第42話 憤怒の行方は
私の発言に思わぬ衝撃を受けたシオンは悲しげな表情を浮かべるも、それは一瞬で覚悟を決めたものに変わる。
「……パトリシアちゃん。今の話が本当だとしたら、尚更ここを退くことはできないわ。貴女にこれ以上人を殺してほしくないのよ」
真剣な表情で告げられる言葉に、私の『怒り』の感情は更に膨れ上がる。
「……シオンさんには分からないですよ。私の――『私達』の気持ちは。……時間の無駄にしかなりませんので、これ以上の問答は必要ないですね」
吐き捨てるように台詞を言い切った私は、魔剣を強く握り締める。先ほどの発言の通り、時間の無駄にしかならない。
目の前に立ち塞がるシオンを避けて、さっさとベオウルフの首を刎ねるとしよう。私がここでもたもたしている間に、騎士団達はより多くの戦力を動員してくるのは確実だ。
クロエやシオンの為にも、無為に時間を浪費する訳にはいかない。
そう内心で結論づけた私が行動を開始しようとした瞬間。突然私の方に向かって、シオンが駆け出してきた。
通常の精神状態ではなかった私は、シオンのその行動の意味を理解できず、体が無意識の内に彼女へ魔剣を振るっていた。
「――え?」
私の体全体に温かく粘ついた液体がかかる。困惑の声が漏れる。何が起きたのか、状況を飲み込めていない。
先ほどまであれだけ渦巻いていた『怒り』は嘘のように掻き消えて、形容し難い不安のようなもので思考が埋め尽くすされる。
一切の行動が停止し、魔剣を握り締めていた両腕の力が緩み、地面に転がり落ちる。
そんな風に呆然としていた私の体が、正面から優しく抱きしめられた。
「……パトリシアちゃん。貴女がそれだけ追い詰められていることに気づいて上げられなくて、ごめんなさい」
「――あ。シオンさん――?」
私を抱擁してくれたのは、シオンであった。彼女は自分の身が魔剣によって傷つけられることも厭わずに、ベオウルフが殺されることがないように止めてきたのだ。
奇しくも今の私達の体勢は、グラスタウンで『破壊』の魔女として暴走しそうになったシオンを止めた時のものに酷似していた――立場がその時とは逆であるが。
――いや、そんなことよりも。
「……シオンさん。何で――」
「だからさっきも言ったでしょう? パトリシアちゃんにはこれ以上は人を殺してほしくないって。それに子供が困っているのなら、助けて上げるのが、大人としての当たり前のことだから。貴女のご両親の代わりにはなれないけど、私で良ければ存分に頼ってちょうだい」
「でも体に傷が――」
「それも気にしなくて大丈夫よ。私は魔女の前に、優秀な魔法使いなのよ。このぐらいの負傷なら、簡単に治せるから」
「……なら良かった」
シオンの優しさがただただ身に染みる。張り詰めていた緊張の糸が切れて、急激に睡魔が襲ってくる。何とかその睡魔に抗おうとしていると、シオンはこう言ってくれた。
「お疲れ様、パトリシアちゃん。後は私が上手くやっておくから、安心して休んでちょうだい」
「……うん」
その言葉に甘えて、私はシオンの腕の中で睡魔に身を委ねた。
■
「……うふふ。よっぽど疲れていたのね」
シオンの腕の中では、パトリシアが纏っていたそれまでの鬼気迫るような威圧感はまるで感じられず、見た目通りの子供らしく彼女は眠っていた。
そしてパトリシアの意識が落ちると同時に、彼女の魔法『ドミネート』の効果が切れ、森中に散っている『ハンター・ウルフ』の支配権が元の術者であるシオンのに戻る。
それでようやくシオンは、嫌でもパトリシアこそが突如として現れた魔女であると認めざるを得なかった。
先ほどのパトリシアとの会話で彼女自身が「権能の暴走により、魔女の力を得た」と言っていた。またあの闇属性の魔力は間違いなく、パトリシアから放出されていた。
それだけの現実を目の前に突きつけられても、シオンはパトリシアが自分と同じ魔女であるという事実を認めなくなかったのだ。
長い時間を生きているというのに、情けないと内心猛省していた。
(……パトリシアちゃんをここまで追い詰めたのは、私のようなもの。後始末はしっかりとしないとね)
腕の中で眠るパトリシアを新たに呼び出した『ハンター・ウルフ』の背に寝かせると、シオンは魔剣によって傷つけられた傷に回復魔法を施す。
しかしパトリシアが所持していた魔剣による傷は依然として存在しており、傷口からは出血が続いている。幸い死に至る程ではないことが救いだろうか。
(……やっぱり回復魔法の効果が薄いわ。それにしてもパトリシアちゃんったら、どこでこの魔剣を手に入れたのかしら? 悪魔さんによる権能の暴走って言ってたけど……。その辺は後で本人に確認しましょう)
回復魔法による最低限の処置を終えたシオンは、支配権が戻った『ハンター・ウルフ』の半数にクロエの護衛を引き続き任せて、残りの半数には至急この場にくるように命じた。
今のシオンの方には、これ以上事態をややこしくしたくない為、騎士団と争うつもりはない。
シオンはゆっくりと、事態の急な変化に若干着いていけていない片腕の騎士団員――ベオウルフの方に視線を向ける。視線を向けられていることを察したベオウルフは、瞬時に警戒体勢に入った。
その切り替えの早さに感心をしつつ、シオンは虚勢を見破られないように話を切り出した。
「――騎士団の方。少しお話に付き合って頂けませんか?」
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