第65話 vs『悔恨』の魔女②
アリシアは先ほど何と言っただろうか。私だけではなく、クロエも『確保する』と言っていた。
それがアリシアを操っている人物の計画なのか。クロエやシオンは無事なのか。
次から次へと痛みで鈍っていた思考に、心配事が浮かんでは消えていく。
――いや、今は細かいことは横に置いておく。どちらにせよアリシアを無力化し、ユージンを助け出せば、王国側に恩を売ることができる。
そうなれば、無理に本来の目的を果たすことなく今後の安全が保たれるはず。
原作知識を保有している私でも、今の状況で裏に潜む人物に心当たりはない。しかし王国側の協力を得て、今回の件を仕組んだ黒幕を引きずり出すのも、ありと言えばありだ。
そう考えを纏めて、地面に横たわっていた体を起こす。再び魔剣を構え直すと、アリシアの出方を伺う。
威嚇の意味も込めて、過剰に魔力を放出してみてもアリシアは臨戦態勢を取ろうとはしない。ただこちらの不安を煽るような、精巧に造られた人形の如き笑みを浮かべるだけだ。
「どうしました? 攻撃してこないですか?」
「……」
私はそれに対して返答はしない。というか、そんな余裕はない。第三者による仕業とはいえ、魔女の力を完全に受け入れているアリシアとは違い、私は時間制限ありきの行使だ。
多少のリスクは承知であるが、やはり短期決戦が望ましい。
「返事はなしですか? まあ少しは反抗的な方が、私も躾がいがあるので良いですが」
黙りを決め込んでいる私を無視して、変わらず話し続けるアリシア。彼女の私に向ける視線には、単なる憎しみだけではなく情欲の類も混じっているように感じられる。
思わず身震いしそうになる体を、抑え込む。動揺を悟られれば、相手を無駄に調子づかせるだけだ。
これ以上会話を重ねても、先ほどの問答でアリシアと彼女の裏にいる存在の目的が、私とクロエの生け捕りであると以上の情報を得られそうにはない。
アリシアの方から仕掛けてこないならば、私から切り込む。そうしようとした瞬間。アリシアの背後から襲いかかる人影が一つ。
「――っ!?」
「――ちっ! やはり無手では防がれるか!」
その人影の正体は、大蛇の尾に拘束されていたはずのユージンだった。理解できない状況の変移に、驚きを隠せないのはアリシアも同じようで、それまでの余裕の態度が崩れ声を荒げる。
「一体どうやって魔物の拘束から抜け出したんですか……!?」
「あの程度の魔物如きで、俺を縛れると思うなよ!」
私達が気づかない内に、ユージンは自分を拘束していた大蛇から力ずくで抜け出し、その勢いで篭手に包まれた右拳で、アリシアに襲いかかったと想像できる。
『調停の聖剣』による身体能力の強化がないのに、恐ろしいことだ。
彼らの離れた場所には、自慢の尾を引き千切られて、痛みに呻く大蛇の姿がある。それを視界の端に捉えたアリシアは、心底不愉快そうな表情を浮かべる。
「あの役立たずが……!」
「よそ見をしている余裕があるのか?」
「っ!?」
魔女化以前の性格を良く知っているだろうユージンは、アリシアの変貌振りに驚きを見せることなく、拳のまま打ち合い数度繰り返す。押され気味のアリシアは、一度距離を取ると「来なさい!」と大声で叫ぶ。
「――っ!?」
「Gaaaa!」
「Gaaaa!」
距離を詰めようとするユージンの前に、どこからともなく姿を現す二体の魔物。一瞬動きの止まるユージンだが、すぐに行動を再開させ魔物を殴り飛ばす。
そして地面に転がっていた『調停の聖剣』を拾いに向かう。そのユージンの行動が終わる頃には、アリシアはざっと見た所十体以上の魔物を呼び寄せていた。
同時に聞き耳を立てる必要もないぐらいに、王城のあちこちから魔物の叫び声や戦闘音が響き渡っている。
もちろん城の外からも、激しく人々の悲鳴が聞こえてくる。
状況は思っているよりも、深刻だ。ユージンも自力で脱出できたようだし、庭園の方にいるはずのクロエ達と合流しようと思案していると。
城壁をゆうに飛び越えて、超弩級の魔力反応を持つ魔物が出現した。
辺りには粉塵が舞い、一時的に視界が遮られる。
反射的に片手で目を庇う。制限された視界でも、新たに乱入してきた魔物の正体を、私は瞬時に理解する。
何故ならその魔物――使い魔は良く知る人物が召喚したものだから。
「Gaaaa!」
「――『ブラックドラゴン』!?」
空中から城に派手な破壊跡を刻みながら、降り立ったのは、『ブラックドラゴン』だ。今回の作戦に向けて、シオンに召喚してもらったのは全部で二体。一体は王都から離れた村で、騎士団の大部分で構成された討伐隊を足止め。もう一体は王城で陽動の役割を果たしてくれている。
拙いながらも、ようやく身につけた魔力探知を試みると、王城に『ブラックドラゴン』の反応は二つ。
つまり目の前に現れた『ブラックドラゴン』は、討伐隊の足止めを任せていた個体だろう。堅牢であるはずの漆黒の分厚い鱗は、一目で分かる程にボロボロになっている。
この異常事態で合流することを優先したシオンが、寄越してくれたのだろうか。そんなことを考えながら『ブラックドラゴン』を見上げていると、その大きな顎を開き、凄まじい熱線を私に向けて放ってきた。
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