第57話 実力主義
帝都に向かうために森の方角へ道なりに馬車を走らせ、最初に辿り着いた街の宿に泊まろうとしたところで、あることに気づいた。
帝国の通貨を持っていない。
というわけで、街の冒険者ギルドをなんとか探し出した。帝国にもちゃんと冒険者ギルドがあってよかった…。
帝国の冒険者ギルドはレンガ造りで、王国の木造とは違いしっかりとした作りだった。
俺達が冒険者ギルドに入ると、案の定中にいる冒険者達の視線が俺達に向いた。中にいた冒険者は、意外にも剣や弓を持っていたり、鎧を着ていたりする冒険者が多くいたので、少し意外だった。武闘派の冒険者って、少なくなってるんだよな? この街に来るまで魔物もそれなりにいたが、こんなに武闘派が集まるほどだろうか?
まぁいい、それよりも換金だ。道中、ライウッド侯爵にもらった小屋からアバタールームに入っていたので、それなりに休めてはいるが、やはりしっかりと腰を落ち着けてから休息を取りたい。
受付はどの窓口も列が出来てしまっていたので、比較的列が短そうな場所に並んだ。いつものごとく、アリアとリリーは俺の前後を挟むようにして並んでいる。ギルドに入ってから、冒険者たちの視線が切れないからだ。
20分ほど経ち、いよいよ俺達の番になったところで、突然ぬっと大男が割り込んで順番を抜かしてきた。
大男は俺達に向き直り、ニヤリと嫌な笑みを浮かべながら言った。
「わりぃな、嬢ちゃん達。ここは強いやつが優先されんだ、後で遊んでやっから勘弁してくれよな」
割り込んできた大男の言葉を肯定するかの如く、他の冒険者だけではなく受付嬢達も知らぬ存ぜぬを決め込んでいた。まるで関わり合いになりたくないといった感じだ。
俺が周囲の様子を観察していると、ドゴン!という爆音が突然鳴り響いた。驚いて音の方向を見ると、左足を振り抜いた後のアリアがそこにはいた。さらに、さっきまで目の前にいた大男の姿が見えなくなっているのに気づいて左右を見渡すと、右側の壁に叩きつけられている大男を見つけた。叩きつけられたレンガの壁がべっこりと凹んでいる。
「なるほど、実力主義か。ならば、ここで一番優先されるべきはスズ様ということになる。羽虫風情が前を塞ぐな」
アリアがそう吐き捨てると、さっきまでピクリともしなかった大男がゆっくりと立ち上がった。
すごい。ガルドの冒険者は一撃で沈んでたのに、手加減しているとはいえアリアの蹴りに耐えたのか。さすが、実力主義の帝国で自分を強いと自称しているだけあるな。
「てめぇ…、女だから下手に出てりゃ調子に乗りやがって…。このギルドで俺に喧嘩を売るとは、いい度胸じゃねぇか。おい!お前らは神官とガキを相手しろ!この女は俺がヤる」
咄嗟に後ろを見ると、3人の男が俺達を取り囲むように立っていた。他の冒険者達は、壁際に避難していて、助けてくれる様子はない。
「行くぞクソアマァ!!」
拳を大きく振り上げた大男が、アリアの顔面目掛けてその拳を振り下ろした。
「何事だ!! ダニスがまた何か、やった…のか…?」
俺達が大男達を伸したあたりで、奥の階段から女性の怒鳴り声が響いたと思うと、段々と尻すぼみになって、最後には絶句してしまっていた。
それと同時に、俺も姿を現した女性に激しく衝撃を受け、言葉を失っていた。
「これは一体どういう状況だ」
平静を取り戻した女性が、誰かに事情を聞こうと見回すが、誰一人として答えようとはしない。だが、伸されて顔が腫れまくっている大男は違うようだ。
「あいつらが突然喧嘩を売ってきたんだ! 俺達は被害者だ!」
「貴様…、鼻だけじゃなく顔も潰して欲しいのか」
大男の出鱈目にアリアが青筋を立てていたので、手を握って落ち着かせる。アリアが本気で殴ったら、本当に顔が潰れかねないからな…。
喚き立てる大男を、女性は訝しげな表情で見つめた後、大きな丸眼鏡をかけた受付嬢へ視線を向けて聞き質した。
「今のは本当か?」
「え、あっ、えっと…じ、事実とは、少し、違います…」
受付嬢は慌てて目を泳がせた後、身振り手振りで事のあらましを女性に説明した。
説明を受けた女性は事情を知ると、額に手を当てて俯きがちに顔を軽く振った。
「はぁ…、みっともないにもほどがある。それに、最近のお前たちの素行は目に余る。それなりの処分を覚悟しておけ」
女性に通告を受けた大男達は、ガックリと首を落として何も言わなくなってしまった。
「それで、君達は何者なのかな? このあたりではあまり見かけない顔だが」
「国を回って旅をしてる旅人みたいなものです。それで、王国金貨を換金してもらおうとここへ来たんですが…」
「王国から来たのか? あぁ、だからさっきからずっと私のコレを熱い眼差しで見つめていたのか」
女性はそう言って、頭の上部にある耳を軽く触った。
そう、彼女の頭の上部には、耳が付いている。顔の横ではなく、頭の上部に可愛らしいウサ耳がピョコっと生えているのだ。
俺は彼女が姿を見せたその時から、あのウサ耳から目が離せないでいた。
すごい…。時折ぴょこぴょこと動いてるってことは、飾りじゃなくて本当に生えてるってことだよな。
「あっちには獣人がいないらしいからな、余程珍しいと見える」
獣人! 彼女以外にも、ああいうケモミミを持った人達がいるのか! なんだか、帝国への期待値がグンと上がった気がするぞ。
「だが、あまりジロジロと見ないほうがいいぞ。不快に思う連中もいるからな」
確かに、身体的な特徴をまじまじと見るのは普通に失礼だよな…。もしまた獣人に出会っても、あまり見ないようにしないと…。
「す、すみません…」
「いやなに、謝らなければいけないのはこちらの方だ、うちの冒険者が迷惑をかけた。それと換金だったな、おい、対応してやれ」
身振り手振りで事情を説明してくれた受付嬢に俺達の対応を任せると、女性は階段を登って戻っていってしまった。
「で、では、ギルマスに代わって私が対応いたします。さ、先程は助けられず申し訳ありませんでした」
あのダニスという大男が、割り込んだことを咎めなかったことを受付嬢が頭を下げて謝罪してくれた。それと、あの女性はやっぱりギルドマスターだったか。このギルドであの大男達を纏めてるってことは、あのギルマスもかなりの実力者なのかな?
「もう終わったことですから。それと、これを換金して欲しいんですが」
受付のカウンターに、どさりと大量の金貨が入った革袋を乗せる。この革袋には、シーワームを売った時のお金がそのまま入っているので、換金すれば相当な額になりそうだ。この国をほぼ縦断する形で旅をすることになるんだし、持っているお金は多いに越したことはない。
「わ……すご……、あっ!た、ただいま換金して参ります! 恐らく時間が掛かると思いますので、換金が終わり次第こちらからお声をかけさせて頂きます!」
換金には時間がかかると言われたので、俺達は食堂の適当なテーブルに座って、遠目から興味ありげに見てくる冒険者達の視線をジットリと受けながら、換金が終わるその時を待った。
うん、人をジロジロと見るのはやめよう…。
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