第63話 浮野の戦い 四の段
信長の下に、信清、前野らの軍勢が近づいていることを伝える伝令がたどり着いた頃、浮野城を攻める丹羽長秀とそれを援護する橋本一巴の鉄砲隊は、浮野城を落とした。
もともとが、城というよりは砦と言った程度の防衛施設である。そこにこもる兵も百名足らず。
岩倉城からきた本隊を襲った謎の轟音と煙を出す兵器を遠目に見ていた守備兵たちは、その兵器が自分達に向けられたのに恐怖していた。
しかも、轟音と煙が立ち上る度に、城にこもる味方が倒れ、息絶え、あるいは負傷していく姿を見ると、その戦意を喪失するのは止む得ないと言うべきであろう。
そして、そこに丹羽長秀率いる一隊が再び全力で攻めかかると、城兵のほとんどは降伏、あるいは逃亡する有り様であった。
「一巴殿、ご助力ありがたし」
浮野城の本丸とおぼしき建て屋にて、丹羽長秀は、橋本一巴に素直に頭を下げていた。
「いやいや、丹羽殿の指揮が良かったのでござろうよ」
お互い、謙遜できるくらいには大人な二人である。
「本来なら、共にこの城を奪い返されないよう、守るのが筋なれど、信長さまより、城を落としたら、すぐに岩倉勢を攻めるのを助けよと申し付けられておる。大変申し訳ないが、城の守備を一巴殿の鉄砲隊に任せてよかろうか?」
主君の命に従うため仕方なしと言うような口ぶりであるが、明らかに岩倉勢を攻めたい気持ちが丹羽長秀から漏れているのを感じ取った一巴は、すぐに承諾する。
「城の守備、承った。殿のお側でご存分に活躍いたしてくるがよかろう」
「あいすまぬ」
今一度、頭を下げた丹羽長秀は、周りの兵を取りまとめると、岩倉勢を攻める信長の元に急ぐ。
「あれが、若さか」
一巴は、鉄砲の腕を請われて信長に仕えることになった自分と、丹羽長秀のような若い頃から信長に仕え、信長の描く未来に自分の未来も託す若者達との違いを見た気がした。
少し苦笑し、首を振ると、気を引き締め、配下の鉄砲隊に指示をだし始める。
浮野城を出ていく丹羽長秀の手勢を見送りながら、橋本一巴は呟く。
「信長さまが今川義元のように海道一の弓取りと言われれば、それがしも、信長さまの鉄砲頭として天下に名を知られるやも知れんな」
そう思うと、丹羽長秀達とは違う、功名心という理由で信長の勢力拡大に助力するのも良いと思えてくるのだった。
丹羽長秀の部隊が浮野城を出て、信長本隊の救援に向かおうとしている頃、信長本隊は、じわりじわりと押されて、浮野城の方向に下がってきた。
信長本人も雑兵を打ち取り、叱咤激励しながらの奮戦していたが、精鋭の信長の馬廻りにも、死傷者が出始めていた。
信長にも焦りの色が出始めたその時、待っていた援軍が北方から、ついに、ついに来た。
犬山勢、前野勢は、信長の指示通り、陣を組むことなく、織田信清率いる騎馬隊を先頭に岩倉勢の右側面に攻めかかる。
まさに柔らかい脇腹に横槍を入れた状態である。
戦国時代の馬は、現代のサラブレッドのようなものではなく、現代ではポニーといって良いようなサイズの木曽馬である。
しかしながら、その速度、機動力や突進力、高さによる優位等によって形成される衝撃力は、乱戦状態の足軽達にとっては、あまりにも大きいと言わざるを得ない。
そして、岩倉勢にとってさらに衝撃だったのは、浮野城から出撃してきた部隊が、味方ではなく、既に城を落としたら丹羽長秀の部隊であったことだった。
岩倉勢としては、浮野城の救援に来た形であり、信長軍を野戦で徐々に押しているところで、浮野城の城兵が打って出てくれたものだと思っていた。
しかし、現実には丹羽長秀の部隊が後退しつつある信長本隊を救うために、岩倉勢の左側面に攻めかかったのだった。
そして、全くの偶然であるが、ここに岩倉勢に対し、信長軍の両翼包囲陣形が完成する。
中央で後退しつつも、奮戦する信長軍本隊2000弱。
信長から見て左翼に移動に水運を利用したまだ疲れていない織田信清、広良兄弟率いる犬山勢と前野宗康率いる川並衆1000ほど。
信長から見て右翼に小勢なれど、浮野城を落とし勢いに乗る丹羽長秀の部隊100前後。
カンナエの戦い以来、完成させることができさえば、多少兵力が劣っていても、兵力に勝る敵勢を殲滅することすら可能な両翼包囲陣形である。
しかも、信長軍と犬山勢を合わせた兵力は岩倉勢とほぼ同数の3000。
移動の疲労はあるものの無傷の犬山勢の加勢により、信長軍の士気は、劇的に回復。
主君を救わんと浮野城から駆けつけた丹羽長秀隊の奮戦する姿に鼓舞されて、ここに攻守は完全に逆転した。
今まで数の有利を信じて戦ってきた岩倉勢だが、左右から表れた敵の新手にその側面を突かれ、兵は鉄砲を撃ちかけられた時以来二度目の恐慌をきたす。
そして、織田信賢のもとに家老討ち死の一報が入り、前方での苦戦の様子も伝わって来る。
信賢は、策をもって父信安、弟信家を追放することはできたが、戦場に立つことはなかった人物である。
信頼する家老の討ち死の報を聞くと、自分で指揮する事など考えず、すぐに退却の指示を出す。
退却の命令を聞いた上、主君が城へと逃げ帰る様子を見た兵達は我先にと逃げ始める。
こうなると総崩れである。
だが、そんななか、岩倉城一の弓の使い手、林弥七郎だけは、退きながらも、まだ、自分の弓の腕をもってすれば逆転の可能性が有ること信じていたのだった。
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