戦うな、飲尿した感想はぬるい

 その対象となるものは各個人によって違う。だから、何に対して決起けっきするのかをひと言ではあらわせない。

 それこそが、高見の家で開かれる『決起集会』だ。


 ある者は社会に、ある者は自身の人生に、ある者は離婚秒読みの両親に対して、するための飲み会である。

 こんな無意味なことが毎月一回は高見の家で開かれる。高見家が会場となる理由は、いきなり宿無しになった浜岡を迎え入れられるほど家がでかいからだ。

 今回の浜岡の決起内容は多くて大きい。壊れたアパートと、そこで死んだ人に関するものだけでは足りない。母や仲間を殺したことのマイナスをプラスに変えるためにも、色んなことに思いを馳せるのだ。

 明日からも前を向いて生きていくと、この缶チューハイに誓おうではないか。


「おろ? 浜岡は端っこでジュースみたいなの飲んでんだな」


 トイレから帰って来るなり、高見はご機嫌に話しかけてきた。


「しょうがねぇだろ。目覚めたら、すぐに話したい相手がいるからな」


 浜岡の傍らでは、ケニーがいびきをかいて眠っている。

 酔い潰れたわけではない。母である灯里との死闘直後に浜岡の前に現れたときから、ケニーはずっと眠っているのだ。


「ワンチャン、キスしたら、目覚めるかもしれねぇから、試してみ?」


「最初の乾杯の時に喋って以来だけど、ずいぶんと酔っ払ってるな」


 高見と入れ替わりにトイレに駆け込んだ奴にぶつかられても、高見はくるくるとまわりながら楽しそうだ。

 決起集会は、乾杯から数分も経てば、仲のいいものたちで集まるのが通例だ。場所を提供している高見は、グループ分けされた全てに顔を出している。だから、浜岡のところに来た頃には酔っ払いになっていても仕方がない。

 普段の決起集会でも、高見が声をかければ、彼と同じく禁呪退魔局神衛隊キンタマンのメンバーの何名かや一般人のクラスメイトなども参加するので、十五、六人は少なくとも集まる。

 今日集まった人数は三〇名近い。この人数は、普段よりも倍近く多いのだ。


「きいてくれよ、浜岡。ビタミン! ミネラル! 微炭酸! のマッチで割ったら、アルコール度数の高い酒でも美味くなるから、飲みすぎちまってよ」


「高見が紙コップでなんかつくって飲んでるなぁって思ってたけど、そんなオリジナルの飲み物をつくってたのかよ」


「それよか、禁呪退魔局神衛隊の八人衆とは話したか?」


「一通りの顔合わせは、お前で終わりだよ。わざわざ、みんな挨拶しにきてくれて助かった」


 以前から、顔だけは知っていた連中が、実は禁呪退魔局神衛隊の八人衆と知り驚く一夜となった。なんとか納得をした浜岡ではあるが、さすがに今日で全員を仲間と思うほど、おめでたい頭ではない。

 せいぜい、メンバー全員との挨拶は済ませたので、顔見知り以上の関係になれたぐらいだろう。

 最後のメンバーとして浜岡の前にやってきたのは高見だ。昔から仲が良かったので、あらためて挨拶という流れにはならない。


「だったら浜岡よ。野郎ばっかりが集まってくるのに飽きた頃じゃないか? あそこの女子ゾーンに行ったらどうだ?」


 鶖を中心に女子が集まっている。

 華やいでいる空間に、一人の浮かれた男が混じっているので目立っていた。

 自己紹介してもらったので、かろうじて名前は覚えている。キンタマライムグリーンの井筒なんとかだ。すでに下の名前を忘れた男は、高見よりも浮かれていた。


「信じてねぇみたいだな。だったら、いまから俺の能力をみせてやるよ」


 井筒の酔っ払い特有の大声に、高見は飲んでいた酒を吹き出す。


「まずいぞ、浜岡。鶖の周りにいる女子たちって、能力とは無縁の生活を送ってるはずだからよ」


「慌てなくても、大丈夫だろ。比下納寺さんから、灯里粒子あかりりゅうしの話はきいただろ?」


「灯里粒子? ああ、なんか言ってたな。ここら一帯に撒き散ってるかなんかで、なんか不都合があるんだっけか?」


「もしかして、比下納寺さんの話だから、あんまり本気できいてなかったのか?」


「だって、あいつ。おれら八人衆が死んだことにも気づかないまま消滅して、蘇ったとか言ったんだぜ? 酒飲む前に言ったってのが重要だ」


「八人衆の実力は折り紙つきってのは、なんとなくわかる。でも、それは能力があってこそなんじゃねぇのか?」


「そりゃまぁ、言っちまえばそうなるかもな。で? なにが言いたいのかわからんぞ。井筒を止めない理由になるのか?」


「トライ・メタル!」


 変身時の掛け声らしきものを井筒は叫んだが、不思議なことは何一つ起きなかった。

 それでも、井筒のポーズと必死さがツボに入ったのか、女子の一人は手を叩いて喜んでいる。今日、新たなカップルがうまれる予感がした。


「なんだ。井筒の悪ふざけかよ。びびらせやがってからに」


「そうではないぞ、高見。どうやら本当に能力が使えなくなっているようじゃ。ワシなんか、いつもより倦怠感があるせいで、すでに眠くてかなわんぞ」


 若者が多い決起集会において、場違い感のある腰の曲がった爺さんが、突然現れた――ように感じるほど、気配を断っての接近がうまい。まさに達人だ。


「浅倉の爺さんの能力って、常時発動してるタイプでしたよね?」


「そうじゃ。身体を強化しておいて、浅倉流を使っておるぞ。もっとも、浅倉流を極めておれば、そもそも身体強化せずとも最強だから、あまり関係ないがのう」


 高見の質問に答えると、浅倉は壁に手をつきながら座る。壁に背中を預けて座っている浜岡の隣で、「どっこいせー、ふー」といちいちやかましい。


「強がってますけど、いつもよりなんつーか、お爺ちゃんですよ」


「もう少し、言葉を選ばんか、バカタレい」


「すいません」


「しかしまぁ。高見の言う通りで、ワシが老い先短いクソジジイといのも事実じゃ。だから、一度死んだのなら、そのまま召されても良かったのだがのお。生き残るべきは、ワシなんかよりも、浜岡君の母親だったろうに」


 浜岡と浅倉・キャプテン・フォン・ファーザーの出会いは、活を入れられて気絶から起こされるというものだった。だから印象としては、武術の達人のこわい老人というものである。

 だが、そのイメージを上書きするかのように、今度は優しく背中をさすってくれる。


「気絶から目覚めるための力が、今回も注入された気がしたんですけど。でも、能力が使えないはずだから、俺の気のせいですかね」


「ホッホッホッ、それこそが浅倉流の片鱗よ。高見のように変身する必要もない力だからのお。ほれ、あいつまたやろうとしてるぞ」


「もう一回、次こそは。みてろよ。トライ・メタル!!」


 井筒の二度目の変身も失敗。そこで終わればいいのに、奴の瞳は諦めを知らない。


「なんか、うまいこと変身できねぇんだ。でも、このまま引き下がれねぇから、紅露が例のでかいブレードをつくっちゃくれねぇか? 俺のリニア用の武器だよ、武器」


 男三人で静かに呑んでいた紅露は、苦々しく笑う。さすがに、助けにいかねばと、高見は飛び出していった。


「可能性が一%でもあれば諦めない井筒の姿勢は嫌いじゃないぞ。この前だって、こんなことがあったよな」


 横入りしてきた高見のトークを中心に、二つのグループが合流してのみはじめた。うまいこと、井筒の変身への興味を削いでいる。


「なんだかんだで紅露も時空剣をつくるのを拒否した形になって、一安心した顔だのお。能力発動を避けたがるとは、あいつらみんな比下納寺が言っていたことを信じていないのか――若い連中は、もう少し年上を敬うべきだと思わんかのお、浜岡くん?」


「そういえば、比下納寺さんと浅倉さんと、香宮シンフォニィさん以外は、八人衆って若そうですね」


「八人のうち四人が現役高校生になるのお。成人組の四人目は、あそこのミッドナイトパープルじゃ。たしか、比下納寺と同年代だったかのお」


 浅倉が指さしたのは、顔をミッドナイトパープル色のフルフェイスヘルメットで隠している男だ。


「おっと、ミッドナイトパープルの年齢の話は秘密で頼むぞ。そもそも、あいつの能力が使えるなら、この話もきこえていたはずだがのお――」


 何か反応がないか黙って見守っている。どうやらミッドナイトパープルは、酒よりも食い物が欲しいタイプというのがわかってきた。


「自慢の索敵は本当に使えないみたいだのお。奴が能力を使うと、サイバーチックにフルフェイスヘルメットが内側から光ってカッコいいのだぞ」


「残念ながら、灯里粒子の能力封印の力は本物で、しばらくのあいだはカッコいいのは拝めないようで」


 若い連中に溶け込もうとする気がないミッドナイトパープルと対称的なのが比下納寺だ。

 もしかして、あのおじさんは、女子高生の恋人をつくりに来ているのかもしれない。そんな風に疑うほどガツガツしている。


「ねぇ、みなさん。この紙コップに入っている泡のあるビール誰のですか?」


 高見だって話に絡んでいく際の切り出し方が満点だったわけではない。だが、比下納寺は、比較にならないほどにひどすぎる。


「誰のものでもないのなら、飲みますよー」


 残念ながら、比下納寺は誰からも無視されていた。


「ん? 煙草のにおいがするぞ。買い出し組が戻ってきたかのお?」


 浅倉までもが、別のことに気をとられたようだ。

 嗅覚も常人以上のようで、しばらくするとドアが開いた。コンビニ袋を両手に提げた香宮シンフォニィが、戻ってきたのだ。

 ライブでとんでもない人数を集められる男を、平気でおつかいさせるのも、決起集会の醍醐味だ。

 シンフォニィは両手が塞がっている状態で、咥え煙草を口から飛ばす。浅倉がなにげなく動かした空き缶の飲み口の中に、吸い殻はスポッとおさまった。


「さすがですね、浅倉さん。時空剣が使用できず、行き帰りに時間がかかったので、能力は使えなくなったと思っていたのですがね」


「これぐらい、浅倉を名乗ってジジイまで長生きしてたら、能力がなくとも出来て当然よ」


「やはり、時空剣が使えないのは間違いないと。では、今日は誰かにトイレを占領されるのは避けねばなりませんね」


「ああ、いつもの謎の小便の処理ができんからのお」


 浜岡が不思議がっているのに気づき、シンフォニィはニカッと笑ってくれる。


「実はね。毎回トイレが混みだすと、紙コップに小便を出す人がいるんだよ。ライブでナカユビタテローと煽ってる私からしてみても、かなりロックな人が決起集会の常連の中にいるみたいだ」


「ロックって言葉で済ませていいの? しかも、その口ぶりだと常習犯ってこと?」


「女の子の可能性も捨てきれないから、あえて誰が小便をしているのか個人の特定は避けているからのお。つまり、犯人は複数いる可能性だってあるぞ」


「一人で胸焼けしそうなんですけど」


 紙コップに小便。

 それがどうしたと慣れてしまうほどに、二人にとってはいつものことという雰囲気がこわかった。あるいは八人衆たるもの、状況によっては小便をすすってでも生き残る集団なのかもしれない。


「しかし、決起集会によく参加する浜岡くんが、紙コップ小便に気づいてないようで安心じゃ。発覚する前に、時空間に穴を開けてトイレに捨てていられたってことだからのお」


「時空間に穴ってワープのことですよね。そんな能力を小便捨てるために使ってたなんて知りませんでした――でも、今日はその手は使えないんですよね。もし見つけたら、俺がなんとかします。物質変換能力でビールに変えますから任せてください」


「まるで、浜岡くんの能力は使えるみたいな口ぶりだね?」


「はい。そこで眠ってる、俺の兄って名乗ったやつのも使えるみたいでした」


 ケニーをみて、シンフォニィは何かを言おうとしてやめたようだった。あえて話を流すように、浅倉は鼻をならす。


「ん? よくよく嗅いでみたら、すでに小便のにおいがしてるぞ。どこじゃ?」


 シンフォニィが帰ってくる前に煙草のにおいを言い当てた浅倉の嗅覚だから、冗談ではすまない状況になってきた。


「わかったぞ。比下納寺が持っている紙コップじゃ」


 人生が一発書きだから、推敲が出来ない。もし推敲できたならば、くだらないセリフをどこか削って、その分の時間を短縮することで、比下納寺が紙コップの液体を飲むのを止めれれていただろう。

 わずかの差で、ゴクゴクと比下納寺は飲んでいた。

 飲尿したにしては、どこかケロッとしている。


「もしかして、高見がブレンドしたお酒でしたかね? ビールと思って飲んだのですが、いま思えば、あの色はマッチで割った可能性もありますね」


 黄色いならば、小便の可能性もあるって話だが、浜岡と浅倉とシンフォニィは黙ったままだ。三人で秘密を共有することで、ただ挨拶を済ませた他の八人衆よりも距離が縮まったように感じていた。


「でも、マッチで割ったにしては、味が変でした。においもくさく、喉が熱くなる感覚もありまして」


 それが、小便の味なのかわからない。本当にマッチで割った酒の可能性もある。


「比下納寺さん、美味くないんだったら捨てろよ」


「そうですね。ぬるくてのめたものではありませんので、氷でもいれてみます」


 冷たかったら、美味しく飲めるというのか。

 そんなことを言ってしまうほど、比下納寺は酔っ払ってわけがわからなくなっているのだ。

 そろそろ決起集会を、お開きにすべき頃合いかもしれない。ケニーが眠ったままだったのが、残念でならないが。


 比下納寺が氷とりにいった隙をついて、浜岡は中身を確認することなく、問題の紙コップをこの世から消した。

 あとで、能力を使用したことを高見を通じて、退魔局に報告する必要があるので、無茶苦茶面倒なことになると言われていたのに。

 真実を闇に葬るのに夢中だった。

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