち、運動部でもないのにスタイルいいよねー。出るとこ出てるのに、腰とかお腹とかほんとに細いしー。ボク幼児体型だから羨ましいよー」


「ほんとそれね。波瑠ちゃん、スタイルほんといいよねー。もしかして食べたものが全部胸に行く体質なの?」


「何だとー、そんなの卑怯だぞ! もしかして、触ればご利益とかあるかな!?」


「きっとご利益があるよっ! ということで凛ちゃん、波瑠ちゃんを二人で揉みまくろう」


「やめてください、二人とも……!!!」


 詩録が遠い目をしているその視線の先。そこではうら若き少女たちが揉みくちゃになっていた。


 机をいくつか並べてその上にテーブルクロスをかけて作った簡易テーブルの上にお菓子やらジュースやらを並べて女子会(?)をしているのはいいのだが、そんな場に自分が居合わせていることにとてつもない違和感を感じる。正直、もう家に帰って寝たい。


「ねえ、たっちー。この中にいる女子で、誰が一番スタイルいいと思う?」


「こいつ、凛この野郎、何と答えても死ぬ最悪の爆弾をいい笑顔で投げ渡してきやがった!?」


 あまりの場違い感から気配を殺していた詩録であるのだが、そんな彼に水を向けてきたのは紫色の髪をツインテールにした美少女、稚依歩ちいふりんである。


「それはあたしも少し気になる。あたしも日々鍛えているだけあってスタイルには結構自信あるんだよね。ねえ、詩録くん、私のスタイルどう?」


 そう詩録に話しかけたのは、健康的な褐色肌に橙色のショートヘアのスポーツ系美少女、惹姫じゃっき智慧ちえである。彼女は己の肉体美を見せびらかすように右手を頭の後ろへ、左手を腰にやってポージングをとっていた。


「あら? そうやってアピールする感じですか? なら私も物理的に一肌脱ぎましょうか」


 気まずくて智慧から目線を逸らしたその先には、上品に整った顔にいたずらっ子の笑みを浮かべた純白の髪を持つ美少女、堀田ほった波瑠はるがいた。彼女はされはもう楽しそうにしながらその豊かな胸元にあるリボンに手をかける。


 これまた気まずくてなった詩録はとりあえず避難先としてその視線を凛に戻す。まるで実家に帰ってきたかのような安心感が凛にはあった。


「ふー、凛は見てると落ち着くな……」


「たっちー絶対それ褒めてないよね? ぶん殴るよ?」


 さて、そんなこんなで詩録たちが騒いでいるここは確かに教室であるのだが、それと同時に部室でもあった。


 詩録を含めたこの場にいる四人はある部活に所属する部員である。


 部活の名前はの相談・解決を行う部活動である。そして詩録は一応この部活の部長をしていた。


「そういえば、詩録くん。【ラブコメ】の【ストーリーライン】の件はどうなったんですか?」


「それあたしも気になってた。あのハーレム野郎のことでしょ?」


「いや、智慧、ハーレム野郎って……。まあ、間違ってねーけど。あいつの件なら凛と一緒に処理したよ。今回は『殺害』なんて乱暴な方法になっちまったけどだいぶが進んでいたから仕方ない」


 そう言いながら詩録は机を並べて作った簡易テーブの上にあるお菓子の山の中から、銀紙で包まれた小さな球状のチョコレートを選ぶ。


 今回の【ラブコメ】の【ストーリーライン】に関する一件。【ストーリーライン】はかなり。それこそ、影響が学年を跨ぎ学校全体に普及するほどに。


 おそらくあのまま侵蝕が進めば、クラスの一つや二つが『校閲』されてもおかしくなかった。ならば、解決の手段が多少乱暴になっても致し方ないというものである。


【ストーリーライン】保有者物語の主人公を殺害して強制的に物語に幕を閉じる、なんて禁じ手が使えたのは【ラブコメ】というシステムそのものが抱えるバグあってこそだったからな。正直今回は危なかった……」


 【ストーリーライン】への対抗法は三つ存在し、その一つが『【ストーリーライン】そのものを崩壊させる』というものだ。


 物語とは主人公を中心にして進む。言い換えれば、主人公を取り巻く世界観そのものが主人公のために存在している。ならば、【ストーリーライン】保有者物語の主人公がいなくなれば、その世界観が崩壊し、【ストーリーライン】はその実体が保てなくなるのだ。


「打った手の大半が無駄に終わったとはいえ、今回は色々動いていたから疲れた……。もうしばらく【ストーリーライン】絡みの事件は遠慮したい」


 本当にぐったりした様子で詩録は呟く。


「ふふーん、たっちー。そういうのをって言うんだよっ!」


 そこに追い討ちをかけるように何故か薄い胸を張って凛が詩録に告げた。それを聞いて、詩録が頭を抱えた。


 地雷は踏んだときではなく置いた足を話したときに爆発するように。ではなく、というものが発動するのである。


 ああ、マズイ。これは本当にマズイ。


 コンコンコンッ、と教室のドアをノックする音が響いた。


 この教室は『探偵部』の部室であり、『探偵部』とは【ストーリーライン】絡みの厄介ごとの相談・解決を行う部活である。


 ならば、この部室を訪れるのは、『探偵部』の部員としかいないのだ。


 詩録は思わず天を仰いだ。視線の先には薄汚れた教室の天井があるだけだった。


 しばらくしても返答がなかったためか、コンコンコンっともう一度ドアがノックされた。


 きっとこれは次の厄介ごとの始まりを告げる鐘の音なのだろう。


 詩録は息を吐き出し、ドア越しの訪問者に告げた。


「どうぞ、入って」





 



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