第602話
「それはそれとして、こっちとしては、賠償としてブラックと牝馬何頭かを要求したい」
「父の事もあり、とても申し訳なく思いながら来た私ですが、流石に存在を忘れ去られていたことでかなりショックを受けました。なのにそれをほぼスルーしてご自身の要求を伝える太々しい態度、流石ですね」
先触れと言う事だったけれど、クラスメイトだということで、家に上がってもらった。
まあ、この家に入ったのも初めてじゃ無いらしいが……。
覚えていないものはしょうがない!切り替えていこ!
「牝馬を数頭であれば、すぐにでもお渡しする事ができると思います。しかし、黒影……恐らく、大試さんがブラックと呼んでいる馬に関しては、返還して頂きたいのですが……」
おや、やっぱり簡単には受け入れてもらえなかったか。
「嫌だね。あの馬は、戦であれば正当にこっちが手に入れられるような状態だったわけだし、今回の賠償としてこっちが貰っておいても、誰も文句は言わないと思うんだが?」
「確かに、そうかもしれません。ですが、我々松永家一門にとって、黒影は最後の希望なのです……」
「え?いきなり最後の希望の話?」
なになに?
やけに重いんだけど?
「我が家の状況について、大試さんは何処までご存知なのでしょうか?」
「よく知らん。随分長い事俺につまらん嫌がらせしてたのに、いきなり大将が単騎で突撃してくるくらいには追い込まれているんだろうなぁ、くらい?」
「そう……ですね……。経済的にも、人身的にも、このままでは松永家を維持するのが不可能になるであろう一歩手前……と言った所でしょうか。ギリギリまだ引き返せるかどうか、くらいですね」
「ヤバいじゃん」
「ヤバいです」
淡々と言うからヤバさが伝わりにくかったけど、終わりが見えてるじゃないか。
冷静だなぁ……。
「そして、その松永家の状況を何とかできるかもしれない存在が、最後の名馬とすら言われる程に優れた牡馬である黒影なのです」
「アイツってそんなすごい馬なのか?」
「はい。それはもう。力は、同種の魔馬たちの平均値の3倍以上。風を越える速さで鬱蒼とした森の中を駆け抜けられ、魔獣にも臆せず戦いを挑み、そして無傷のまま殲滅し帰還できる程の素晴らしい牡馬なのです。黒影を種馬にし、少しでもその才能を引き継がせた馬を増やすことができれば、きっと多少は現状を打破することができるでしょう。そして、少しでも余裕ができたら、他の貴族の方々のように、我らにしかできない商材を獲得することに投資したいと考えています」
「へぇ……。因みに、その商材の当てはあるのか?」
「ありません」
「ダメじゃん!どうするつもりだったんだ?」
「どうしましょう……」
「えぇ……?」
なんか、目が虚ろなんだけど……。
大丈夫……?
話きこか……?
いや聞いてるんだけど……。
「何度も何度も、大試さんたちに嫌がらせなんて馬鹿な真似辞めるように言ったのですが、言えば言う程意固地になって……。正直、なんでこんな人が父なんだろうと割と毎日泣いてました。とりあえず、父に対して大試さんがキレたとしても、私が友誼を結んでいれば、松永家自体には、多少の温情をかけてもらえたらいいなという下心もあり、且つ有栖様の高潔なその姿に惹かれ彼女の派閥に入っているのです……。あぁ……あのように好きな方と好きなように生きられる豪胆さと根性が私にもあれば……。黒影……私が頑張って育ててきたのに……。父が勝手に連れ出してしまって……。なんで……どうして……うっ……!」
泣いちゃった……。
「えーとさ、じゃあ妥協してブラックは俺の物ってことで良いよな?」
「妥協してないではないですかぁ……」
「悪い。こっちとしてもそれは絶対条件だから……」
「流石はデストロイヤーと呼ばれるだけの事はありますね……!」
酷いいわれようだ。
「その代わりと言っては何だけどさ、ブラックの種付け料を亜久里さんが所有する牝馬に限り無料にするってのはどう?」
「…………………………………………は?え?……………………は?」
なんだろう?
滅茶苦茶ビックリされてるんだけど?
「ブラックはさぁ、滅茶苦茶交尾したいらしいんだよね。だから、種馬にしてやろうと思ってるんだよ。そのためには、雌が必要だろ?俺も何頭か牝馬仕入れたいとは思っているけど、それだけでブラックが満足できるかわからんし」
「えーと、大試さん。最高の評価を受けている魔馬の種付けが、一体いくらくらいになるかご存知ですか?」
「2000万GPくらいじゃないの?」
前世の最高額がそんなんだったような?
「1億GPくらいです」
「へ~」
「じゃあそれでおねがいします」
「おっけー。じゃあ、何頭か牝馬よろ」
「了解しました。父は、党首の座をはく奪されるのが決定されていますので、今後次代の松永侯爵家当主に選ばれた者に、正式に話を通しておきます」
「頼む。あー、それと、将来的に家が主催で競馬をやっていこうかと考えているんだけど、それに松永家……いや、家って言うか、阿久利さんが噛むつもりない?顔を忘れてたお詫びも兼ねて」
「……………………は?……………………は?」
「どうせ人材も足りてないし、有栖に味方してくれた奴には、できるだけ力になるようにしたいってのもあるしな」
「…………競馬……儲カル……ワタシ……タスカル……?」
なんだか、動きがカクツキ始めた。
「じゃあそれでおねがいします」
「決断早くていいな」
「これ以上我が家の状況が悪くなることはそうそう無いと思うので、天から垂らされた蜘蛛の糸には、躊躇わずしがみ付いておこうかと」
「そういう思い切りの良さ、嫌いじゃないぞ」
こうして、松永家とのとりあえずの和睦を経て、ブラックの童貞喪失イベントが決定した。
将来的にブラックは、1日に5回種付けさせられて、毎日最後は死んだように眠る生活を送ることになるのだが、今はまだ、松永阿久利以外誰もそれを知らない。
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