第604話

 保育所が完成した。

 子供たちも、泣いたり笑ったりしながらすくすくと成長していってくれる事だろう。

 仙崎さんとヴァルキュリアの方々は、俺の想像以上に精力的に働いてくれている。

 現在は、量産型アイによる補助が至る所に入っているけれど、このままいけば、そう遠からず殆ど彼女たちだけで運営していけるだろう。


「仙崎さん、大丈夫ですか?」

「大丈夫じゃないよ大試君。膝枕してもらっていいかい?」

「いいですけど……」


 関係各所への挨拶、保護者たちへの説明会、そもそもの日々の業務等々。

 毎日規則正しい生活をすることを余儀なくされた仙崎さんは、軽くグロッキーが入っていた。

 暫くの間ぐうたらな生活をした反動か、毎日決まった時間に起きて、決まった場所に出勤し、最低でも決まった時間まで働くと言う事が辛くて辛くて仕方が無いらしい。

 気持ちはわからんでもない。

 つまりは、夏休み明けの学生みたいなもんだろう。

 こちらとしても、引きこもっていた仙崎さんを更生させるという目的もあったとはいえ、自分の目的に協力させてしまっているせいでこうなっている部分が大きいから、しっかり働いてくれた日は、こうやって甘やかすことも吝かではないわけだ。


 ソファーに座った俺の膝の上に頭を乗せて横になる仙崎さん。

 あんだけ自堕落な生活していたのに、なんでこんなにツヤッツヤの髪の毛してんだろう?

 いい匂いもするし。


「それにしても、仙崎さんがこれだけ毎日頑張ってくれるとは思いませんでした。毎日俺が叩き起こして、無理やり送り出すことになるかと……」

「フッ、私だってやる時はやるのさ。キミの家に住み始めてもうずいぶん経つけれど、自分だけ仕事をしていない罪悪感と疎外感と言ったら無かったからね……」

「別に俺としては、仙崎さんは働いていなくても利益を出し続けているんですしいいんですけど、でもあんな生活してたら仙崎さん自身の体に良くなさそうで心配だったんですよね」


 人間は、体を使うことで生きていられるんだ。

 仕事を辞めてすぐにボケ始めたり、脚を怪我して歩けなくなってすぐにボケ始めたり、頭って言うのは、使わなくなったらすぐに機能を損い始める。

 他にも、運動能力なんかも、1週間歩かないだけで老人のようになってしまうこともあるからなぁ。


 我が家に住み始めてから、ほぼ引きこもりになっていた仙崎さん。

 にも拘らず、体型が崩れなかったのは凄いと思うけれど、このままでいいとは思えなかったんだ。

 あと、権力も財力もビジュアルもすごかったので、非常に都合のいい存在だったのももちろんだけども。


 あ、やばい、すごい悪いことしている気がしてきた。

 一生懸命労っておこう。


「あぁ……頭撫でられるの好きぃ……」

「そりゃよかったです。それで、こども課からの監査はどうでした?」

「とりあえず、現状を維持できるのであれば、言う事無しだと言われたよ」

「成程」

「強いて言うなら、職員が女性ばかりなので、男性の警備員がいた方が保護者は安心するかもしれません、なんてアドバイスは受けたけれど、あの保育所の職員に勝てる男なんて、そうそういないからねぇ」

「ですね」


 今日は、保育所の運営状況を確認しに、こども課の職員たちがやって来ていたんだ。

 俺は、学園に行っていたから手伝えなかったので、園長である仙崎さんに、補佐でアンナさんとゼルエルについてもらってたんだけど問題なかったようだ。

 世界中に存在する、人々を食い物にしていた悪徳教会組織に悉く殴り込みをかけ、水戸黄門の如く成敗しまくってきた人たちだ。

 レベルも100を超えているし、逆に彼女たちを突破して子供たちに危害を加えるなんて早々できないだろう。

 最高クラスの魔馬にでも乗ってこない限り。


「あ、そうだ。仙崎さん用のウェディングドレス完成してましたよ。試着してみます?」

「本当かい!?着たい!着るのを手伝ってくれないかな!?」

「アイに頼んでおきますね」

「つれないね……」


 思春期の男子に、その豊満なバストを見せつけるような真似は控えてほしい。


「あと数日で全員分のウェディングドレスが完成するらしいので、アンナさんとゼルエルの結婚式は、1週間後に決定しました」

「ほう、とうとうか。結婚式なんて初めてだよ」

「え?社長なんてやっているんですから、社員の結婚式とか結構あったんじゃないんですか?」

「私が、そんな場に気軽に行ける程コミュ強だと思っているのかい?祝電と多めの御祝儀を持って行くよう部下に頼んでそれで終わりだよ」

「どうやったらそんなキリっとした表情でそこまで情けない事言えるんですか?」

「魔法学園に入って直ぐは、割と傲慢で冷徹な女王様キャラで行っていたんだけどねぇ……。先輩にボコられてから、自分が恥ずかしくてしょうがなくなってしまったのさ。黒歴史がデカすぎたんだよねぇ……」


 大人になるって大変な事なんだなぁ。

 俺も気を付けよう。

 具体的に言うと、誠実に生きよう。


「何はともあれ、私は今日も頑張っただろう?さぁ、まだまだ頭を撫でてくれたまえ」

「了解です。いくらでもお付き合いしますよ」

「あぁ……大試君のあたまなでなで良いぃ……」


 マタタビをキメた猫の如くふにゃふにゃになっている仙崎さん。

 これは、かなり疲れてたんだなぁ今日……。


「これが労働の喜びかぁ……。働くって、最高だねぇ……」

「この後ごはんにします?お風呂にします?それとも、ごはん?」

「もちろん大試君……」

「ごはんにしましょうね」

「あぁ……私に対してにべもない感じが先輩そっくりで最高だよぉ……」


 大分キてんなこの人。

 今日は、お酌してやるか……。




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