第28話 カラス

 千田実清邸せんださねきよ 夜明け前


 月は、80%程満ちている。

葉山翔子は、実清の性欲を満たし、役目を終え窓辺に立つ。

 翔子は、『もう、やめにしよう』そう考えていた。

 刃物は、食事の際に出された果物ナイフを隠し持っていたが、強行に歯止めをかけていたのは、他ならぬ来人の存在である。

 もし自分が逃げ出せても、来人の元に帰れたとしても、


 〝また狙われる〟


 翔子は、ふと月を横切る一羽のカラスを目にする。

 さりげなく右手を出し、〝こっちへおいで〟と念じる。

 カラスは、2度旋回し、翔子のいる窓辺へ着陸した。

 翔子は、小さな声でカラスに囁く。


〝私の言うこと解る?〟

カラスは、首を左右に降り大きく羽を広げた。

 〝一度、空を舞ってお戻り〟

翔子の右手が微かに光り、カラスは羽ばたき、月の前で一度宙返りをして、また翔子の元へ帰る。


 〝私のお願い聞いて〟


 翔子は、耳の片側のピアスを外す。

そのピアスは、来人が初めての誕生日にくれたものであった。

翔子は、左手に巻いてある包帯をちぎり、カラスにピアスを巻き付ける。


 〝飛んで!西の方へ、佐倉来人の元へ〟


翔子の右手は、光り、カラスの足に巻かれた包帯が光を帯びる。


 〝伝えて、私は生きていると〟


カラスは、一度〝カー〟と鳴き、夜明け間近の西の空へ飛び立った。


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