5章 Twitterと焼肉と装甲手袋(4)
ファストフード店にて。
俺が珈琲を飲み終える頃、店内アナウンスが流れた。
――――本日はご来店ありがとうございますです! 現在、当店はキャンペーンを実施しておりまして、対象の商品をご購入頂くと、今なら当店オリジナルのキーホルダーがついてきます!
心音が反応する。
「……あの、私もお腹減ったので何か買ってもいいですか?」
「ああ勿論だ! 何でも食えよ」
数時間ぶりに心音とまともな会話ができ、俺は少し嬉しくなる。
レジでハンバーガーを注文、心音がトレイで品物を受け取る。例のキャンペーン対象らしく、キーホルダーがついてくる。
細長い煙草のような形状で、黒い線でニコニコマークみたいな目と口の描かれたキーホルダーだ。
「なにそれ。どういうデザインなんだよ」
俺が感想を口にすると、心音が反論する。
「可愛いと思いますけど」
「そうか? 俺には全くそうは思えないが」
「それは貴方がそう思うってだけの話ですよね」
……ん?
なんか心音が強気に戻った気がする……。
まぁいいや。確かに人それぞれ趣味がある。
とにかく心音が喜ぶなら、それでいいと思う。
◆
「やったー! 上手くいきましたです!」
心音がキーホルダーをポケットに入れるのを見て、由岐が大歓声をあげる。
いま心音が入手したキーホルダーは、スティンガーという単発式の小型拳銃、要するに煙草サイズの暗器だ。
碧達のいるファストフード店は偶然にも、源氏ホールディングスと取引のある先であった。そのため会社経由で圧力をかけて店のバックヤードに部下の黒服達が入り、強引にキャンペーン中という事にして、由岐の声の店内アナウンスを流したのだ。
……心音なら、妹の声を聴けば勘づくだろう。
そんな計画であったが、首尾良く成功したようだ。
後は隙を見て心音が碧に致命傷を負わせれば終わりだ。心音は戦闘能力も高く問題なく実行できるだろう……という考えだった。
と、ここで坊主頭の黒服のスマホが鳴る。
坊主頭の黒服はスマホの画面を見て、口を開く。
「……若紫様に同行してる奴らから連絡だ。若紫様、これからニューヨークを発つらしい」
煙草の黒服が、煙を吐く。
「今ニューヨークってことは成田への到着は十七時間後ぐらいか……。ひょっとして、ひょっとすると、何とか間に合いそうか……?」
その疑問符に、坊主頭、天然パーマの黒服幹部達は揃って首肯する。
若紫が帰国する前に碧から心音を奪還、そして若紫に土下座して謝る。それが最良の選択と思われた。
首の皮一枚で、命が繋がるかもしれない。
幹部黒服達の目には、そんな希望が灯っていた。
◆
夜が訪れる。
結局、今日一日東京を歩き回ったものの、誰からも殺人予告は来なかった。露骨に避けられている。
……明日からどうするか。まぁ明日、起きて考えよう。
俺は眠かった。そろそろ限界である。
俺は欠伸をしながらビジネスホテルに戻ると、今まさに手錠を外して脱走しようとしていたカッター男、長身の女と鉢合わせとなった。
お互いに「あ」という声が出る。
いや、どうやって手錠を外したんだコイツ。
問答無用でスタンロッドの一撃を叩き込み、俺はもう一度手錠で拘束した。
一仕事終えて、俺はそのままベッドに横になる。
手錠で繋がっているため、心音と一緒に寝る形となるがこれはもうどうしようもない。
俺は心音に言う。
「朝まで寝るから。何かあったら起こしてくれ」
「あ、はい」
「あとそれと。ポケットにある昼間のキーホルダー、あれまだ使ってないから俺も何もしないが。変な気を起こそうとするなよ」
心音が息を呑んだ。
沈黙を挟んだ後に、心音が口を開く。
「……なんで、解ったんですか?」
俺は鼻で笑う。
「昼間、店を出た辺りから露骨に瞬きが増えた、視線が泳ぐようになった、呼吸の回数が増えた、あと口調が変わった……なんていうか企んでるのがバレバレなんだよ。名探偵の俺を殺そうとするなんて百年早い。没収だ。早く出せ」
ちなみに裏はしっかりと取ってある。
心音の変化に気づいた俺は、杏にファストフード店の監視カメラの映像を確認してもらった。すると店のバックヤードのカメラに、しっかりデスゲーム運営と思われる黒服達が確認できた。となると、店頭で心音が受け取ったものは怪しい。
俺は心音からキーホルダーを没収する。
予想通り、それは暗器だった。超小型の拳銃である。
スティンガー、シガレット・ガンと呼ばれる代物だ。
第二次世界大戦でイギリスの諜報機関が開発したもので、昔、俺が解決した密室殺人事件でこれを使った犯人がいた。
茫然自失としている心音に、俺は言う。
「直球な話、心音は殺人犯の才能が全くねーよ。まだ今のカッター男のほうが才能ある」
しばらくして心音が声を絞り出す。
「……才能才能って、一体なんなんですか。これじゃあ本当に、才能のない人間はどれだけ努力しても貴方に勝てないみたいじゃないですか……。貴方に解らないことは何もないって言うんですか……?」
そうだよ、この凡人が……と言いかけて言葉を飲み込む。心音が涙目になっていた。
いや何で泣くんだよ。泣きたいのはこっちだよ。
あーもう、凄いやりにくい……。
心音の今の発言には、間違いがある。
俺は確かに天才だが全知全能ではなく、解らないことは沢山ある。例えば今、心音がなんで泣いているのか解らない。
俺は頬を掻きながら聞く。
「あのさ、一つ教えてほしいんだけど。最初にも言ったけど。俺はお前に危害を加えるつもりはないし、デスゲームが終わったら普通に解放してやるって約束もしている。どうしてここにきて俺を殺そうとしたんだ?」
「……それは、貴方が手袋を投げて寄越すから。殺される前に、私も貴方を殺すしかないと思って……」
「あ? なにそれ。俺は普通に誕生日プレゼントのつもりだったんだが」
「……はい? 私と決闘するつもりだったのでは?」
「どうしてそこで、そんな話になるんだよ。意味わからん」
よくわからないが壮絶な勘違いをされていたらしい。
だからさ、これだから他人と関わるのは嫌なんだよ。
心音が目を点にする。
「意味分からないのはこっちです。普通、女の子への誕生日プレゼントで装飾剣と装甲手袋なんて贈りますか?」
「いや。俺だったらもらって嬉しいから、心音も喜ぶだろうと思って……」
「貴方、馬鹿では?」
「うるせえな。俺はコミュ力のない引き籠もりなんだから、仕方ないだろ。さっきのやつ、いらなかったら俺がもらうから置いとけ。もういい、俺は寝るからな」
どうやら装飾剣のプレゼントも失敗だったらしい。
なんてこった、めちゃくちゃ考えたのに……。
深い悲しみに包まれた俺は、そのまま不貞寝する。
少しして心音が言う。
「……あの。あれ、私の誕生日プレゼントだったんですね。なんていうか、ありがとうございます……」
こういう時、どんな顔をすれば良いのか解らず、俺はそのまま寝たふりをして何も答えなかった。
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