第39話 人喰いチューリップの謎(2)
チューリップ、ユリ科の植物。
有名なのはオランダだが原産地は中央アジアから北アフリカ。十六世紀ごろ、オスマン帝国からヨーロッパに種子や球根がもたらされる。
独特の花弁と鮮やかな色合いから一気に人気が爆発。品種改良を繰り返され、現在の多種多様な花色と花の形が生まれた。
「全く不思議な花です。弟はこの花を増やして数年後、違った色どうしをかけあわせ、新しい品種を作り出そうとしたのです。そこで予想外のことが起きました」
伯爵は思い出を呼び起こしながらとつとつと語る。
「予想外とは?」
キルシュは質問する。
「赤と黄色の花をかけあわせたのです。それならば、できる色は二色が混ざり合ったオレンジになりませんか? あるいはどちらかの色になるとか、どちらかの色をベースにもう一つの色が差し色のようにでるとか、そういったのを予想するでしょう。でも、そのどれでもなかった。全く違う色の花が咲いたのです」
チューリップは昔から品種改良が繰り返されてきた。
それゆえ、表に現れる花の色や形とは違う遺伝子が潜んでいる場合があり、かけあわせても、すんなり親の形態が出るとは限らない。
「それから、弟はさらに熱中しましてね。いやはや罪作りな花ですよ」
地球の歴史でも『チューリップバブル』という、品種改良の繰り返されたチューリップの球根が投機の対象にされた時期があった。『罪作り』とは言いえて妙だ。全財産をつぎ込むほど熱中する人たちが出たが、この星でもそんな人がいたとは……。
「あげくのはてに、ああ、あの老婦人から球根をもらったりしなければ……」
伯爵がそれを自分たち兄弟にくれたエマにまで恨み節を見せる。なるほどキルシュが目配せで止めた理由が分かった。
ここで私が彼女が作ったエマガーデンの責任者だと言えば一体どうなったのか?
「それで弟さんはいったい何を……?」
私は質問しようとする。早く本題に入ってほしいのだが、伯爵の沈痛な面持ちをみて言い淀んでしまった。
魔物と瘴気の関係は王都の施設でも研究がされているらしいが、非常に扱いが難しいものであり、個人が無許可で行うなどご法度だ。それを行った人間には極めて厳しい罰、場合によっては極刑もあり得るほどの重罪である。
その可能性もあることに、兄である伯爵は胸を痛めているのだろう。
ただ、有名な子供向けの歌にも使われるような無害でかわいらしい花をどう扱えばこんな大ごとになるのか?
「ミヤ、そろそろおいとまいたしましょう。お邪魔しました、伯爵」
これ以上、新たな話は出てこないと悟ったキルシュが私を促した。
「よろしくお願いします」
伯爵は小さな声で言いながら、私たちに頭を下げていた。
「ごめんなさいね、驚いたでしょ、あなた方のダンジョンの創業主のことまで出てきて、ミヤ。あの人も……」
馬車に乗り込むやいなやキルシュが私に謝罪する。
「伯爵も弟さんが心配だからですよね。私はエマという人には会ったことないし、それよりこれから?」
「あと一時間もしたら日が暮れるし、現場には明日向かいましょう」
キルシュはそういって、私を宿へと連れて行った。そこは前にリンデンに連れていかれた時も泊まったところだ。組合と提携しているらしく、こじんまりしているが清潔で他のホテルに比べるとシングルルームが多い。日本でいうところのビジネスホテルに近いかな。宿泊費は組合が出してくれる。
「荷物をおいたら食事に行きましょうか。それも組合から出すから心配しないで」
キルシュはそういって宿泊施設のフロントで待ってくれた。
連れていかれた店はおしゃれなイタリアンレストランのような店。フランス料理のフルコースほど格式張ってはいないが、こんな店に来るのは久々である。
「あの、こんな格好でよかったのですか? 私、日帰りの予定だったから着替えを持ってこないでそのままの服装で……」
「大丈夫よ、気取らない店だから。何食べる?」
宙に浮かんだメニューを見たが、半分くらい聞いたことのない料理名だ。
「お任せコースで行きましょうか?」
私の様子を見て察したキルシュが言い、私も了承した。
前菜としてまず三種、白身魚のカルパッチョとベビーリーフと人参のサラダ、生ハムのブルスケッタ。イタリアンと言えばティミヤンでよくいく『ガルネーネ』もパスタもあるからそうと言えるが、見た目よりボリューム重視なのよね。冒険者がよく使う門のすぐそばの店だからそうなってるんだろうけどね。
次にパスタの皿。
やはりガルネーネと違って見た目重視。ボリュームは向こうの方が上だけど。
この日は春が旬の花野菜、ブロッコリーやカリフラワーをそえたペペロン風味。ガルネーネの味も好きだけどこっちは繊細。
さらにメインは鶏肉のロースト。こんがりとした皮からあふれる肉汁。その肉汁が混ざったソースを添えられたジャガイモにも吸わせて十分堪能。
そのあとはエスプレッソとティラミス。前世の地球にあった味がちゃんと再現されていた。
「ここは王都で最も味の良い店の一つで接待によく使うところなの。女性二人だから、ボリュームを抑えた『簡単お任せコース』にしたけど足りたかしら? もっと高いコースだとチーズやサラダ、スープも付いていたんだけど……」
「いえ、充分です! おなかいっぱいです、大満足です」
こちらの満足度をうかがうキルシュに私は慌てて返答。
これだけしてもらえて役に立たなかったらどうしよう?
食事の満足度が上がると同時に先の不安も膨れ上がるのだった。
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