第19話 十九話 グラスタウン①/楽しい買い物

「――ようこそ……は違うけど、ここがグラスタウンよ」



 シオンが街の名を告げる。グラスタウン。シオンの住処から一番近い距離に位置する、そこそこの規模の街になる。



 私達が『テレポート』してきた場所は、街の入り口付近だ。視界の先では、門番が一人一人簡単に身元を検めて、街へ入るのを許可していた。



 ゲームの時から思っていた疑問を、私はシオンに投げかけてみた。



「どうして、わざわざ離れた場所に転移するんですか? 街のど真ん中に転移すれば、余計な手間を省けるのに」

「それがそう言う訳にもいかないの。一応各街には『テレポート』を阻害する魔法がかけられているのよ。だって、あれでしょ? いくら使い手が少ないとは言っても、各国の軍にも『テレポート』が使える魔法使いは所属しているから、その対策としてね」



 シオンの話を聞いて、なるほどと思った。確かに『テレポート』のような距離という概念を無視する魔法があれば、戦争の基本は根底から覆ってしまう。

 それを防止する為の結界魔法が、あの街に施されていて、今回私達が現在の位置に転移してきた理由になるようだ。



「じゃあ、行きましょうか」



 シオンのその一言で私は思考を中断して、歩き出していた二人に追いかけた。





 特に問題なく門番のチェックを通り抜けた私達一行を、多くの人間が行き交うグラスタウンの街並みが出迎えた。



「ねえ! ねえ! パトリシア! 人がたくさんあるよ!? あっちのお店は何かな!?」

「えーと……何のお店だろう? 漂ってくる匂いから飲食店の類だと思うけど」



 元々は街暮らしであった『私』は見慣れている光景でも、滅多に村の外に出ることのなかったクロエは高い建造物や、様々な店に目を輝かせている。

 かくいう私も、前世の記憶を取り戻してから実際に見るのは初めてである。ゲームの時は街ごとに異なる背景イラストが用意されていたが、それはいくら綺麗であっても動きはなく、無機質な虚構に過ぎない。

 しかし今私の目の前に広がる人々の営みには、確かな温もり――『命』が宿っている。

 村での一件でこの世界を現実のものとして向き合っていこうという気持ちは芽生えていたが、その思いはより一層に強くなった。



(我も人間の営みを見るのは何年振りかしら? こうして見てみると、中々味わい深いものね)



 『前借りの悪魔』がそう呟いた。『闇の鎮魂歌』の悪魔は異世界の存在で、人間と関わる機会はほぼないに等しい。このような光景を見るのが、悪魔にとっては珍しいのだろう。



 本編中に登場する悪魔は、二周目以降のお助けキャラクターとして存在するが、契約しても主人公であるクロエに貸し出すのは権能のみ。

 私が契約している『前借りの悪魔』のように、契約者にずっと憑いて回る悪魔が出てくることはなかった。



 三種三様な私達の様子を見て、シオンは大きくため息を吐いた。



「……貴女達のその様子だと、私の用事に付き合ってもらうのは難しそうね。……パトリシアちゃんに、クロエちゃん。そして悪魔さん。一旦ここで別れましょうか。私は持ってきた薬を卸しに行くから、貴女達は好きなお店を回ってきても構わないわよ。ただし他の人には迷惑をかけないこと。……貴女達なら心配はいらないでしょうけど」



 そう言ったシオンと、私達は反対の道を進んでいく。私もクロエも、先ほどからあちこちに視線が行ったり来たりしていた。

 それでも決して逸れることがないように、互いに片手をしっかりと握りしめていた。



「ねえ、パトリシア。このお店見ていかない?」

「いいけど……このお店は――」



 人混みをかき分けながら進んで行くと、クロエがとある店の前で止まる。私がクロエに手を引かれて、そっちの方に視線をやると、その店がアクセサリーの類を取り扱っている店舗だと理解できた。



「じゃあ、見てみようか」

「うん!」



 私達が店内に入ると、店長と思わしき中年男性が迎えてくれる。



「いらっしゃいませ。これはこれは……可愛らしいお嬢さん方だ」



 そんな発言を人の良さそうな笑みと一緒にする店主に、私達も元気よく挨拶を返した。



「元気が良いね、お嬢さん方。ゆっくりと見ていくと良いよ」



 そう言い終わると、店主は別の客の対応に回った。

 そして私は店頭から奥にかけて展示されている商品を一つずつ、クロエや『前借りの悪魔』と感想を述べながら見ていく。



 金や銀色のネックレスに、細かい細工の施されたリングやブレスレット等々。

 値札を見てみると、私達のような子供でも少し背伸びをすれば届くような値段もあれば、完全に別世に近いものもあった。



「これって……」



 他の客の迷惑にならない程度に談笑しながら、私達は品物を見ていく中、私の視線は一つの物に止まった。



 それは、黒色の蝶の形を模した髪留めであった。数多く置かれているアクセサリーの中で、何故かこの髪留めに目が惹かれてしまった。



 そんな私の様子に違和感を覚えたクロエは、私の傍に寄ってくる。



「パトリシア? どうかしたの? ……って、それが気になるの?」

「別にそういう訳じゃないんだけど……。どうしてだろう?」

「なら買っちゃえばいいんじゃない? すいません! この髪飾りと同じ物を二つ頂けませんか!」

「ちょっと!? クロエ!? まだ買うって決まった訳でもないのに――」



 私の静止の言葉を待たずして、クロエは先ほどの店長らしき人物を呼びつけた。

 そしてそのまま買おうとする彼女に声をかけようとした所を、『前借りの悪魔』に止められた。



(せっかくのクロエちゃんの好意を無駄にしても良いのかしら? それに契約者様も無意識の内に惹かれていたんでしょう? お揃いで良いと思うけど)



 私達以外には聞こえない声に、私は従うことにした。

 ニコニコと両手に件の髪飾りを持ったクロエの傍に行こうとした時。



「――いやぁ、そこの君。一人かい? 良かったら、今から僕のお屋敷にでも来ないかい?」



 ――クロエの肩に馴れ馴れしく右手を置き、気色の悪い笑みを浮かべて、彼女に声をかける不審者の姿が一つあった。



 私の中でぶちり、と何か大切なものが千切れる音がした。

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