第81話 兄貴は何もしていない(エカテリーナ視点)
王宮の執務室で陛下が股間から血を流して失神して倒れた状態で発見されたという事件から1月が経った。
兄貴とフローラとバーニィはナザーラ領が雪に閉ざされる前に帰省すると言い出し、学園の冬休み前の終業式にはまだまだ間があるのに、事情を説明して王都を出ていった。
1年S組は決められた試験さえ受ければ授業の出席はかなり自由となっている。いくつかの講習や催しの出席は余程の事情がなければ出席しないといけないけれど、子爵令嬢や男爵令嬢や他国の王族を縛るような催しはこの時期はなかった。
そういった催しは伯爵以上の貴族に多い。
私も兄貴達と共にナザーラ領に行きたかったけれど、冬至時期に行われる新年の祝賀に出席する必要があって残った。
私のエスコートはマギ君にお願いした。
エバンスお兄ちゃんにお願いしたかったけれど、貴族籍を抜かれてしまっているのでその役割をする事が出来なかったからだ。
王宮からマギ君に完全回復薬を買い取りたいと申し出があったそうだけどマギ君は断った。
国王の股間の治療の為かもしれない。アニーったら容赦なく蹴っていたしかなり酷い状態になっているだろう。
王家がポット家の名誉を回復させ、叔父に謝罪をして英雄として弔わない限り売らないと言ったらしいのだ。
ポット家を切り捨て、慕っていた叔父を死刑にした王家を、マギ君は相当恨んでいるようだ。
マギ君の家には泥棒が入ったらしい。完全回復薬が狙われたのだろう。
それを受け、マギ君の家族はナザーラ領に移住した。領地を取り上げられ、法衣男爵家となり宮廷魔術師団の中の閑職に回されていたため、職を辞して王都を後にする事にしたそうだ。
ちなみにマギ家は王国設立時からの家臣で国王派だったそうだけど、今は王家を見限り大衆派に鞍替えしているそうだ。
マギ家は魔術師の大家だ。だから門弟たちがとても多いらしい。その門弟の中にはオリハルコン級やミスリル級の冒険者をしている人も多くいるそうだ。そういった冒険者多くはナザーラ領のダンジョンの噂があっても王都を離れなかったのだけれど、マギ家が王都を離れた事をきっかけに王都を離れてナザーラ領に向かったそうだ。
現在王都の最高位冒険者はミスリル級で3人しかいなくなっているらしい。しかもそれは高齢であるため王都を離れなかっただけで、現役とは言えない冒険者なんだそうだ。
現在ナザーラ領は200人以上のミスリル級以上の冒険者がいる。
最高位はアニーのお爺さん達とパーティを組んでいるアダマンタイト級冒険者だ。
これは人数は少数ではあるけれど、強さ的には公爵家に匹敵する戦力になっている。
ナザーラ領は地形の急峻さもあり大軍を派遣するのに向かない。
獲物が豊富で自給自足をしている。ダンジョンから岩塩も見つかっているし水も豊富だ。街道を封鎖し兵糧切れを狙うことも出来ない。冬になれば雪に閉ざされ侵攻も出来ない。ナザーラ領は天然の要塞になってしまっている状態だ。
戦力を小出しに派遣すればミスリル級以上の冒険者達に簡単にあしらわれてしまう。軍団を指揮するのは代々宮廷魔術師団長を輩出したマギ家がする可能性がある。魔術を使った戦争のやり方において彼ら以上に詳しい一族はこの国にはいない。もしエメロン王国がナザーラ領攻め入ったら、エルムの街からナザーラの街まで屍の山が連なる事になるだろう。
小出しの戦力を何度も何度も繰り返し攻め、狩りや農業やダンジョン探索する暇を与えず兵糧切れをを起こさせて疲弊させた後に、やっとナザーラ領を侵略する事が出来るという事になる。
はっきり言ってリンガ帝国と戦争するよりも攻略難易度が高い土地になっているように思う。
兄貴は何もしていない。ただ自身の貞操の危機を回避したいと言って行動しただけだ。けれどいつの間にかナザーラ領が難攻不落の土地になっている。
兄貴はオルクダンジョン持つのが面倒だったら手放す的な事を言ってたけれど、その面倒はかなり無くなってしまっていた。
「エバンスお兄ちゃん、ダンスの練習に付き合って」
「良いけどマギの相手にした方が良いんじゃ無いか?」
「マギ君、寮の部屋の片付けに忙しいんだって」
「本を持ち込み過ぎだ」
「あれでも持ってきたのは思い出の本だけらしいわ」
マギは王都の家が無くなったため男子寮に引っ越した。その際に自室の本を厳選して持ち込んだらしい。
マギ一人だけの本があれほどの量というのは呆れる他ない。
屋敷にある全ての本をナザーラ領に持って行くそうなので、あの地に魔術書の図書館が出来てしまうのではないかと思っている。
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