信孝に「本能寺の変」のとばっちりで殺されてなんかいられません〜信澄公記〜
柳庵
第1話 俺、死んじゃいました。
世界は、神は、天使は、無慈悲で残酷だ。
あの日まで、「時間線」なんて概念とは関係なく生きてきた。
そして、あの日、あの時、あの場所にいなければ、ずっと関係なく生きていける、そのはずだった。
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「暑いな」
そう呟きながら額や首周りの汗を拭い、自宅から近県の山の中にある、先週契約した自分自身の土地、自分の山の方を見上げる。
あと四、五百メートル山道を歩けば自分の土地だ。
初めての一人キャンプを行い、次回の訪問の際に車を止められるように少し藪を切り開いて簡単な駐車場を作る。今回はまずはそこまでが目標だ。
都心から車で2時間ちょっと、そして徒歩15分の山登り、やっと自分の土地についた。キャンプ用品を入れたザックをおろし、あたりを見渡す。ここでプチ開拓しながら憧れのソロキャンプ、某アイドルの某鉄腕で脱兎のごとく走る番組みたいなことをしつつ、ソロキャンプ場を作る。
就職して4年、土地が馬鹿みたいに安い近県の山の中だからできた、自分の夢の場所。これからのことを考えると思わず笑みがこぼれる。
さて、まずは比較的平らな場所を整えようか。山刀を手に藪を払うこと数分。突然、周囲の山から地鳴りのような音が聞こえる。
「山鳴りだ!」
山鳴りは、地震や地滑りの前兆のはず。
逃げなきゃ。そう思い、とりあえず荷物をつかんで山を下りようとしたその瞬間、がくんと地面が揺れた。
「地震か!」
頭の中では「やばい!やばい!逃げろ!逃げろ!」と考えてはいるが、揺れで足が動かない。そして、目の前が、辺りが、真っ白になった。
目が覚めると、荷物は無く、真っ白い部屋の中にポツンと立っていた。
あ、死んだんだ。地震で起きた落石とか倒れてきた大木とかに押し潰されたのかな。
そんな風に考えながら、とりあえず辺りを見渡す。
「ふむ、気が付いたか」
直接頭の中に語り掛ける、低い、それでいて中性的な不思議な声。
「ここは我々の存在領域。君たちの認識でいえば、黄泉の入り口、ヴァルハラの前庭、はたまた煉獄、そんなところだ」
「黄泉?ヴァルハラ?煉獄?やはり、俺は死んだのか…」
「君が本来いた時間線での君の今後の個体としての活動は行えなくなった。故に、その時間線において君は死んだと言える。だが正確には、時間線から消失した、というのが正しい。」
「時間線?」
何を言っているんだ、この頭の中の声は。
「どうにも認識しづらいようだな、では我々も現身を用意し、その上で音声での会話という形式を行おう。人の子にはその方が認識しやすいだろうからな」
その直後、白い部屋に白い球体に大きな目と翼が付いた存在とその後ろに小柄な人型に翼が生えた白い存在が急に出現した。
「天使!となんだかすごそうななにか!」
「なんだかすごそうな何かとは失礼だな、人の子よ。私はこの時間線と周囲の次元の管理者、後ろにいる人の子が天使と呼んだ存在は私の機能の一部をコピーした下位管理ユニットだ。人の子の認識でいえば、とある一神教でYHWHといわれる存在と天使といわれる存在だ」
「キリスト教の神…。急に情報をぶち込まれすぎて、ちょっと何言ってるかわかりません」
「さて、そなたの神学的疑問を解消するような時間は無い。
君は、次元衝突を回避するために行われる時間線の保守管理業務に巻き込まれて、君が存在した時間線から消失した。君が体験した山鳴り、それが時間線の保守管理業務の一端だ。本来ならば、知的生命体がいない深山や深海で行うのだが、今回は残念なことに君が巻き込まれた。
我からすれば取るに足りない案件ではあるが、後ろの存在、天使級10598号の叱責と今後の教育を兼ねて、君に謝罪する。
元の時間線での君は完全に消失しているため、元には戻せない。
そこでだ。提案になるのだが、君を転生させ、そこで生きてもらうつもりだ。
ちなみに君が転生した時間線はメインの時間線の並行存在として動作を予定しており、メインの時間線からは切り離す。
転生による再度の生命活動、これが今回我にできる最大限の譲歩だ。
また、速やかに死を受け入れ、天国なり地獄なりに移行してもらってもいい」
一気に情報が会話として耳で聞こえるのと同時に頭の中に直接流れ込んでくる。
その情報量に頭痛と吐き気が引き起こされる。
「転生させるんですか?マスターユニット、人の子の時間で10年前に見たときは何もいなかったし、2-3年眺めても人の子が入ってくることがなかったから、いいかなぁって思ったんですがね。まさか、こんな人の子が吾の選んだ領域にいつの間にか入ってくるなんて、ねぇ」
「天使級10598号、以前に伝達した通り、人の子がいない点を選ぶというのは良い。しかしながら、我は深海や深山を選べと伝達したはず。人の子の住む領域からすぐそばを選んだのが、貴様の失策。人の子は、我々の予想を超えて地に満ちるものなのだ。
そして、我々の時間感覚と人の子の時間感覚は刹那と那由多の時ほど違う。
さて、天使級10598号、今回の失策についてだが、このものの転生と時間線の切り離し作業、分離した時間線の一時的保守管理が貴様の罰だ、しっかり行うように。
今後の時間線管理の練習だと思って反省しつつ、励むがよい」
励むがよいと聞こえたその瞬間、白い羽付き眼球球体は、自分の目の前から消えた。
「はぁ、やむを得まい。人の子、転生業務に入る。何か希望はあるか?」
なんつうか、この小柄な天使っぽい奴、天使級10598号、口調が雑。さっきのYHWHって呼ばれているって名乗ったすごそうな存在と比べると圧も存在も口調も軽すぎる。
「希望?」
「そぅ、希望だ。」
「同じ日本に転生はできるのか?」
「可能だな。しかし、まったく同じ時間線のまったく同じ領域には無理だ。同じ領域に転生するなら人の子時間で300-400年分はさかのぼってもらわないと、時間線の切り離し業務に支障がでるからな」
「300-400年か…、2021年からだと、1721年くらいが直近、出来れば1621年以前ということだな」
元禄の頃から江戸時代初期が最も近い転生できる時間てことかぁ…
「そうなるな」
「ちなみに特定の人間を指定することはできるのか?」
「特定はできる、ただ、貴様の魂の格や親和性がかかわるから、誰でもできるというわけではない」
「戦国時代、織田信長に転生はできるか?」
「ちょっと待つが良い、魂を測る」
そういうと小柄な天使っぽい何かは自分の周りをくるくる回り始める。5周ほどしたところで、頭のなかに答えが返ってきた。
「うむ、無理だな。よく分からんが、親和性はやや高いが、魂の格が足りないな。織田信長という存在の子供や親族なら転生存在として許容できる可能性がある。具体的には、信長という存在の6-11男か甥クラスなら大丈夫ということになる。なお、信長の親族の信行、信澄やその子孫であれば比較的魂の親和性が高いのだが。」
「織田信行、津田信澄は俺の遠い遠い先祖らしいからな」
「ふ~む、どっちに決める?魂の格的には津田信澄という存在がオススメだが」
「ちなみに、同じ時代の人で大名家の当主クラスには転生できるか?」
「もう一度確認する」
また、くるくる回り始める。こんどはさっきより長い感じ。
「出たな。戦国時代の大名家の当主クラスだと、小田氏治という存在か小早川繁平という存在だといけるな」
えぇっと、小田氏治は知ってるぞ。茨城県在住の爺ちゃんが土浦市とか筑波山麓あたりに割拠したよく負ける弱々の戦国大名?だって言ってた。
「ちなみに、小早川繁平ってどんな方ですかね?」
「うむ、病弱で盲目で三十三歳で死ぬ小早川家の当主だな」
えぇっと、最弱と病弱の戦国大名当主からの二択ですか…。
「あ、その二人ならいいです。津田信澄でお願いします」
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ここまで読んでくださりありがとうございます。
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