第62話 『悔恨』の魔女①
――時間は、数時間前まで遡る。
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「――ここは俺に任せて、先に撤退しろ」
――あの時ベオウルフさんが放った言葉が、何度も頭の中を駆け巡っている。
どうするべきだったのか。そう自問自答を四六時中繰り返しても、答えは出なかった。そしてそんな後悔とともに、私の正気はすり減っていった。
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孤児であった私をここまで立派に育ててくれた義父の隣に、役に立ちたくて、がむしゃらに剣を振るってきた。
「……アリシア。無理に俺の真似をして、騎士団に入らなくて良いんだぞ。俺の伝手で良い男も紹介できるし、お前が好きだという男がいるんだったら、その人と一緒になっても良い。一度切りしかない人生だ。悔いのないように選択してくれ」
あれは、私が十歳前後の頃だっただろうか。その時の私達は貴族の邸宅には劣るけれど、第三部隊の隊長である義父の地位もあり、そこそこ立派な――元孤児であった私からすれば、豪邸そのもの――屋敷で生活していた。
そこの広い庭で訓練用の木剣で、義父に稽古をつけてもらっている最中に、神妙そうな面持ちで上記の台詞を言われた。
らしくない義父の言葉に、思わず私は木剣を振るっていた手を止める。そして私はこう言う放った。
「……ベオウルフさん。勘違いしているようですから一言言わせてもらいます。別に私はベオウルフさんの真似をしている訳ではありません。私自身の意思で、騎士団に入りこの国を守りたいと思っているんです」
「そ、そうか……。なら良い。これからもびしびし指導していくからな。その前に昼飯にするとするか」
「はい!」
昼食の準備に入る為に、私達はそこで会話を打ち切り、木剣を片付けて――。
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「はあ……夢ですか」
久しぶりに良い夢を見れた気がする。ここ最近は悪夢ばかりを見ていたせいで、碌に眠ることができていない。
約一カ月前に行われた『破壊』の魔女討伐作戦。騎士団の部隊を二つも動員されて決行された作戦は失敗に終わり、その足止めとして第三部隊の隊長でもあり、私の義父であるベオウルフが残ることになった。
結果的に言えば、それは愚策だった。ベオウルフ自体はその翌日には帰還したが、魔女による洗脳を受けていたせいで、依頼者である貴族を殺害するという暴挙に出てしまった。
正気を失ってしまい、凶行に走るベオウルフを止めたのは――。
「うっ……」
そこまで思い出してしまい、吐き気が込み上げてくる。それを寸前の所で抑え、深呼吸を繰り返すことで無理矢理にでも気分を和らげる。
何とか落ち着いた後、ベットから立ち上がり屋敷で働いてくれているメイドが用意してくれた食事を取りに、部屋の外に出ようとした。
ここしばらくは食欲が全くない為、メイドには軽食を準備してもらい、その皿を扉の前に置いてもらうようにしている。
私の食欲がなくなった原因は、育ての親であるベオウルフを自分の手でかけたからだ。今でもほんの少しの切っかけで、直接私が振るった剣が彼の命を奪った瞬間が蘇り、吐きそうになってしまう。
あの時――ベオウルフが私達に撤退するように言った時点で、全員でもしくは私だけでも一緒に残るべきだったのではないか。
そんな後悔が湧き上がるとともに、ベオウルフの尊厳を貶めるような術を施した魔女に対して、暗い憎しみに似た感情がふつふつと私の内部で燃えていた。
そしてその淀んだ感情に呼応するかのように、私には以前まで保有することのなかった力が発生した。
食事が載せられた皿を机に置き、再びベットに腰をかけると右手に意識を集中する。掌に現れたのは、黒色の魔力――闇属性の魔力だ。
「あはは……皮肉なものですね。育ての親の敵と同じ力が宿るなんて。これも親殺しに対する罰でしょうか」
闇属性の魔力を持つのは、当然魔女だけ。その発生メカニズムはほぼ解明されていないが、唯一分かっていることがある。
それは魔女化する女性もしくは少女が、激しい感情――それも負の類の――を抱くことだと言われている。
私の心をあの日を境に支配するのは、ベオウルフが死ぬ原因となった魔女達に対する怒りと、選択を間違えたことに対する『後悔』である。
また自分が魔女に堕ちたと分かった時から、できるだけ外部との接触を絶つようにしてきた。同じ騎士団員達や屋敷の人間に正体がバレないように。
理性を失ってしまい、暴走してしまわないように。
民の安全を考えるのであれば、すぐにでも自害すべきだろうが、私は未だに意地汚く生きている。
「何をしているんでしょうか……私は」
誰もいない室内で聞こえるのは、私の独り言と呼吸音だけだ。
食事に手をつける気も起きず、気を紛らわす為に思考を巡らせる。
今の私は、『名無し』の魔女だ。
魔女には識別の為に二つ名が与えられることが通例であるが、私自身でつけるとしたら――。
「――『悔恨』の魔女。なんてどうかしら?」
「――誰!?」
自分以外に誰もいない部屋の中に、聞いたことのない少女の声が響く。警戒心を最大限まで引き上げて、声がした方向に視線を向ける。
「あらあら、怖いわね。せっかくの可愛らしい顔をしているのだから、笑った方が良いと思うわよ?」
視線を向けた先にいたのは、一人のは赤色の髪を持つ少女と、彼女の肩に止まっている蝿型の魔物だった。
魔物を連れているだけあって、その少女が人間ではないことが私にはすぐに理解できた。
その端正な顔立ちよりも先に私の視線を集めたのが、少女の頭部に生えた一対の角。人型でありながら、人外である証を備えた生物。
それは魔物の一種である――。
「――魔人! どうしてこんな所に!?」
「ただの勧誘よ? 逸れの魔女がいたからね」
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