第54話 VS騎士団①



 ――作戦を練り始めてから、数日間が経過した。私達は住居の近くに無数の人の気配が集まりつつあるのを、相手側に気づかれない範囲で確認する。



「――じゃあ、始めましょうか」

「お願いします、シオンさん。計画の大半はシオンさんの魔法頼りになりますから」

「そのぐらい問題ないわ。むしろ今まで迷惑をかけた分、しっかりと大人としての威厳を見せないとね。――『サモンモンスター・■■■■■■■■』」



 シオンが一つの魔法を発動し、作戦の第一段階の幕が切って下ろされた。





「――ここが『破壊』の魔女が根城にしているという廃屋か」

「は、はい……」



 銀色の鎧姿の集団の中で、一際造りがしっかりとした物を着込む青髪の青年が、傍にいた一人の騎士に静かな声で話しかけていた。



 青髪の青年の名は、ロバルト。アルカナ王国の騎士団、その第二部隊を率いる隊長である。そして彼だけではなく、この場には第一、第四部隊を除く全ての騎士団員が揃っていた。

 ちなみに第一部隊は王城及び、王都の警備。第三部隊は隊長であるアリシアが精神的に不調であり安静が義務づけられており、団員はそれぞれ別の隊に振り分けられている。



 これほどの人員が召集されたのは、隣国との戦争以来であり、それだけ今回の敵が脅威であると王国側が捉えていることの証明である。

 今回騎士団が動員されたのは、魔女の討伐――しかもここ最近王国を騒がせている『破壊』の魔女だ。



 先日グラス男爵家の当主からの要請を受けて、騎士団の第三、四部隊が派遣。人里離れた魔女の住処がある森に突入する前を狙い、魔女の奇襲を受けてしまい第三部隊の隊長ベオウルフを足止めとして撤退に成功。

 だが作戦は事実上の作戦失敗である。



 それだけではなく、無事に生還したと思われたベオウルフは魔女の手によって洗脳されており、グラス男爵家の屋敷にいた人間は使用人を含めて一人も生存者はいなかった。

 そしてそんな凶行に走ったベオウルフに止めを刺したのは、彼の義理の娘でもあるアリシアであった。



 ロバルトもベオウルフが孤児であったアリシアを拾ってきた頃を覚えている。周りからも随分と反対されていたものだ。

 戦うことしか能のない人間に、子育ては無理だという至極真っ当な意見がかなりの割合を占めていた。



 しかしそんな反対意見を物ともせず、ベオウルフはアリシアを立派に育ってきった。そもそもの動機が何であったのかは、ロバルトを含めて聞いたことはなく、その機会は今後も訪れることはない。

 それでもベオウルフはアリシアを不器用ながらも実の娘同然に愛していて、またアリシアの方もベオウルフを親愛の情を持って接していた。彼らが仲睦まじく過ごす姿は、本当の家族そのものだった。



 だがそんな幸せは、悪意ある魔女に壊されたのだ。ベオウルフはまんまと利用され騎士としての尊厳を貶められて、アリシアは義理の親とはいえ親殺しを行う羽目になった。

 辛かっただろう。躊躇もしただろう。

 アリシアが精神的に不調をきたしたのは、その件が切っかけだ。



「……ベオウルフさんの仇を取らないとな」

「そうですね……。我々も同じ気持ちです」



 ロバルト小さな呟きに、近くの騎士が同意の言葉を示す。彼は第四部隊の所属であり、自身の部隊長が追い詰められていく様を間近で見てきた。

 かける言葉も持たず、見守ることすらできなかった自分達が抱いた感情は一つ。怒りである。あの魔女を許してはならないという、燃え尽きることない復讐の炎が。



「……ああ、そうだな」



 アリシアの部下である団員の思いに、短く返事をするロバルト。



「……しかしあの一件から全く姿を現さなかった『破壊』の魔女の居場所をよく見つけたな?」

「ここの村人達から目撃情報があったお陰です。少し前から村外れの小屋に、少女を二人連れた女性の姿が見えるようになったと」



 ロバルトは団員の話の内容を吟味する。村人からの話にある不審な女性が現れた時期と、一回目の討伐作戦が行われた時期は同時期だ。

 それに加えて、女性と過ごしているという二人の少女。第四部隊の副隊長から上げられた報告書にあった、魔女に囚われの身であるという少女達のことだろう。



 けれどその内の一人も魔女であったらしい。見た目に騙されることはなかれ。アリシアよりも若い華奢な少女を一目見て、屈強な体格や数々の武勇を誇るベオウルフが撤退を決断したのだ。

 さぞかし手強い敵に違いない。



「……だがその少女の外見はグラスタウンで目撃された女性の容姿と、王国に残された歴史書を紐解いて得られた『破壊』の魔女の見た目のどれとも一致していない。つまり――魔女は最低でももう一人別にいる」



 この事実が判明した際は騎士団も含めて、王国全体は混乱に陥ってしまった。何せ単体であっても、歩く厄災と言われる程の脅威が二人もいるのだ。

 相手の魔法次第だが騎士団全体が挑んでも、最悪の場合は全滅とまではいかなくとも激しい損耗は免れないだろう。運が良くとも、半壊まではもっていかれるというのがロバルトの予測であった。



 もしもの事態を考慮するのであれば、もう一人の少女も魔女である可能性も――。



 ――そこまで思考を巡らした所、ロバルトはふと疑問が湧いた。



「……周辺住民の避難は終了したのか?」



 ロバルトの疑問にそれまで答えていた団員が、首をかしげながら答える。



「……申し訳ありませんが、どの部隊も住民を避難させるようにと指示は頂いていませんが――」



 団員の言葉は、ロバルトの耳に最後までは入ってこない。



 異様すぎる静寂。聞こえてくるのは、自分達が装備している鎧や武具が擦れる音のみ。いくら村から多少の距離が空いているとしても、目視できる範囲には村はあるのだ。

 避難が完了――そもそも行っていないのであれば、これだけの武器を持った集団がいれば村人達は騒がしくなるはず。

 明らかに異常な状況に置かれている。それを理解したロバルトは、他の部隊長に伝令を送ろうとした瞬間。



 ――世界を切り裂くような轟音が鳴り響いた。

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