第91話 楽してお金を稼ぎたいのはみんな同じ

「エバンスがマクレガー侯爵になって、リーナと結婚するらしいよ」

「えっ?」


 何その急展開、意味が分からないんだけど。


「なんかマギ君の決闘相手がマクレガー侯爵で、決闘の条件がエバンスをマクレガー侯爵家の養子にして、マクレガー侯爵はエバンスを指名して当主を譲るというものだったらしいよ」

「そんな事が可能なの?」

「可能だね。エバンスは元々マクレガー侯爵家の分家であるマクレガー男爵家の嫡男だったからね。血筋的にはマクレガー侯爵家の養子に入っても不思議は無いんだよ」

「なるほど・・・要は下克上を達成したって事?」

「そういう事だね。ちなみにマギ君が家臣団のトップらしいよ」

「家臣団?」

「マクレガー侯爵家の家臣だよ。だからポット男爵の関係者で官僚系の人を派遣して欲しいって」

「なるほど・・・調整宜しく・・・」

「ハイハイ僕がやるよ、だから僕を愛するようになってね?」

「うん・・・」

「えっ?ほんとっ!?言質取ったからねっ!」

「うん」


 もう腹を括るしか無いだろう。だってナザーラ領の命運はバーニィが握っていて、逃げられでもしたら目も当てられない惨事が頻発しそうだ。それに最近のバーニィは綺麗で可愛い。本当に僕の前で女の子になってくれている。ここまでさせていて愛さないというのは余りに不誠実だ。


「フローラ、僕はをバーニィを愛するよ」

「うん、分かった」


 フローラの目は瞳孔が開いていて無表情になっている。覚悟していた事と思うけどショックではあるのだろう。


「最初に愛するのは1番愛しているフローラだよ、それだけは約束する」

「うん・・・仕方ないよ、私にはバーニィみたいにお兄ちゃんを支えられない」

「そんな事無いけど、僕達にはバーニィのような人が必要だと思う」

「うん・・・」


 けれどフローラは、僕の事になると盲目になってしまう。僕もあまり周囲が見える方じゃ無い。全てを捨ててフローラと2人で楽しく生きていくなら問題無いけれど、前世の僕と違って、周囲に色々期待されていて、捨ててしまうと周囲への影響がとても大きなものになっている。

 乙女ゲームのヒロインかなにかは知らないけれど、色んなものが覆いかぶさっているんだと思う。バーニィやリーナから色々起こっていた事を後から知らされるけど、たまたま幸運を引き当てているだけだ。

 バーニィのように僕やフローラの周囲を見てくれる人がいる事がとても嬉しかった。前世の中学校2年の時、僕が不細工というどうしようもない理由でクラスのアイドル的な女子に嫌われ、それがキッカケでクラス中で無視されているときに、声をかけてくれ外の世界の広さを教えてくれた友人のように、僕やフローラにはバーニィのような存在が必要だと思っている。


△△△


 ナザーラ領にも遅めの春が訪れ、サクランボの蕾が膨らみ始めた頃、学園に戻るため馬車に乗り込み王都に向かった。ポット男爵家の官僚系の家臣も王都まで一緒だ。


 エルム子爵とエメール公爵の所には一泊づつさせて貰った。予定では数日の余裕はあるけれど、学年最後のクラス決めの試験に間に合わなくなるからだ。


「こっちの方はもう花が咲いてるよ」

「あれは桜じゃなく桃の花じゃないかな」

「そういえば淡い色だね」

「キューキュー」

「チーチー(桃食べたい)」

「実になるには時間がかかるね」

「出回るのは夏頃かな」

「ほらクコの実」

「キューキュー!」

「チーチー!(クコの実だー!)」


 この暖かい風がナザーラの街で吹く頃には、僕達は2年生になっている事だろう。


「キューキュー!」

「あそこで蜂蜜作ってるって」

「養蜂かぁ・・・出回ったら買おうね」

「キュー」


 花を追いかけるように箱を仕掛けて蜂蜜を集める養蜂家がいる。

 農家は受粉を助けてくれる蜂に感謝し、養蜂家に謝礼金を支払う。


「蚕は世界で初めて家畜化された昆虫だって言われているけど、本当は蜂が最初だと思うんだよね」

「そうなの?」

「絹製品は5000年前のものが遺跡から発掘されたのが最初なんだ。でも蜂蜜の採集は1万5000年前の壁画に描かれているそうだよ」

「ふーん・・・」


 僕達が着る中で高価なものは絹製品だ。僕達の領でもべヘム村で養蚕は行われていて絹糸を作っている。昔はそれが1番の収入源だった事もあり盛んだったけれど、べヘム村はナザーラの街までの中継地として栄え始め、多くの現金収入を得るようになった。そのため養蚕を辞める人が増えていて絹糸の生産量は落ちている。

 とはいえ雪に閉ざされる冬季の貴重な労働場所ではあるため、昔ながらの生活を好む人は養蚕を続けている。


「バーニィは養蚕をどう思う?」

「生産量が減っている事?」

「うん」

「時代だと思うよ、化学繊維が作られている訳じゃないから需要はある。けれどそれは他の収入源が出来たナザーラで作る必要は無い。楽してお金を稼ぎたいのはみんな同じだよ」

「そっか・・・」


 ヨウムお爺ちゃんやアンナお婆ちゃんは狩人だから養蚕はしていなかった。けれど村の多くの家では屋根裏で蚕を飼っていて、訪ねると桑の葉の独特な匂いがしていた。そして蚕の蛹を炒ったものをオヤツとして出してくれたのだ。

 短い間で生活が変わった事で久しくべヘム村での事を思わなくなっていた。けれど懐かしいと思い出すと、あんなに近づいて欲しくないと思っていたパウロでさえ懐かしく思ってしまうのが不思議だった。

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