第34話 呼び出しと甘え

 あの一件の後、変な貴族に水を刺されてしまった俺達は、王都観光を早めに切り上げて屋敷へ帰ることにした。



 俺に割り当てられたファンシーな部屋へ戻って、今後の王都観光をどうするか考えていると、ドアがノックされた。


 「スズ様、アリア様、リリー様。リチャード様がお呼びですので、執務室までお越し頂けますでしょうか」


 リチャードさんから呼び出し…? もしかして、あの貴族との一件がもう耳に入ったんだろうか? 折角お世話になってるのに、早速迷惑をかけてしまったかもしれない。

 呼びに来たメイドに連れられて執務室に入ると、リチャードさんがソファに座って待っていた。


 「お、来たな。渡すものがあるんだ、座ってくれ」


 不安に思いながらも、言われた通りにローテーブルを挟んだ対面のソファへ座ると、リチャードさんが一封の手紙を俺に渡してきた。


 「これは?」


 「王妃殿下から、直々の手紙だ。王都に来たばかりだっていうのに、いつの間に殿下と仲良くなったんだ?」

 リチャードさんが、俺をからかうようにニヤニヤしている。


 王妃!?王妃って国王の奥さんってことだよな…? いつ知り合ったかなんて俺が聞きたいくらいだ。名前すら知らないのに…。


 「どうすればいいんですか、これ…」


 「まぁ、とりあえず開いて読んでみないことには、何もわからんな。ほら、これを使え」

 リチャードさんがペーパーナイフを手渡してくれたので、慎重に封蝋を剥がしてから、中に入っている手紙を取り出す。


 手紙の内容は、非公式の場ではあるが、会って話がしたい。明日の昼にリチャードさんと一緒に王宮を訪れて欲しい。王宮に来る際は、正門からではなく通用門から入るように。ということが簡潔に書かれていた。

 リチャードさんにも念の為に手紙を読んでもらい、明日王宮へ行くことの了承をもらった。


 「これ、行くしかないですよね…」


 「まぁ、そうなるな。非公式とはいえ、王妃殿下の誘いを断ったなんて知れたら、さすがの俺も擁護出来ん」


 そりゃ、そうだよな。行くしかないか…。

 不安な気持ちもあるが、最初予想していた貴族の一件のことではなくて、逆に安心してしまった。


 リチャードさんが何故か安心した顔を見せる俺に疑問を持ったのか、何かあるのかと聞いてきたので、正直に今日あった貴族との揉め事を話すと、リチャードさんは腹を抱えて笑い出した。


 「あっはっはっは!! あのスネル伯爵家の次男坊か! なに、心配する必要は無いと思うぞ。あの令息は見栄っ張りだからな。冒険者相手に逃げ帰ったなどと、回りに知られたくはないはずだ。それに、社交界にそのことが知れたら一月は話のネタにされるぞ。あいつとて、それは望んでないだろう」


 はぁ…、良かった。あの一件のせいで面倒事に巻き込まれたらどうしようかと思ってたんだ。


 「だが、確かにここの狸共は油断ならないな、今後も貴族に絡まれないとも限らん。こちらで何か手を打っておこう、親父にどやされなくないしな」


 「何から何までありがとうございます」

 任せっきりで申し訳ない気持ちでいっぱいだが、これで王都観光も少しはマシになりそうだ。

 これからのことに一安心していると、執務室のドアがノックも無しに開いて、一人の女性が入ってきた。

 身長が高くスラリとした体型、真っ赤な髪を肩ほどで切り揃えた綺麗な女性だ。


 「リチャード、入るわよ~。この間の書類だけど…って、あら?」

 びっくりして後方にあるドアへ振り向くと同時に、執務室に入ってきた女性と目がバッチリ合ってしまった。

 目が合ったまま女性はしばし怪訝そうな顔を浮かべた後、突然合点がいったように手を打った。


 「あなたがシリウス様の言っていた、私の新しい娘ね!? 聞いていた通り可愛いじゃないの~、なんなら他の二人も纏めて娘にしたいくらいね!」


 「クレア、少し落ち着け。それと、お前の娘ではないからな」


 「え~!? シリウス様の孫娘ってことは、私とあなたの娘ってことでもあるじゃないの」


 「まず、親父の孫娘でも無いんだ。親父が勝手にそう呼んでいるだけにすぎん」


 「それが大事なんじゃないの。 ね~? あ、私クレアっていうの、気軽にお母様って呼んでね」

 クレアさんは、ソファに座る俺に後ろから抱き着きながら、気さくに話しかけてくる。

 アリアとリリーはもうすっかり慣れてしまったが、こうやって美人にくっつかれると、どうしても照れてしまうな…。


 クレアさんは名残惜しい顔を見せつつも、二人で大事な話があるらしく俺達は部屋へ戻された。






 その日の夜、クレアさんも交えての5人で夕食を取り、お風呂でアリアとリリーの丹念なケアを受け、後は寝るだけになった時のことだった。

 いつもならベッドに入れば、すぐにくっついてくるはずの二人が、今日は様子が違うようだ。


 「スズ様、大事な話があります」

 リリーが俺の顔を真剣な表情で見つめながら、話を切り出してきた。アリアも同様に真剣な顔つきだ。


 「スズ様に降りかかる煩わしさや、全ての脅威は私達が排除致します。ですから、どうか自由でいて下さい。目の前に立ち塞がるのが国でも、世界でも、私達はお側におります。」

 世界でも…か…。リリーとアリアの眼を見れば、今の言葉が冗談でも、なんでもないことがわかる。もし、本当に国や世界に追われることがあっても、この二人は今言ったことを間違いなく実行するだろう。


 でも、さすがにそんなことを二人だけに背負わせるわけにはいかないよな。

 優秀な従者が二人もいるってことを、もう少し自覚しなきゃいけないのかもしれない。


 「わかった。もう、あれこれ気にするのは辞めにするよ。でも、二人もずっと俺に気を使っているだろ? だから、その代わりに二人も俺のことをもっと頼ってくれ。 遠慮は要らん。二人のためならしてやりたいからな」


 俺が一大決心を表明すると、二人の目が急に鋭くなった。


 「言いましたね?スズ様」

 「取り消しは出来ませんよ、スズ様」


 ベッドの上でにじり寄って来た二人は、俺を押し倒して両側からギュウギュウと抱きしめる。


 「あぁ…スズ様…、もう我慢しなくていいのですね…」

 「んっ! リリー、お前どこを触ってる!」

 「なんて芳しい香り…、ずっとこうしていたいです…」

 「嗅ぐな! おい、遠慮しないってそういう意味じゃ」


 マズい、二人の俺への執着心を甘く見ていた、なんとか引き剥がさないと…


 「あ、そういえば」

 アリアが何かを思い出したように、顔を上げた。


 「スズ様、あのクレアとかいう女性にデレデレしてましたよね」

 「してましたね、そういえば」

 デレデレって、あの執務室でのことか…!?

 多少照れはしたが、デレデレなんてした覚えなんかないが…。


 「これは私達の魅力を、もう一度わからせなくてはなりませんね…」

 

 暗い部屋の中、妖しく光る二人の目が俺をじっとりと見つめていた。




 なんか、想像してた関係と違うぞ…?

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